疲労が残っていて当然だが、長時間のインタビューにも最後まで全力投球、この笑顔で受け答えしてくれた 疲労が残っていて当然だが、長時間のインタビューにも最後まで全力投球、この笑顔で受け答えしてくれた

4日間、10時間18分、1398球ーーとても野球の数字とは思えないが、先月31日に決着を見た第59回全国軟式野球選手権大会、準決勝の中京(岐阜)-崇徳(広島)戦は、世界に類を見ない球史に残る名勝負として記憶されるものとなった。

スコアボードに延々並んだ0。両エースが全イニングを投げ切った、ありえない展開。ようやく延長50回に中京が得点し、死闘にピリオドが打たれた前代未聞の試合は、異例の注目を浴び、感動を呼んだ。

中京は当日行なわれた決勝でも三浦学苑(神奈川)を破って優勝。その瞬間のマウンドには、限界を超えて投げ続けたエース・松井大河が立っていた。

誰も経験したことのない、その“境地”とは?

「伝説」「奇跡」と語り継がれるであろう、その4日間を本人に直撃。敬意を表し、全インタビュー“9イニング”ロングラン収録で贈る。最後の9ページ目まで、「プレイボール」!

 * * *

-延長50回を投げきった31日から4日目(取材は9月4日)。まず振り返って、今の率直な気持ちから教えてください。

松井 勝ったことでホッとしているのもあるんですが、硬式よりも目立たない存在だった軟式が少しでも目立つようになって、こうやっていろんなマスコミの方に取り上げていただくことが自分としては嬉しいですね。

-その崇徳戦は準決勝でしたが、ここに至る前からまず聞かせてもらえれば

松井 初戦に延長11回までやってるんです。1点取られて2対1で勝ったんですけど、県大会、東海大会とも延長戦はなくて。初めての経験だったんです。この時、延長戦は疲れるなぁって思いました(笑)。

-まさか、それ以上が後に(笑)。次の2回戦は順当に勝って……。

松井 9回で終わって、その次が崇徳戦でした。延長15回までやって点がとれなくて、向こうの石岡投手もいい投手なので「まぁしょうがないかな」くらいの気持ちでした。疲労感もそう感じなかったです。

2日目が終わり、「また明日もやるのか…」

-継続試合になった2日目は?

松井 試合前、「継続試合なんで、1点取れば終わる。16回で終わらせよう」とチーム全員で言い合って試合に臨みました。けど、なかな点が取れなくて、20回くらいを過ぎると心の中で「本当にいい加減にしてくれ!」みたいなことを思いながら投げてました。

-実は、その時点でそんな気持ちに? 結局、2日目も15イニングやって両チーム0点でした。

松井 さすがに2日目が終わると体にきてました。肩、肘、左腰、お尻の筋肉とかがバンバンに張って。精神的にもちょっと参ってきてて、「また明日もやるのか……」って感じでした。

-終わってベンチに引き上げる時、ベンチの前でひざまずく野手もいました。

松井 そうなんです。実はこの試合の前、野手のメンバーが「今日は絶対、点をとってやるからな」って声をかけてくれてたんです。でも、勝ちきれなかったという悔しい気持ちがあふれでて、そうなったんだと思います。試合後、「点を取ってやれずに申し訳なかった」って、涙する野手もいました。

-そんなメンバーの様子を見て?

松井 本当に自分を助けたいと思うチームメイトの気持ちが伝わってきて、最後まで投げ抜こうと思いました。自分からも「また、明日やれるんだから、切り換えて楽しんでやっていこう」というようなことを言いました。

-体のケア、それにメンタルのケアの方は?

松井 トレーナーの方がいるんですけど、いつもより入念に時間も倍くらいかけてやってもらいました。そのトレーナーの方が「これでも読んだら?」って、マンガ(『青空』)を持ってきていただいたりして。それを読んでリフレッシュできました。それとか、食事の時にもうちのチームには盛り上げ役のメンバーがいて、一発芸とかやってくれて、大笑いしたのも役立ちました(笑)。

もう永遠に終わらないんじゃ……?

-そして翌日、31イニング目はどんな気持ちで迎えましたか?

松井 昨日の試合後は、メンバーが自分のことをすごく思ってやってくれてるというのがわかったんで、自分から笑顔を出してチームを盛り上げていこうと。野手にも笑顔で声かけたりして、チーム全体を上げていこうという気持ちで入りました。

-そこから意識が切り替わって。それに対して野手のみんなは?

松井 やっばり、「本当に今日こそは決めてやるからな!」って言ってくれました。

-しかし、やはり点は入らず延々続いて……。試合中はどんな感じでした?

