大好評のうちにシリーズの刊行を終了したDVDマガジン『燃えろ!新日本プロレス』。その特別版として緊急発売中の「猪木vsアリ 伝説の異種格闘技戦!」が、往年のプロレスファンも巻き込み大反響を呼んでいる。
「アントニオ猪木vsモハメド・アリ」は1976年6月26日に日本武道館で行なわれた。38年の時を経て、初めて全15ラウンドがノーカット収録されており、記者会見や調印式などの貴重な映像も2枚組DVDに満載。ファンの間では「ありえない!」「まさかこれが生きている間にまた観られるとは……」など驚きとともに、歓喜の声が上がっているのだ。
試合当時、アリはベトナム戦争徴兵拒否による米政府との長きにわたる法廷闘争を経て、ボクシング世界ヘビー級王座に2度目の戴冠。黄金期を築くとともに、アメリカの国民的英雄になっていた。
そんなアリと猪木がなぜ闘うことになったのか? 発端は、「俺にチャレンジしてくる勇気のある東洋人はいないのか?」というアリの発言。これに名乗りを上げたのが猪木だったのだ。多くのマスコミは〝絶対不可能"とまともに取り合わなかったが、猪木と新日本プロレスは粘り強く交渉し、76年3月、ついに正式調印に至り世界中に衝撃を与えた。
この一戦はすべてが規格外だった。アリのファイトマネーは18億円といわれ、ロイヤルリングサイド席は30万円(当時の大卒初任給の2倍以上)、試合は世界各国で衛星中継された。
運命のゴングが鳴った6月26日。試合は猪木がローキックを放つほかは、寝転んで下から挑発するという展開が延々と続き15ラウンド終了。アリが繰り出したパンチはわずか5発。翌日の新聞各紙は〝世紀の凡戦"と酷評した。
しかし、時の流れとともに再評価され、「本当にこれは凡戦だったのか?」と長年話題となっていたため映像公開が待望されていたのだ。
この画期的な刊行を受け、総合格闘技戦の経験もあり、現在はグレイシー一族との異種格闘技戦などで新日マットを沸かす中邑真輔が全15ラウンドの映像を見直し検証した!
中邑真輔が全ラウンドを徹底検証!
●1R~4R ゴングと同時に猪木がダッシュしてスライディングキックを繰り出すも、アリは軽快なフットワークでこれをかわす。猪木は寝転んで下から挑発。いわゆる〝猪木アリ状態"が続く。
中邑「がんじがらめのルールにより攻撃を大幅に制限されていた猪木さんにとっては、これが最善の戦法だったんでしょう。スライディングしての蹴りならアリのパンチの射程に入らない。同時に、膝(ひざ)を正面から蹴る関節蹴りも出していますね。アリも舌を出したりして猪木さんを挑発してますけど、これは自分のキャラクターを守っているように思います。ボクシング世界王者の闘いを全世界が観ているわけですから、『猪木なんか余裕だぜ』というスタンスを保ってるんでしょう」
●5R 猪木のキックが初めてアリの左脚に深くヒットし、アリが尻もちをつく。場内がドッと沸いた。
中邑「アリはずっと左脚を蹴られてますが、左脚を前に出すオーソドックスの構えを変えませんね。脚が痛くても、いつもの構えのほうが安心というか……逆の構え、つまりサウスポーにスイッチするとバランスが変わり不安要素が増える。それより痛みに耐えるほうがマシなんでしょう。モハメド・アリはモハメド・アリでいなくちゃいけない。スイッチしないのはそれを表しているのだと思います」
●6R 猪木の蹴り足をアリがキャッチするが、猪木は逆にアリの足をからめ捕りテイクダウンに成功。馬乗りになり、アリの頭部にヒジ打ち! しかし、これは反則と見なされ減点された。
中邑「ヒジは思わず出てしまったのか、故意に出したのかはわかりませんが、膝十字固めかアンクルホールドにいける体勢になったのに惜しかったですね。MMA(総合格闘技)が定着した現在の視点では、『アリもパウンドを打てばいいじゃん』って思うでしょうけど、普段やってないことだろうしバランスが崩れる。かつ、寝技に持ち込まれるリスクもありますからね」
●7R 開始1分過ぎ、アリがついに左ジャブを出すが、当たりは浅い。猪木の強烈なローキックがヒットし、アリは再び尻もちダウン。
中邑「ようやくジャブが出ましたね。でも、攻撃するとディフェンスに隙ができるし、接近しすぎると寝技もある。アリはまさか猪木さんがこんな戦法でくるとは思ってなかったでしょうから、ローキックをカットするという発想もなかったんじゃないかと思いますね」
全解説を終えた真輔がたぎった?
●8R 開始直前にアリのセコンド陣が猪木のシューズに抗議。猪木はシューズの先端にテーピングを巻く。
中邑「シューズに細工してないか?ということですかね。確かに、リングシューズで蹴られるほうが素足より痛い。ただ、シューズチェックはアリ側の時間稼ぎかもしれませんね。この段階では、もうアリに余裕は感じられません」
●9R~10R アリのフットワークが復活し、10Rには強烈な左ジャブが猪木の頭部にクリーンヒット!
中邑「アリのジャブが迫ってくるのは怖いはずですが、猪木さんのセコンドのカール・ゴッチにはまったく焦りがないですね。猪木さんはタックルも出しましたが、寝技の極(き)めは強かったらしいですけど、一気に距離を詰める飛び道具は弱かったから、倒すまでには至らなかったんでしょう」
●11R~12R 猪木のローキックの命中率が上がり、12Rには10発ヒット。アリの左脚はみみず腫れに。
中邑「こんな状態になっても、アリはまだオーソドックスの構えですね。猪木さんの蹴りはけっこう予備動作が大きいんですけど、蹴りの間合いがわからないからよけられないのか、もうフットワークが使えなくなっているのか……」
●13R 猪木が決死のタックルにいくもアリは左カウンターで迎撃!
中邑「猪木さんは、アマレス特有の低いタックルをまだ身につけてなかったんでしょうね。アリにも隙があるから密着するチャンスはあるんですけど。でも、もうアリは痛みがキツいんでしょう。手で左脚をガードしちゃってます」
●14R~15R 両者、万策尽きたか。終盤は大きな動きがないまま終焉(しゅうえん)のゴング。
中邑「アリは最後まで攻撃できなかったですね。そもそも、自分のスタイルを変えるつもりはなく、立って闘うもんだと思ってたんでしょう。でも、フタを開けたら猪木さんは何をしてくるかわからない。おかげでずっと警戒しっぱなし。だからこそ、この緊張感が生まれたんでしょう。
今思えば、この試合はアントニオ猪木の〝壮大な売名行為"と言えますよ。アリはそれに巻き込まれた感じですけど、ボクシング世界王者として猪木さんの挑戦から逃げず〝モハメド・アリらしさ"を守り通した。異種格闘技戦という〝非日常"に飛び込んだわけで、アリ自身、それを味わえた爽快感はあったと思います。
この一戦は、当時の背景やふたりの立場を踏まえて見るのが肝(きも)ですね。きっかけとなったアリの発言、猪木さんの挑戦状、契約調印までの過程、度重なるルール変更などを加味すると、単純なスポーツマンシップだけの闘いではないことがまざまざと感じられる。そういった背景も含めて、今観ても、たぎらせてくれるね!!」
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(構成/松下ミワ 撮影/平工幸雄)