「ドサクサ、ドサクサ!」 「野球しようとするな!」 「甘い球を投げろ!」
野球の常識からはおよそかけ離れた言葉を叫ぶ監督。作戦は、バントなしに始まり、2番が最強打者、全員が超フルスイング、そして――守備は捨てる?
あまりに独創的な“セオリー”で強豪校に挑む、超進学校・開成高校の野球部。彼らを足かけ5年間にわたり追い続けた高橋秀実(ひでみね)氏が、その日々を「思わず爆笑、読んで納得」の異色ノンフィクションにまとめ上げた『「弱くても勝てます」開成高校野球部のセオリー』は、現在、日本テレビ系で放映中の連続ドラマ『弱くても勝てます~青志先生とへっぽこ高校球児の野望~』の原作として再び脚光を浴びている。
ドラマだけ見ている人たちに、ここで断言しておく。原作本、ドラマとはだいぶ毛色が違うけど、超面白いんだぞ!と。そんなわけで、著者の高橋氏にお話を聞いてきました。
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―開成高校という名前のイメージ、そしてこのタイトルからすると、99%の人は「緻密(ちみつ)に相手のデータを分析するID野球」を想像すると思うんです。でも、実際はまったく違う。
高橋 私も最初に取材をしようと思ったきっかけは、どこかで「開成高校の野球部は、バットの軌道などを計算して、エネルギーを最も効率よく伝えられる方法で打っている」みたいな噂を聞いたことなんですよね。いったい誰が言い出したのか(笑)。
弱者がいかに“ギャンブル”を打つか
―実際はそういう緻密な話ではなくて、むしろ彼らの“セオリー”とは、「弱者がいかにギャンブルを打って、強豪校撃破という“奇跡”の確率を高めるか」ということですよね。その方法論が「守備を捨てる」ことであったり、「全員が長打狙いでフルスイングして、ドサクサで大量点を取る」ことであったりするわけで。
高橋 開成の青木秀憲(ひでのり)監督いわく、普通にやったら強豪校に勝つ確率は0%。でも、このやり方なら10%はあると。それで毎年、「今年はどうですか?」と連絡してみると、「今年はいいですよ、12%くらいになってます」とかいうわけです。10%と12%って、実はほとんど変わらないし、練習を見ても大きな変化は感じないんですが(笑)、監督の話を聞くと、もしやイケるんじゃ……と思えてしまう。
―実際、特に守備なんか、強豪……いや、普通の野球部と比べてもヘタですよね。
高橋 最初に練習を見せてもらったときに感じたのが、「野球の取材ってこんなに危なかったっけ?」ということなんですよ。キャッチボールでも、ノックの練習でも、球がどんどんこっちに飛んでくる。しかも開成の特徴として、「危ないです!」とか言ってくれない。ドスンと球が目の前に落ちてから「あっ」みたいな感じで(笑)、のんびりしているというか。
―青木監督は「出遅れるな!」が口癖ですもんね(笑)。
高橋 例えば守備でも、ゴロが目の前に来てから「あっ、来た!」みたいな感じです。彼らは勉強が得意ですが、それはつまり「過去」に強いんだと思うんですよ。過去問とか、終わったことを整理して理解するのはすごく得意。でも、野球って目の前の球を「現在」のこととして対処しなきゃいけない。彼らはおそらく、「来た」と過去形にして処理しようとするから出遅れるんじゃないかと。
実は私もどちらかといえば出遅れる性質(たち)なので、気持ちはすごくわかる。原稿の締め切り日になってから「あっ、来た!」みたいな感じですし。青木監督の説教は、わがこととして聞いていました(笑)。
現代野球と正反対の発想
―そんな野球部が、この本ではすごく魅力的に描かれています。彼らの持つ魅力って、あらためてどんなところですか?