松井 最初は自分から元気を全面に出してやったんですが、回を追うごとに気持ちは落ちていく一方でした。次第に「早く決めてくれ、いつまて続くんだ!」って。

-苛立ちというか、焦躁というか? でも負けるわけにはいかなかった。

松井 いや、ピンチの時は諦めかけたというか、これで打たれて点取られたら試合を終われると。正直、今だから言えるんですけど、もういいから打ってくれ、負けてもいいから、この試合が終わってくれって気持ちも何度か、ちらっと浮かんだこともありました。

-綺麗事じゃなく、それが実感だった……では、その気持ちを建て直せたんでしょうか。

松井 ピンチの時、自分がそんな気持ちになりかけた時には必ず野手が集まってきてくれて。「大丈夫、大丈夫、俺のところに打たせてこいよ」とか、声をかけてくれました。そしたら、ちらっと浮かんだ弱気な気持ちがふっとんで、もうとにかくがむしゃらに投げるしかないって。

-しかし、それでもなお最後の45回を終わって両チーム、無得点のまま。

松井 試合の半ばを過ぎたあたりから、心が折れるというか、だんだん不安になってきて。この試合、いつ終わるんだ……終わらない、決めてくれ……決まらない、今度こそ決めてくれ……決まらない、の繰り返しでしたから。これって、永遠に決まらないんじゃないのか、明日もまた延長戦やるんじゃないのか、延々と続いて終わる気がしなくなってきて。すっと投げ続けないといけないんじゃないかとか、自分でもだんだん精神的に不安定になってました。

-不安感ですか?

松井 はい、いつまでもずっとずっと自分が投げないといけないんじゃないのかという、そんな不安感です。

俺たちは何を目指して1年やってきたのか?

 校舎の廊下には、ずらっとゼロが並ぶスコアボードが。あらためてそれを見て、「本当に、自分でもよく投げたなって思います」 校舎の廊下には、ずらっとゼロが並ぶスコアボードが。あらためてそれを見て、「本当に、自分でもよく投げたなって思います」

-それで実際、延長45回が終わって?

松井 もう疲れ果ててしまって。このあたりは自分でも、よく覚えてないんです。宿舎に帰ってもなかなか食事がとれなくて、この日の夕食は普段の半分を食べるのがやっとでした。肩、肘もそうなんですが、もうお尻がカチカチになるくらい張ってて、すごく痛かったです。

-他の野手たちの様子はどうでした。2日目が終わった後とも違って、ベンチ、宿舎での様子は?

松井 そうですね……もう、みんな何もしなかったですね。

-前日のように点を取ってやれなくてごめんとか、盛り上げようとかは?

松井 いや、もうみんな疲れきってましたから、そういうのもなかったです。あったのかもしれないんですが、自分ももう疲れ切ってて、あんまりこの日のことは覚えてないです。

-それも当然ですよね……。それでも否が応もなく最終日の4日目、46回からの試合が始まるわけです。

松井 試合前、監督から「自分たちが目指してきたのは一体どこなんだ? 優勝だろ。そのためにはこの試合を乗り越えて決勝にいくしかないんだ」っていう話がありました。この時の話で、これまでやってきたことの原点を再確認できました。みんな、また目が覚めたって感じがして。自分たちがこの一年、ずっとやってきた原点を見つめ直すことて、最後にもう一度、やってやろうという気持ちが湧いてきました。

-もう予備日もなく、最長でも9イニングで決着しなければ抽選という規定でした。それで再び奮い立った?

松井 この4日目が最後で、長引いてもくじびきで決めて、決勝がある日だったんで。自分たちは日本一を目指してここまてやってきたんだ、だから絶対に今日決めて、決勝戦に出るんだということです。

-全国2連覇した後の昨年、地方予選の一回戦でまさかの敗戦を喫し、それだけ期するものがあったそうですが。

松井 はい、一昨年、その前と2年連続優勝してるんです。去年、自分が2年生の時は当然3連覇を期待されてたんですが、東海大会で一回戦負けしてしまって。本当に悔しかった。日本一だったチームが予選の一回戦で負けてしまった、この悔しさを晴らすにはもう一度、日本一になるしかないと、そういう気持ちでずっと練習してきましたから。

-本当に基礎から練習をやり直したそうですね。その思いがよみがえってきた?

松井 はい、監督の話を聞いて、自分たちが何を目指してこの一年やってきたのかというのをもう一度、再確認できました。去年味わった悔しさを見つめ直すことで、自分はもちろん、チームメイトもシャキッとしたと思います。最後は泣いても笑っても、この日で終わりだから全力を尽くそうと……そんな気持ちでまとまってたと思います。

-くじびきで決まる可能性については?

