(あ、替わらない……)
後半開始直前、多くのサッカーファンがすぐに気づいたはずだ。
W杯前最後の国内試合となった5月27日の日本代表キプロス戦、センターバックとしてフル出場したのは今野泰幸(ガンバ大阪)でも吉田麻也(サウサンプトン)でもなく、森重真人(FC東京)だった。
昨年の東アジアカップでザックJAPANに初選出。以降、急激に評価を伸ばし本大会登録メンバー23人の中にきっちりと入ってきた。それにとどまらず、スタメンで起用された試合数は、ここ数ヶ月に限ればザックJAPAN発足以来不動のセンターバックコンビであった今野、吉田にも匹敵する。そしてこの日、後半から投入された吉田が交替したのが、森重ではなく今野だったことが、ひとつの重要な可能性を示唆している。
試合前の時点で、センターバックに関しての大方のスタメン予想は今野と吉田のふたりだったに違いない。それに反して今野・森重というコンビが発表されても、「森重はあくまでケガで調整が遅れている吉田のバックアッパー」という認識を持って見ていたファンは多かっただろう。しかし森重は後半のピッチにもそのまま立ち続け、センターバックは森重・吉田のコンビに切り替わった。
無論、たった一試合、それもFIFAランキング上は明らかに格下にあたる相手との試合で判断するのは尚早に過ぎる。しかし、ザックが発足当初から(ともすれば頑なと言っていいほど)センターバックを固定してきた事実をかえりみると、指揮官のなかで確実に何かが変わり始めているとも言えるのではないか――?
攻守ともに、森重の強靭な肉体が武器になる
森重真人というプレーヤーの特徴が語られる際、必ず挙げられることのひとつがビルドアップ能力の高さである。今野、吉田の両名にもいえ、またその点が、ザックが長らくこのふたりを重用してきた理由でもあるのだが、今の日本代表のセンターバックには深い位置から前線へ効果的なパスを送るフィード能力が求められている。
森重は大分トリニータ時代、当時の監督シャムスカにコンバートされる以前は、もともとボランチの選手だった。そのためか、183cmという長身のわりに足元の技術を苦にしない。この日も何度か、ハーフラインより深い位置から前線の柿谷曜一郎(セレッソ大阪)らに向けて敵陣を切り裂くロングフィードを繰り出し、攻撃の起点となる場面が見受けられた(味方の受けやすさという意味での精度や、連携面にはまだまだ課題があるようではあったが)。これはおそらく試合前にザックから入念に指示され、また自身のなかでも強く意識して臨んだ部分であったのだろう。
また180cmオーバーの森重がスタメンに定着することは、大柄な選手が多いとはいえない現在の日本代表において大きな意味がある。海外の屈強なFWと渡り合わなければならない守備面ではもちろん、得意のヘディングを生かした攻撃面でのオプションもひとつ加わることになる。本田圭佑(ACミラン)のフリーキックを合わせた3月のニュージーランド戦での代表初ゴールは、多くの人にとってまだ記憶に新しいのではないか。
一方で、国際Aマッチ出場数わずか8試合という国際経験の乏しさを不安視する向きはある。前述のニュージーランド戦での2失点目は、相手FWの激しいボディコンタクトに押し出される形でポジションを取られ献上した失点だった。「Jリーグの基準ならホイッスルが鳴っていた」と見る識者も多かったが、W杯本大会ではその一瞬の隙が致命傷になりかねない。だが、キプロス戦での森重はそういった球際でのアプローチをしっかりと修正してきているように見えた。少なくとも、対人で相手に遅れをとる場面は皆無だった。前半最初の見せ場となった香川真司(マンチェスターU)、柿谷とのパス交換から生まれた本田のファーストシュートのシーン、あれはハーフライン付近での森重の激しい競り合いから生まれたものだった。そしてこの場面は、先日のJリーグでのある試合を想起させた。
最大の魅力は、うまくなることへの貪欲さ
第12節、FC東京対大宮アルディージャ。この試合、FC東京は試合終了間際に失点し、0-1で敗れた。相手GKからのフィードキックをセンターバックの森重が競らずに後ろに流した結果、相手FWが抜け出した……そういう失点だった。
味方から「スルー!」という声が掛かっていたからこその判断だったのだが、結果的に敗戦の原因をつくってしまった森重は、試合後親しい知人の前で猛烈に落ち込んでいたという。
「ちょうど代表メンバー23人が決まる直前の試合だったからなおさら、『はっきりやるべきところで軽率な判断をした自分が許せないし、こんなプレーをしていたら代表に選ばれてもうれしくない、選ばれちゃいけない』って。……そんなに感情を表に出すタイプじゃないから、よほど堪えたんだと思う。普段は談笑しながら飯食うのが、そのときだけはふたりして黙々と食べてる感じだったから(笑)」
以前、森重はこんなふうに語っていた。
「代表に選ばれるようになったからといって、今までとやることは変わらない。自分に足りない部分、アジリティ……寄せの速さや、判断の精度、球際の厳しさ、そういうものをひとつひとつ潰す作業を続けていく」
淡々とした言動から伝わってくる情報は決して多くはない。しかし、足りない部分をひたむきに潰して成長を続ける27歳の大型DFの台頭は、ザックJAPANのチーム力を必ずや底上げしてくれるはずだ。
(写真/益田佑一)
■森重真人 MORISHIGE MASATO 1987年5月21日生まれ、広島市出身。身長183cm、体重74kg 。 在籍チーム:FC東京 ポジション:センターバック、ボランチ 広島皆実高から大分トリニータを経て、現在はFC東京に所属。チームではキャプテンを務める。DFながら攻撃のビルドアップをも得意とし、空中戦にも定評がある。昨年の東アジアカップ中国戦でA代表デビュー。国際Aマッチ出場8試合1得点。