こちらが伝説のバッセン、愛知・西春日井郡にある「空港バッティング」

9月2日、北海道日本ハムファイターズの稲葉篤紀(あつのり)選手が引退を発表した。2000本安打を達成するなどの実績もさることながら、北海道日ハムのリーダーとしてチームを引っ張ってきた人間力にも定評があった。

そんな稲葉選手の原点ともいえる場所が、愛知県にあるのをご存知だろうか。

それは西春日井郡(にしかすがいぐん)の「空港バッティング」というバッティングセンター(バッセン)。ここはかつて、イチロー選手も通い詰めた伝説的スポットとして野球ファンの間では知られている。

このバッセンは稲葉選手にとってどのような場所だったのか? シーズン中にもかかわらず、なんと本人にコメントをいただいた!

「『空港バッティング』には、小学校のときから高校に入るぐらいまで通っていたので、10年近くお世話になったと思います。イチロー君のように毎日は通ってませんが、小さいときからここで打ち込んだことは間違いなく僕の財産になっています。とにかく野球が好きで、打つことが楽しくてしょうがなかった。僕にとっては、野球の原点といえる場所ですね」

では、学生時代に「空港バッティング」でイチロー選手に遭遇したことは?

「当時、空港バッティングセンターは一番速い球が120キロで、左打席があるのは1ヵ所だけだったんです。だから、何度かイチロー君が打っている姿を見ましたよ。昔は体もそれほど大きくなかったですし、とにかく細かった。それでも、スイングはものすごく速く、ほとんど真芯でとらえていましたね。強烈に印象に残っていますよ。あと、ずっと木製のバットで打っていましたね。でも、お互い見ているだけで、話をしたことはありませんでした」

そんなふたりがプロ野球選手として活躍するなんて不思議な縁といえる。イチロー選手も稲葉選手も、長年トッププロとして輝き続けてきたが、そうあるためにはどんな心得を持てばいいのか?

「僕は一日一日を頑張ってきたというか、とにかく一日一日を悔いのないように過ごしてきました。なんとなく一日を過ごすのではなくて、何か楽しみを見つけ、それに向かって悔いのないように過ごしていけば、きっといい人生を送れるんじゃないかと思います。いろんな目標を持ったり、いろんな趣味を持ったり、そういうものを見つけながら毎日頑張っていくことが大事なんだと思います。僕の座右の銘は“全力疾走”です。野球だけでなく、人生においても常に全力。何事も最後まで諦めません!」

仕事はダメ、プライベートはもっとダメ……人として自由契約寸前の本紙記者だが、そんな自分を打破すべく、稲葉選手の原点であり“全力疾走”を育んだ聖地「空港バッティング」へ行ってみた。

伝説のバッセンに行ってみた!

球速85キロから120キロまで打てる空港バッティングセンター

東京から新幹線で1時間40分、名古屋駅に到着して、さらに電車とバスを乗り継いで30分ほどで到着する。

約40年前に完成しただけあって施設は少し古めだが、整備は完璧。バッターボックスと外野フェンスとの距離がかなりあって、首都圏のバッティングセンターでは味わえない開放感がある。

「稲葉選手やイチロー選手が使用していた打撃ケージは、時速120キロの直球が出る8番ケージです。ここが、ふたりがよく使用していた場所です」(バッティングセンターの店員)

早速、1ゲーム22球分のコインを200円で買い、マシンへ投入。自前の稲葉選手のユニフォームを着て打席に立つ。コイン投入から打席までは全力疾走&鼻歌で『銀河鉄道999』(稲葉選手の入場曲)! 8番ケージの左打席に置かれたゴム製のシートはほかの打席に比べて、心なしか使い込まれているような感じがする。ここに、若き日の稲葉、イチローが立っていたわけだ。

記者も元高校球児で右打ちなのだが、今回は左打ちで挑戦!

元高校球児、右打ちだが伝説の左のボックスへ

あの左バッターポックスに記者は立った……が!

初球はまったくダメで、そのまま三球三振となり即チェンジ。それならば、稲葉選手の得意とするバットを体に巻き込むようなコンパクトな打法でチャレンジ!

しかし……、120キロの速球が脇腹をニアミス。その後も延々と三振を繰り返し1ゲーム終了。せめてヒット性の当たりがないと、ここまで来た意味がない。一方で、稲葉ファンとしては彼のスタイルをトレースしたい。そこで、考えたのが四球戦法。決して疲れたとかマメが痛いとかじゃなくて、出塁率の高い稲葉選手のスタイルを踏襲することにしたのだ!

速球をじっと見つめ、時折、首を傾げるなどプロっぽいプレイを開始したものの、あまりにも盛り上がらないのですぐに中止。

ここで、ついに確実にバットに当てる方法を思いつく。それはバントだ。2番打者として試合に出場しても、バントはほとんどしなかった稲葉選手を冒涜(ぼうとく)しまくりなプレイではあるが……。もう、これしかない。

バットを目がけて飛んでくる120キロの速球をバント。「ゴン!」という鈍い音ともに手首に激痛が!

負傷により泣く泣くバッティングを終了し、おばちゃんに話を聞くと「今年もここで稲葉選手は打ち初めをしてってくれたよ」とのこと。

そんな簡単には自分をたたき直すことなどできそうにない……が、稲葉選手が引退した来年もまた打ちに来るしかないか?

(構成/直井裕太 取材協力/愛知県西春日井郡「空港バッティング」 スポルティーヴァ編集部)

■週刊プレイボーイ40号「稲葉、イチローを生んだ伝説のバッティングセンターで振り込んできた!」より