松井 やっばりイヤでした。プレーで決着つけたいと思ってました。

やっと、やっと、やっと、やっと……!

-ーそして最終日、話題が話題を呼び、明石トーカロ球場に異例の観衆(5千人)が詰めかけました。

松井 監督も観衆を見渡して、「軟式ではありえないこと」と驚いていました。自分も投げていて、声援というか観客のどよめきというんですか、実際に体験して鳥肌がたちました。

-ついに、チームが得点した瞬間は覚えてますか?

松井 はい、主将が打ってくれたんですが、やっと、やっと、やっと、やっとって感じでした。我慢して、ここまで投げた甲斐があったって気がしました。

-その後、マウンドに上がる時の気持ちは?

松井 自分でも意外に思うほど、落ち着いてました。そんなに慌てることなく、冷静にアウトををひとつひとつ取っていこう、そんな気持ちでしたから。

-そして、最後のバッターを抑えた瞬間は……。

松井 覚えてます。喜ぶというより、本当に疲れてたんで、ほっとしたという気持ちが強かったです。それにまた次が決勝だったんで、すぐに気持ちを切り替えました。

-それもすごい。やはり優勝という悲願があってこそですか。相手投手の石岡(樹輝)君については?

松井 石岡君がいなかったら自分もここまで投げれてないと思います。お互い負けたくないという気持ちの張り合い、ライバル心があったたからこそ、ここまで投げられたんで。

-途中、交代したいなと思ったことは?

松井 いや、なかったです。ここまできたら自分が最後まで終わらせようと思いました。

-試合後、石岡投手とは?

松井 試合後、石岡君から「ありがとう、全国制覇まかせたぞ」って言われてたんで。その言葉を聞いて、ここて負けたら意味がない、よしやったるぞ!って気持ちが強まりました。

監督には「決勝も先発させてください」と

-そして決勝戦、崇徳の選手が中京の応援席に入って応援をしてましたよね。

松井 こんなに長い試合をして勝たしてもらって、決勝にいけたんですが、崇徳さんも負けて悔しい気持ちはあると思うのに、それを越えて中京のスタンドに来ていただいて。いい絆ができたんだと思いました。

-その決勝では、後輩の投手が先発でしたが、それについては?

松井 いや、実は今考えるとありえないですけど(笑)、決勝も自分が先発したいと先生に言ったんです。けど、さすがに後輩の投手でいくと言われてしまいました。でも、いつでもいける準備をしてました。

-えっ、本当は50回投げた後の決勝も先発したかった!

松井 そうです。本当は決勝戦も頭からいきたかった! けど、まぁ優勝するための作戦なんでと自分を納得させました。

-では、4回途中でランナーがたまったピンチで「松井、いってくれ」となった時は……。

松井 1アウト2、3塁でいってくれと言われたんですが、その時、先生から「1点はしょうがないから」と。そのせいか、「何がなんでも抑えないと」と、自分を追い込むことなくリラックスして投げられました。

-そこでキャッチャーのすばらしい刺殺プレーもあって切り抜け、最後の1点は自分のバットで、その後の8、9回は6者連続三振!

松井 もう、これが泣いても笑っても最後の最後なんで。リミッターを外したというか、もう全力で投げました。そしたら三振が取れました。

-悲願の全国制覇を成しとげた瞬間は?

松井 悔しい去年があってのこの優勝だったんで……嬉しいよりも……嬉しすぎるというか、言葉では表現できないです。

マスコミが引き上げた夜、悪寒と吐き気が

 2連覇で途絶えさせた悔しさを力に、新たな伝統を刻んで錦の優勝旗を飾る 2連覇で途絶えさせた悔しさを力に、新たな伝統を刻んで錦の優勝旗を飾る

-試合後、肩とか肘、それに疲労は大丈夫でしたか。

松井 肩も肘もなんともないんですが、疲労はまだ残ってます。試合が終わった日も、その翌日(月曜)学校に帰って祝賀行事や取材を受けてる時はなんともなかったんです。けど夕方、マスコミの方が帰っていった途端、それまで張っていた気持ちが一気に緩んだのか、突然ガタッときました。

-ガタッと?

松井 突然、悪寒、吐き気もちょっとでてきて。(体温を)測ると熱もあって、慌てて病院にいきました。そしたら、軽い熱中症で筋肉の使いすぎとかも言われて。翌朝は、昼から登校することになったんですが、その後は元に戻りました。たぶん、さすがに疲れがあったんだと思います。

-それは当然というか、それで済んだ強靱さに驚きですが。今、何かと投手の投げ過ぎが問題になっていて、延長で早く終わらせる「タイプレーク制」導入も検討されています。ほとんどの高校球児は反対だそうですが?

