19年ぶりとなる北朝鮮大会は、日本でもインターネットで生中継されるという 19年ぶりとなる北朝鮮大会は、日本でもインターネットで生中継されるという

アントニオ猪木のプロレス団体IGFが8月30(土)、31(日)の両日、『インターナショナル・レスリング・フェスティバルin平壌』(柳京・鄭周永体育館)を開催する。猪木が北朝鮮でプロレス興行を行なうのは2度目。前回は1995年に平壌のメーデー・スタジアムで開催した『平和の祭典』で、2日間で合計38万人もの大観衆を動員、伝説の大会となった。

あれから19年、いまだ日朝関係や東アジア情勢は不安定だが、「スポーツ外交」を掲げる“闘魂”は燃え尽きることを知らない。参議院議員会館で猪木を直撃した――。

――まず、北朝鮮大会の前に8月23日(土)の『IGF2』(両国国技館)で石井慧(さとし)vsミルコ・クロコップのIGFチャンピオンシップが行なわれますが、この一戦の展望は?

猪木 そういう質問はヤメてくれよ(笑)。まぁ、石井は「いい青年」ってイメージがあったけど、どんどん青年じゃなくなってきちゃってね、いまひとつ色がハッキリしないんだよな。ミルコはかつてのインパクトもあるし、わかりやすいんだけど。

――プロとして、ハッキリした色が必要ですか。

猪木 昔は、たとえば日本プロレスにフリッツ・フォン・エリックが来るとなったら、それだけで切符が売れたっていうのがあったけど。時代が変わったというのもあるし、興行の体質や発信の仕方を変えていかないと。これだけいろんなメディアが氾濫(はんらん)している中で、人を振り向かせるのは大変なこと。不謹慎かもしれないけど、興行的な見方をしてしまえば、北朝鮮は最高のプロモーターといえるね。彼らの一挙一動に世界中が大騒ぎするんだから。

――まさに今大会は、北朝鮮が日本海に向けて多くのミサイルを発射している中での開催となるわけですが……。

猪木 売名行為だとか、目立ちたがりだとか言う人もいるけど、俺はそんなレベルはとっくに超えちゃってますよ。スポーツ交流を通して両国が話し合いをできる環境づくりをしていくという、イベントの意義を丁寧に説明していかないとね。しかし、俺が頭の中に見ているものを、みなさんにどうやってわかってもらうか……なかなか難しいよね。今、一部解除されてはいるけど日本による経済制裁が続いているし、残念ながらいろんな制約がある。難しい状況は残っている。だからこそ、やる意義があるんです。

1995年、金正日は猪木の試合を観たのか?

 95年の訪朝の際は、氷点下10度以下の夜中に鹿狩りをしたという猪木氏 95年の訪朝の際は、氷点下10度以下の夜中に鹿狩りをしたという猪木氏

――かつては湾岸戦争開戦直前のイラクや、一昨年は邦人に退去勧告が出されていたパキスタンなど、猪木さんは危険な場所で大会を開催してきましたね。95年の北朝鮮大会に関して、思い出深い話はありますか?

猪木 試合の1ヵ月くらい前だったかな。準備のために向こうに渡ったとき、狩りに連れていかれましてね、ノロという鹿を初日に5頭、翌日に6頭仕留めたかな。夜中にやるんですよ。

――夜中に鹿狩りですか。

猪木 うん、何もわからない中、車に乗せられ農道を走っていってね、ベンツのライトで木々を照らすと、餌(えさ)を求めて鹿が集まってくるんですよ。そこで俺たちは車を降りて狩りをするんだけど、零下10度以下だったかな。

――凍えますね(笑)。

猪木 朝鮮ウオツカと巻き寿司みたいなのが用意してあって……零下10度以下で飲むウオツカは水みたいに飲みやすいんだけど、車に戻った瞬間に体がボワーッと熱くなるんですよ。ま、そういう経験はほかの日本人はしてないと思いますよ(笑)。

――猪木さんの試合を、当時の金正日総書記は観たんでしょうか?

猪木 観たんじゃないですかね? 俺の控室の反対側がザワザワッとなって、厳戒態勢というか、そんな状況でしたから。

――今回は、金正恩第一書記の来場も注目されるでしょうね。

猪木 そこは自分がこだわるところではないかなと思っています。来られたらそれはそれで……というか、俺はもう名誉はいらないんですよ、ホントに。確かにそういう方と会うのは政治家として外交をやっている以上、名誉なことかもしれないけど、それを目指してやってきたわけじゃないし、今回は宿命のような使命感を持ってやってますからね。別に俺だけがやりたいと言ってやるわけじゃなく、向こうもやりたいからと始まったことだし。大事なことは、イベントを通じてメッセージを贈ること。今回の大会は日本で生中継(ニコニコ生放送)もあるから、それによって現地の真実を伝えていきたい。

――7月13日の福岡大会(『GENOME30』)では、猪木さんは北朝鮮からの生中継で「うまい料理を作るには、包丁(訪朝)さばきが重要になってくる」と話されましたね。

猪木 ハッハッハッハ、バカにして(笑)。

――いやいや、いつ何時も猪木さんはアントニオ猪木なんだなと感心しました。

猪木 ンムフフフフ。

世界に向けて、“燃える闘魂”の次なる狙いは?

――今後の展開として、かつて旧ソ連の格闘家を新日本プロレスのリングに上げたように、北朝鮮の未知の強豪をIGFに招聘(へい)したりとか?

猪木 いや、それよりもモランボン楽団、美女軍団とも呼ばれていますけど、今は北朝鮮国内で地方興行もやっているみたいです。俺は観たことないけど、仲間が感動したと言っていたから、そういうようなものが今後、例えば金剛山歌劇団っていう在日のグループがありますけど、そこと組むとかね。将来は文化交流としてやれると思いますよ。

――19年前に比べると、北朝鮮国民も娯楽を消費するようになってきたんですね。

猪木 今回は千昌夫を呼んでくれって言われましたけど、ルートがなくてね(苦笑)。向こうでは「北国の春」をみんな知っているんですよ。テレビのチャンネルも増えたし、携帯電話を持っている人も多いですよ。

――北朝鮮大会が終わったら、今度は韓国側の38度線エリアで大会を開催するなんていうプランがあるとかないとか!?

猪木 そんな先の話を……焚(た)きつけないでくださいよ(笑)。

――猪木さんくらいしかロマンのある話がなかなかありませんから。

猪木 ま、その時はローマ法王をゲストに呼んでね(笑)。この間もカンボジアに行ってきたところですけど、向こうに道場をつくってくれっていう話もあります。ムエタイの源流になったという武術(ボッカタオ)があったらしくてね。アンコール・トムの遺跡にその絵が彫られているんですけど、それを復活させたいと。世界に向けてね。

――19年前の北朝鮮大会に出た故・橋本真也の息子の大地が、今回の北朝鮮大会に出るらしいですね。

猪木 これを経験することによって、若い選手にはひとまわりもふたまわりも器を大きくしてほしい。歯を食いしばってとにかく一生懸命に生きよう。それが若い人に向けて一番贈らなきゃいけないメッセージなんですよ。政治だってなんだって、踏み出さないと歴史は変わらないんです、ンムフフフ。

(取材・文/大谷“Show”泰顕 撮影/保高幸子)