ブラジルW杯は1分2敗、勝ち点1で予選敗退に終わったザックジャパン。だが、厳しい戦いを強いられたのはチームだけではなかった。
事前に「現地観戦の難易度の高さは史上最高レベル」といわれていた今大会、実際にブラジルを訪れた日本メディア&サポーターを待ち構えていた試練とは? 現地で取材中のサッカーライター、栗原正夫氏がレポートする!
■「南ア以上だね」が挨拶代わりに!
これまでのところ、懸念していた反W杯デモ&ストの影響はほとんどない。
6月12日(現地時間)の開幕戦当日、試合の行なわれるサンパウロでは地下鉄のストが予定されていたが、結局は回避された。デモやストはたびたびニュースで報じられているものの、実際に街中で遭遇する機会はまだない。記者仲間の間でも「大変な目に遭った」という声は聞こえてこない。
昨年6月のコンフェデレーションズ杯開催時に、スタジアム周囲、またバスやタクシーでの移動中に、何度もデモに巻き込まれたことを思えば(筆者も首都ブラジリアでは催涙弾の餌食に!)、その規模や回数はかなり縮小しているように感じる。やはり、そこはサッカー王国ブラジル。積もる不満はあっても、いざW杯本番が始まれば、サッカーを優先してしまうということなのだろうか。
もっとも、もうひとつの懸念材料であった治安の悪さは、日に日に不安を増すばかりだ。「ブラジルでは強盗は万引き感覚」ともいわれるが、実際、強盗やひったくりなど、連日のように邦人被害が耳に入ってくる。
例えば、開幕2日前のサンパウロ市内、メディアセンターで大会取材IDを受け取ったばかりの日本人記者が荷物から一瞬、目を離した隙にパスポートやPC、カメラなど仕事道具一式が入ったバッグを盗まれている。彼は数人の同業者と行動を共にするなど注意していたそうだが……。
サポーターも被害に遭っている。6月10日には、サンパウロに到着したばかりの日本人男性が観戦チケット10枚などを盗まれ、その2日後には、日本人が観戦チケットや現金の入ったバッグの置き引き被害に遭った。
日本人被害も続出
海外取材経験の豊富なベテランカメラマンがこう話す。
「メディア関係者の間では、すっかり『南ア以上だね』が挨拶(あいさつ)代わりになった(苦笑)。前回の2010年南アフリカ大会のときも『犯罪発生率世界一』とかいわれてビビってたんだけど、実際に被害に遭った人はごく少数だったし、注意さえしていれば、身の危険を感じるようなことはなかった。でも、ブラジルって南アどころじゃない怖さがある。肌感覚として」
そんなメディア関係者やサポーターの緊張度が最初のピークに達したのが、日本の初戦、コートジボワール戦のあった6月14日のこと。開催都市がブラジル有数の犯罪都市レシフェだったからだ。しかも、キックオフは22時で、スタジアムは街の中心から地下鉄とバスを乗り継ぎ1時間以上もかかるという悪条件も重なった。
だが、幸いにも、この日はバス乗り場や地下鉄などあちこちで厳重な警備が敷かれ、スタジアム帰りに事件に巻き込まれたという話は聞こえてこなかった。
問題は警備態勢のゆるんだ翌日以降。日本人を狙った事件が相次いだのだ。ある男性は日本の第2戦と第3戦のチケットのほか、日本円で約2万円の現金、PCやパスポートを盗まれ、また、別の男性は観光中に刃物を持った少年ふたり組に脅され、約10万円の現金やカメラなどを奪われた。
記者仲間のひとりもこう語る。
「背中にケチャップをかけて、『服が汚れてますよ』と近づいてくる“ケチャップ強盗”に遭いかけた。あっ、これは例のアレかと気づいてダッシュで逃げたけど(笑)、危なかった」
レシフェに限らず、地元のブラジル人はとにかく身軽な服装をしている。その点、空港への移動や観光などで荷物を持つことが多い外国人はターゲットにされやすいのだろう。決勝まであと約2週間、深刻な被害が出ないことを願うばかりだ。
お目当ての試合に間に合わない!
■お目当ての日本戦に間に合わない悲劇も!
意外に思うかもしれないが、現地観戦者が治安の悪さ以上に頭を悩ませているのは、飛行機の使い勝手の悪さだ。
ブラジルの国土は日本の約22・5倍。空路での移動は欠かせない。だが、高いお金を払って、長時間かけ、遠くブラジルまでやって来たにもかかわらず、国内便の突然の遅延や出発時刻変更によって、お目当ての日本戦の観戦をあきらめざるを得なかったメディア関係者、サポーターまでいるというから困ったもの。
かくいう筆者も飛行機の出発時刻変更には振り回されまくっている。例えば、6月13日のこと。サンパウロを午前に出て、昼過ぎにはレシフェに到着し、19時45分からの日本代表練習&記者会見を取材するつもりでいた。ところが、当日朝になって出発時刻変更のメールが届き、結局、レシフェに到着したのは19時過ぎ。貴重な日本代表取材の機会を逃すことになってしまった。
また、数日前には、7月9日のベロオリゾンテからサンパウロへの便の出発時刻変更を知らせるメールが届いた。10時27分発だった便を、18時57分発に変更するというのだ。同日はサンパウロで17時から準決勝の1試合が行なわれる。そのために予約した便なのだが、これではキックオフに間に合わない! あらためて別の便を予約しようにも、すでにチケット代金は高騰しているし、キャンセル手数料までかかる始末。
ある日本人男性サポーターはこう話す。
「事前にメールで連絡があるだけマシですよ。自分の場合はそのメールすら来ませんでしたから。搭乗時刻直前のゲート変更も当たり前で、しかも、ほとんどの場合、英語のアナウンスがない。だから、空港ではひたすら出発案内板とにらめっこ(笑)。日本じゃあり得ないですよね。試合当日の飛行機移動はリスクが大きすぎるので避けるべきでした」
ネット環境の不安定さも、現地観戦者に共通する悩みだ。
ブラジルは大都市を中心にWi-Fiがかなり普及していて、街中でも無料で使える場所は多いが、いきなり接続が中断することも珍しくないのだ。
知人のベテランライターが愚痴をコボす。
「ホテルのWi-Fiがとにかく遅い! しかも、すぐ接続が中断するし、全然仕事にならないね。ホテル自体も何度も停電するし、シャワーも水しか出ない。格安ホテルならそれも仕方がないってあきらめもつくんだけど……一泊3万円もしたホテルだからね。参っちゃう(苦笑)」
決勝トーナメントも始まり白熱する中、現地観戦の難易度の高さがすでに「史上最高レベル」なのは間違いない。
(取材・文/栗原正夫)