松井 僕も最初はどっちでもいいんじゃないかって軽く考えてたんです。けど、実際に50回投げてみた後は、絶対早く終わらせることを取り入れた方がいいんじゃないかと思うようになりました。

-その意見はリアルに重いですね。やっばり、さっき話していたエンドレスの不安感、恐怖感がたまらなかった?

松井 はい、そうです。

-特に、軟式はボールの違いなどもあって、点が入りづらく延長戦が多いとか。

松井 そういう話はよく聞きますけど、自分が思ったのは、全国大会のようなレベルの高いチーム同士だと延長戦になりやすいのではと思います。

-では、それを想定しての練習も普段から?

松井 いや、特にはやってません。自分もそれまで延長を投げたことなかったですから。今回は予想外のことです。練習も1日、4時間くらい。ピッチャーだと、走りこんだり、投げ込んだりはしてますけど。

入学前、監督からもらった「背番号1」

-それにしても、この記録にも記憶にも残る偉業で取材も殺到でしょう。

松井 はい、でも最初にも言いましたが、これまで硬式の方が光が当たっていて、今回のことで軟式野球にも光が当たって、軟式やっている人たちに希望とか感動とかを与えられて、また知名度とかも上がってくれたら嬉しいですね。

-そもそも、中京は硬式のチームもあるのに、あえて軟式を選んだ理由は?

松井 自分も高校に入学する時は硬式をやって甲子園を目指そうと思ってました。けど、平中先生(監督)から入学前に背番号1のゼッケンをいただいて、その中に直筆のメッセージを書いてくれてて。「一緒に日本一を取りたい」ってことが書かれてました。ここまで自分のことを思ってくださる方がいるのなら、そこでやろうと。

-そんなエピソードが! でも甲子園の夢は?

松井 確かにありました。けど、それよりもいただいたメッセージ入りのエースの背番号に心を動かされました。

-見事、それで日本一を実現。その頃から意志の強さは感じますが。自分のピッチングの持ち味は?

松井 コントロールです。自分は打たせてとるピッチングなんで、やっばりコントロールです。

-これで全国制覇7回、中京の軟式野球部の強さは何でしょう。

松井 伝統ですね。やっばり、自分も先輩みたいになりたいと思って、みんな練習しますから。

-その自信通り、50回を守り抜いたバックの守備も驚異的でした。全国大会では失策1と鉄壁!

松井 そのひとつは自分が牽制球を投げた時にやったエラーで(笑)、野手は失策0でした。練習の時からエラーしたら先生から叱られますし、そんな普段の練習から厳しくやってきた成果だと思います。

大学では硬式に挑戦、その先のプロは…

-さて、報道ではプロも注目とか、そそられる見出しも並んだりしてましたが、将来は?

松井 進学希望です。でも大学では硬式をやってみたいと思っています。プロまでは考えてない。まずは大学でいろんなことを経験したいなと。

-松井大河の「タイガ」という名前は、よく阪神ファンが子供につける名前に多いとか。まさか、家はタイガースファン?

松井 いえ、違います(笑)。

-では、好きなプロ野球チームとか、憧れる投手とかは……。

松井 好きなチームは特にないですが、投手では前田健太(広島)投手です。やっばりコントロールがいいのと、球速自体はそう出ていないのに力強い球が投げれるところです。

-その前に、まずは10月の国体で崇徳の石岡投手と再戦する可能性もありますね。

松井 また、投げ合いたいですね。試合が終わった後、お互い「また国体で投げ合おう」って言い合いましたから。

-そこでは何回までいきましょうか?

松井 いや、もう9回でいいです(笑)。

-この延長50回は間違いなく、野球界の伝説になると思います。これで松井君の人生も変わる?

松井 そうですね。変わりますかね? 難しいです……それは。

-では最後に、延長50回を投げ終えて、自分が得た、一番のものはなんでしたか?

松井 やっばり、仲間を信じることの大切さです。ずっと自分を励ましてくれてましたし、最後4日目に3点取ってくれたのも、最後まで仲間を信じたからこそだと思いますがら。

-ロングインタビューの延長戦、最後まで丁寧に全力投球してくれてありがとうございます!

松井大河(まつい・たいが) 1996年5月16日、岐阜県生まれ。171センチ、67キロ。右投げ右打ち。

(取材・文・撮影/ボールルーム)