大会開幕が間近に迫り、これまでいまいち盛り上がっていなかったブラジル国内でも、徐々にW杯ムードが高まってきたようだね。

実に64年ぶりとなる自国開催のW杯、当然ながらブラジル国民の代表への期待は大きい。ノルマは優勝。しかも、他国に圧倒的な力の差を見せつけての優勝を望んでいる。何しろ1994年アメリカW杯では、優勝したにもかかわらず、「あんな守備的なつまらないサッカーで世界一になっていいのか」「(決勝のイタリア戦がPK戦までもつれたので)完全優勝じゃない」という批判が相次いだ国だからね。

そんな国民の期待を一身に背負うのはエースのネイマール。老若男女問わず愛されるスーパーアイドルだ。ひとりで試合を決めてしまう力を持ち、彼にボールが渡るだけで大きな歓声が上がり、スタジアムの雰囲気が変わる。ブラジルらしい高いテクニックで相手をイライラさせ、ファウルを誘って審判にカードを出させる。そうやって相手チームに精神的なダメージを与えるんだ。

もちろん、国民からのプレッシャーも大きい。でも、地元だから審判を味方につけられるだろうし、彼には“内弁慶”の印象があって、僕はむしろ地元開催のW杯のほうが力を発揮できるんじゃないかと見ている。

ただし、専門家の意見のなかには、ブラジルはあくまでも優勝候補のひとつだという冷静なものもある。守備は堅固で安定感があるものの、攻撃陣に“違い”を生み出せる選手がネイマールしかいないことをマイナス要因として挙げているんだ。もし、ネイマールが潰つぶされてケガでもしたら、優勝は難しいというわけだ。

個性的な選手の不在は各国共通の悩み

確かに、かつてのブラジル代表の攻撃陣はタレントの宝庫だった。例えば、62年チリW杯では、ペレが1次リーグで故障して離脱したんだけど、その穴をガリンシャが十分に埋めて連覇を果たした。2002年日韓W杯で優勝したときも、ロナウド、ロナウジーニョ、リバウドとパンチのある選手がそろっていた。でも、今はネイマールが離脱した場合に、その代役を担える選手が見当たらない。

先日、ブラジルを訪れた際に再会した友人のリベリーノ(元ブラジル代表。70年メキシコW杯優勝時のメンバー)も、「システマティックな指導のせいで、似たような選手ばかり育つ。突き抜けた個性を持った選手が少なくなっている」と心配していたね。

ただ、リベリーノも認識していたけど、それはブラジルに限った話ではなく、アルゼンチン(メッシ)、ポルトガル(クリスティアーノ・ロナウド)も同様で、現代サッカーにおける各国共通の悩みといえるだろう。

ちなみに、僕の優勝予想はやっぱりブラジル。純粋な戦力分析をすればドイツが上回るかもしれないけど、独特の気候下でのコンディション調整、地元の声援といったホームアドバンテージは大きいよ。

何より、ブラジルが早々と負けたら、大会が一気に盛り下がってしまう。僕も現地観戦する予定の決勝は、リオデジャネイロのマラカナン・スタジアムで行なわれる。そう、あの「マラカナンの悲劇」(50年W杯決勝でブラジルがウルグアイに敗戦。自殺者やショック死する者も出た)の舞台だ。そんな因縁の場所で、ブラジルが優勝する瞬間を見届けられたら最高だね。

(構成/渡辺達也)