アギーレ新監督の下、2018年ロシアW杯に向け新たな歩みを進めるサッカー日本代表。10年以上にわたって日本のサッカーに関わり、世界のサッカーシーンにも精通する名将オシムの目に、その姿はどう映っているのか。ジャーナリストの木村元彦による直撃インタビュー、第3回!
■監督は皆、エゴイストだ
―あなたが監督だった当時と比べると、ヨーロッパでプレーをする日本人選手がずいぶん増えました。それ自体は素晴らしいことですが、一方で、所属チームにおけるプレー内容に注視せずに“外国にいる”というだけで、ブランド化してありがたがる風潮もあります。やはり、それは停滞の要因になるのではないでしょうか?
オシム それは私の母国ボスニアにおいても大きな問題です。日本だけではなく、ボスニアもコンプレックスからか、自国リーグに目を向けずに国外にいる選手をまず持ち上げる傾向がある。いずれの国においても選手自身のパフォーマンスについてきちんと評価せずにヨーロッパ、もしくは有名なクラブでプレーしているからといって不可侵の存在として考えることはよくない。
―4年前の南ア大会のときにシュワーボ(オシムの愛称)は「今のサッカー界は(守備的なサッカーを信奉する)モウリーニョ・シンドロームに陥っている」と言っていましたが、今年のブラジルW杯はどう見ましたか?
オシム モウリーニョ(現チェルシー監督)は今でも避けられない存在です。今も世界はモウリーニョです(笑)。依然として彼は世界のサッカーシーンで、とても大きな成功を収めているし、彼と同じようなサッカーをする人も多い。結果だけを重視し、負けなければそれが成功だと受け止められている。
そして、日本に規律を持ち込もうとしているアギーレも、場合によってはモウリーニョのようになる危険性も残念ながらゼロではない。
監督というものは皆、多少のエゴイストで自分だけのことを考えて、サッカーの本質から離れて、自分の結果に夢中になってしまうときがあるんだ。
ブラジル戦は負けても学ぶことは多い
―10月14日、日本は久しぶりにブラジルと対戦します(※取材はブラジル戦以前に収録)。
オシム その試合は、特に何も注意する必要はないんじゃないか(笑)。もし負けても、誰もクビを切られることはない。どんな結果になろうとも、得るものはたくさんある。学ぶことの多い貴重な時間だ。
もっとも、ブラジル代表は皆がベストなプレーヤーで、どの国も勝てないと思っていたところ、ブラジルW杯ではドイツが準決勝で7点も挙げて圧勝した(7-1)。日本の選手たちも、ブラジルはタブー(まったく勝ち目のない相手)ではないことを理解することも必要だ。
ブラジル代表自体は、これからきっとよくなる。ああいう無残な敗北は、国によっては5年間も立ち直れなくなることもあるが、ブラジルはすぐに立ち直るはずだ。日本も次のステップに進むために、どんな強豪にも恐れずに勇気を持って立ち向かっていくこと。それによって現在の自分たちの位置というものがわかってくるだろう。
―今、世界のサッカー界では、「スペインの時代が終わって、これからはドイツの時代だ」といわれていますが、これはドイツのブンデスリーガがレベル的にも経済的にも安定したことも大きいと思います。当然、日本代表の進化にも、Jリーグの充実も絶対条件として挙げられるでしょう。それこそ、あなたが言われるように、代表監督ひとり、つまりアギーレひとりにすべてを背負わせていけない。
オシム 確かに、かつて2000年代初頭に低迷していたドイツの再浮上は、自国リーグの運営の成功と両輪で成し遂げられた。ドイツの移民政策やEU圏外の選手を受け入れる姿勢の勝利でもある。日本代表チームも、Jリーグ、さらには日本社会とも密接につながっていることを忘れてはいけない。
●イビツァ・オシム 1941年生まれ。90 年イタリアW杯で監督としてユーゴスラビア(当時)代表をベスト8に導く。2006年から日本代表を率いるが、07年秋に脳梗塞で倒れて辞任。11年4月からボスニア・ヘルツェゴビナサッカー協会・正常化委員長として同国のW杯初出場実現に尽力した
■週刊プレイボーイ43号「アギーレジャパンへのオシムの言葉」より