高橋 本のタイトルは「弱くても勝てます」ですが、より正確にいうと「ヘタでも勝てます」ということなんですね。「うまい」と「勝てる」は違う。実はこれ、野球に限ったことではないと思うんです。例えば文章にしても、うまい文章と人の心を打つ文章は違う。開成の野球部は、「ヘタだけど勝つこともある」のが魅力的というか。
―ヘタなままで勝つ。それはうまいメンバーがそろっていないからこその“苦肉の策”でもあると思うんですが、ただヘタなチームとは何が違うんでしょう。
高橋 例えば10-0のコールド負けって、普通に考えれば“完敗”ですよね。でも開成の場合、あれだけずっとフルスイングをして、ギャンブルを仕掛けているわけですから、仮に10-0で負けても、なんだか「惜しかった」という感じすらある。
現代野球では、まずエラーをなくそうとか、基本的に「いかに失点を防ぐか」に主眼が置かれている。でも、彼らはその正反対の発想です。エラーは出て当たり前。その代わり大量点を取るぞ、と。野球の起源というもののひとつの説として、敵の基地(ベース)を回ってどれだけ多くの兵が生還(得点)できるかを競うもの、というのがあるんですが、開成の野球はこれに近いんじゃないかなと。
―現代野球とはまったく違う“セオリー”でプレーしている。
高橋 だから開成の試合では、相手もその土俵に引きずり込まれてエラーを連発したりする(笑)。それがしばしばドサクサの大量点を生んで、ギャンブルの確率を高めているんだと思います。
「伝えたい」テーマはないほうがいい
―それと、今日もうひとつ伺いたかったのが、高橋さんがどうやって世の中を面白がっているかということなんです。この開成野球部もそうですし、ほかの著書、例えば『おすもうさん』(草思社)では「大相撲の世界」、『はい、泳げません』では「泳ぐという行為」、『からくり民主主義』(ともに新潮文庫)では「ニュースの現場」……。いろんなものを「上手に面白がっている」ように感じます。例えば、取材する対象はどうやって選ぶんですか?
高橋 うーん……はっきり言って、対象はなんでもいいんですよ。というか、「これを伝えたい」というテーマはないほうがいい。
―ないほうがいい?
高橋 例えば誰かを取材して、その人がすごく魅力的だったとします。でも、あらかじめ「言いたいこと」とか「原稿のフォーマット」みたいなものがあると、その人が生き生きしている感じ、輝いている感じを潰(つぶ)してしまうことが多々あると思うんですよ。開成の野球部にしても、「野球はどうあるべきか」みたいなテーマが先に立つと、青木監督や選手たちの魅力を潰してしまう。私にとっては、彼らが面白かった、好きになった、と言ってもらえるのが最大の賛辞ですから。
―確かに、高橋さんの本は「書き手がこちらに語りかけてくる」というより、「自分が高橋さんに乗り移ってその場にいる」ような感覚があります。
高橋 それは私の中に「世の中に言いたいこと」がないからかも(笑)。でも、これは開き直りかもしれませんが、そもそもノンフィクションってそういうものなんじゃないかと思うんです。世の中の人たちは、こちらが思うようなフォーマットどおりに生きているわけじゃないですから。
●高橋秀実(たかはし・ひでみね) 1961年生まれ、神奈川県出身。東京外国語大学卒業後、テレビ番組制作会社を経てノンフィクション作家。2011年に『ご先祖様はどちら様』(新潮社)で小林秀雄賞、12年に本書でミズノスポーツライター賞優秀賞。ほかに『やせれば美人』(新潮文庫)など著書多数
■『「弱くても勝てます」開成高校野球部のセオリー』 新潮文庫 490 円+税 2005年夏、東大合格者数日本一の進学校が甲子園大会東東京予選でベスト16に進出。2年後にも強豪の修徳高校に0-1の大善戦――。その後も“強豪校撃破”を目指す彼らの独創的なセオリーと、マジメなのにどこかおかしな日々を追ったノンフィクション