1995年6月15日生まれ、岐阜県多治見市出身。アマチュアではアジアユースで銀メダル獲得など輝かしい実績を誇る。プロ戦績は3戦全勝(1KO)。東海に出現した、わずか19歳の“怪物”だ

ボクシング界にまたひとり、超新星が出現した。アマチュア時代からその素質を高く評価され、ここまでプロで3試合をこなしてきた田中恒成(こうせい)。10月30日に予定される次戦で早くも東洋太平洋タイトルに挑戦するが、これに勝てば史上最短記録となる「5戦目での世界獲り」が期待される!

「新記録は狙っていますよ。次の試合に勝ったら、プロ5戦目で世界戦を組むつもりです」

そう明言するのは、畑中ボクシングジム会長の畑中清詞(はたなか・きよし)氏だ。畑中氏といえば、かつて名古屋に初めて世界のベルトをもたらした、元祖“東海のロッキー”。

名古屋からはその後、辰吉丈一郎との激闘で知られる薬師寺保栄(やすえい)や、バラエティ番組で脚光を浴びた飯田覚士(さとし)など個性豊かなチャンピオンが生まれているが、彼らを凌駕(りょうが)するといわれる逸材が出現した。

田中恒成、19歳。畑中ボクシングジム所属。今からちょうど1年前、現役高校生ながらプロ転向を表明し、デビュー戦で世界6位の強豪を撃破するという離れ業で名古屋のファンを驚かせた。今日までにこなした3試合ですっかり定着したニックネームは、“中京の怪物”。畑中氏の言う次の試合とは、10月30日に東京・後楽園ホールで予定される、田中がプロ4戦目にして挑む東洋太平洋ミニマム級タイトルマッチのことだ。

東洋太平洋タイトルは世界への“資格”

畑中ジムの事務室には、記録を意識したこんな張り紙が……。田中は5戦目に名を刻めるか!?

ボクシング界にはたびたびこうした“怪物”が登場する。例えば、希代のカリスマボクサー・辰吉丈一郎や、現WBC世界ライトフライ級王者の井上尚弥(なおや)なども、デビュー前から噂がひとり歩きした逸材であった。彼らの怪物性を表現するわかりやすい指標のひとつに世界タイトル奪取の最短記録がある。辰吉は当時の新記録である8戦目で世界を制して実力を証明し、後にそれを井岡一翔(かずと)が7戦目で更新。

さらに昨年、井上が現在保持するタイトルを6戦目で手にしたのが現在の記録となっている。もちろん早ければいいというものでもないが、畑山隆則が23戦目、内藤大助が35戦目の戴冠だったことと比較すれば、彼らの早熟ぶりがうかがえる。

こうした記録は、単に実力だけで塗り替えられるものではない。日本のボクシング界は現在、世界挑戦者の粗製乱造を防ぐため、日本もしくは東洋太平洋のタイトル獲得を世界挑戦の条件としている。つまり田中が世界へ進むには、まずいずれかの地域タイトルが必要で、記録達成にはそうした交渉事(マッチメイク)がスムーズにまとまる運や政治力が不可欠なのだ。

その点、畑中氏は「欲しいのは東洋太平洋のベルトではなく、あくまで世界に挑戦するための“資格”。勝ったら、11月にタイで行なわれるWBCの世界タイトルマッチを恒成と一緒に偵察に行く予定です」と抜かりがない。

ではこの田中恒成、いったい何がそれほどスゴいのか?

井上尚弥が4ラウンドで仕留めた相手を1ラウンドで瞬殺!

まず見る者にわかりやすいのは、スピードだろう。超高速なジャブをさまざまな角度から打ちまくる姿は、世界ランカー相手であってもまるで別の次元で戦っているかのような“時間差”を感じさせる。また、アッパーやフックなど多彩なパンチを操る一方で、ずぬけたディフェンス勘を備えており、相手にしてみれば田中に触るのもひと苦労といった様子だ。

さらに、急所を正確に打ち抜くコントロールの良さから、時に居合抜きのようなダウンシーンを演出する。最新ファイトのクリソン・オマヤオ(フィリピン)戦では、井上尚弥が4ラウンドで仕留めた相手を1ラウンドで瞬殺。まさに、電光石火の戦いぶりであった。

そもそも田中は、井上尚弥らと同様、キッズボクサー出身だ。小学5年生でボクシングジムの門を叩いたときから、「これはチャンピオンになる子だなと直感した」(畑中氏)というから、持って生まれた打撃センスは相当なものだろう。高校進学後は1年生で国体を制するなど計4冠を獲得。さらにアジアユースで銀メダルに輝くなど、国際的な舞台でも活躍した。これが、デビュー前から“怪物”と騒がれるゆえんでもある。

しかし日本のボクシング界には、とりわけ軽量級に実力者がそろっている。今度の東洋太平洋タイトルマッチを面白くしているのは、田中を迎え撃つ王者・原隆二もまた、高校4冠からプロに転向した期待のホープであることだ。原もここまで18戦全勝(10KO)。無敗同士の一戦はまさしくファン垂涎(すいぜん)の好カードなのだ。当の田中を直撃すると、やはりこの試合を単なる世界前哨戦とは見ていない。

「無事に挑戦が決まってホッとしている半面、本当にあの原選手と戦うんだなと、身の引き締まる思いです。何しろ僕がボクシングを始めたとき、すでにインターハイなどで活躍していた選手ですから」

世界奪取の先にあるドリームマッチ

試合2週間前。疲労のピークと思われるこの時期にも、田中は最軽量級とは思えぬ大迫力のスパーリングを見せた

すでに世界挑戦の機会をうかがっていた原としても、このタイミングで田中を迎えるのは正念場。ここは噂の怪物を撃退し、世界へ向けて大きくアピールしたいところだろう。以下は田中による原評だ。

「スピードもパンチもある、レベルの高い選手です。小柄ですが出入りのスピードが速く、試合中もものすごく頭を使っている印象。何より、アマ時代を含めて長いこと負けを経験していない選手ですから、何かを持っているんだと思います。当然、勝ちに行きますが、展開は予想できません」

下馬評有利といわれながら油断はない。“中京の怪物”は、これが自らの伝説の幕開きにつながる重要な一戦であることを理解している。

気の早いファンは、首尾よく東洋太平洋タイトルを獲得した田中が5戦目で世界奪取に成功することを前提に、さらにその先の夢を見ている。井上尚弥や八重樫東(やえがし・あきら)といったスター選手とのマッチアップだ。まだまだ成長期にある田中が、将来的に階級を上げながらこうしたビッグネームと対峙(たいじ)する可能性は十分にあり得る。

「まずは次の試合に勝ってから。原選手に勝たなければ、スタートラインに立つこともできません。でも、世界のベルトを巻けば、自然とそういうビッグマッチを期待してもらえるようになるでしょうから、そのときには期待以上の試合が見せられるよう力を蓄えていきたいですね」

そう言いながら腕を撫(ぶ)する若き怪物。その伝説のプロセスを見届けられるのは、同時代に生きる我々の特権かもしれない。

(取材・文/友清 哲 撮影/大関 敦)