もはや“デーブ狂想曲”である。
スポーツ紙では連日のようにデーブ大久保(大久保博元)楽天新監督のニュースが報道され、その内容もまた今まで球界では見なかったような“デーブ流”の指導方法ばかり。いわく、「年長者とすれ違ったら立ち止まり脱帽して挨拶」「選手に毎日3行日記を書かせる」「中継ぎ陣を“ターンオーバー制”でローテーションさせる」「8人対8人の紅白戦で考える野球を身につけさせる」「オフも完全無休」「美術館巡りで脳を鍛える」「選手にランキングをつけて競わせる」などなど……。
「挨拶」は体育会系なら当たり前とも言えるが、それ以外はどれもこれも球界の常識からすれば斬新すぎるものばかり。就任以来、楽天ファンだけでなく、全国のプロ野球ファンや球界関係者、果てはメディアからも「デーブで大丈夫なのか」という声が上がっているが、氏を監督に据えた球団は、こんな状況についてどう思っているのだろうか。
「いろいろな批判があるのは覚悟の上。でも、監督は目立ちたくていろいろなことをやっているわけではありません。どれもしっかりとした根拠に基づいて、監督が考えて決めたこと。科学的な根拠に基づいていることも多いし、安心して任せていますよ」
こう話すのは、楽天イーグルスのチーム統括本部長を務める安部井寛氏(40歳)だ。
「皆さん、大久保監督に対しては誤解されていることが本当に多い。特に古いタイプの体育会系で、年長者の言うことはどんな理不尽なことでも絶対だという人に思われているようです。でも、実際はまったく違う。もちろん、ずっと野球をやってきた方ですから体育会系的な部分もあります。ただ、大久保監督はすごく柔軟性のある考え方ができる人。今までの野球のセオリーにとらわれず、常に探究心をもってさまざまな知識を吸収して野球に取り入れる姿勢がある。これまで球界にはそういう柔軟な発想を持ち合わせた監督が少なかったので、目立っているだけだと思いますよ」
ガチガチの体育会系と思ったら大間違い!
デーブ氏は、実際、西武時代に“おかわり中村”や片岡易之などを育てた指導者としての実績だけでなく、プロゴルファーや経営者としても結果を残し、球界内にとらわれない幅広い人脈を作り上げてきた。楽天の監督としての指導にも、こうした様々な場所での経験や人脈をフルに活かしているのだとか。
「スポーツ医学や生理学、心理学なども自分から積極的に学んで、それを活かす練習方法を編み出してきました。大久保監督が西武時代にパイオニアになったアーリーワークもそうですよ。夜間練習は体内に乳酸を残すので、疲れが翌日に持ち越されて怪我のリスクがある。だから夜ではなく早朝に個人練習をしたほうが効率的なんだそうです。もちろんコーチ陣の意見もすごくよく聞きます。その上で最後は監督が判断して、責任はオレがとる、と。僕も最初はもっとガチガチの体育系だと思っていたんですけど、こんなに科学的にアプローチする人なんだとびっくりしたくらいです(笑)」(安倍井氏)
とは言え、これまでのデーブ監督の実績はあくまでもコーチや二軍監督、つまり技術を指導する立場としてのもの。「挨拶を徹底する」という指導も、若手が多い二軍では効果的でも、勝利を追求する一軍の監督という立場になると疑問も湧く。特に最近は年齢差にさほどこだわらず親しくするプロ野球選手も増えている。ここにも厳しくメスを入れるとなれば、チーム内に不協和音が響く可能性はないのだろうか。
「いやいや、大丈夫です」
と太鼓判を押すのは、現役時代に巨人でバッテリーを組んだこともある野球解説者の橋本清氏だ。
「まったく問題ありません。大久保監督はコミュニケーションを密に取るタイプ。練習をしっかりやる選手に対しては本当に優しいですから。しかし、まだ就任直後の秋季キャンプなのに、これだけ新聞やメディアに叩かれるとは……大久保監督らしいというかなんというか(苦笑)」
実は“日本一請負人”の実績あり!
橋本氏が続ける。
「彼はね、イエスかノーがはっきりしていてわかりやすい男。そういうところが嫌いな人には嫌われる一因なのかもしれないけど、ぐちゃぐちゃと陰険なところがない。あっさりハッキリ面倒見もいいですからね。それでいて、その場の勢いだけじゃ行動しない。僕が現役引退後のことを相談した時も『この世界に入るのは中途半端じゃダメだから、いろいろ勉強しないといけない』とアドバイスをくれた。自分でも船舶や大型トラックの免許を取ったり、“いつ何があっても家族を守れるように”と考えている堅実さもある。現役時代から苦労してきましたからね。
2軍で干されて、トレードに出されて、西武のコーチでも日本一に貢献したのに、その後、どん底に突き落とされる。もう球界復帰は無理という逆境から楽天に呼ばれて日本一に貢献した。アーリーワークだって、今じゃほとんどの球団がやるようになってるのに、いいことをみんな忘れて叩いている。誰も言わないけど、実績はあるんです。日本一請負人ですよ」
ニュースにもなったが、現在、岡山で行なわれている楽天秋季キャンプでは、コーチやスコアラーらと相談しながら“ランキング”を作成しているところだとか。このランキングも、自分のチームでの立場や先発・中継ぎ・抑えや代打・代走といった役割を知り、誰を抜けば試合に出られるか、何をするべきかが明確になることで、若い選手も迷うことなく自分のやるべき練習ができるというわけだ。なるほど、斬新すぎる気はあるが、何か新しい基軸が生まれそうな試みではある。
デーブ大久保氏をよく知るスポーツライターM氏はいう。
「今回の就任とよく似た例で思い出すのはDeNAの中畑清監督ですね。あの時もベイスターズファンからはかなりの反発がありましたが、今では物凄い支持を集めています。ああいった、新しいものを貪欲に取り入れようとするIT的発想の球団には、システマチックな組織論で不足がちになる古き良き体育会系の“ド人情”が有効のような気がします。ちなみに中畑監督は巨人時代にデーブ氏が師と慕った人物。今回の就任にあたっても、いろいろなアドバイスを受けていることでしょう」
前出の安部井チーム統括本部長も、この”IT×ド人情”の化学反応に期待を寄せる。
「僕もこれまでに3球団を渡り歩いてきましたが、こんなやり方をする監督は見たことがない。ウチは今年最下位です。今までと同じようなことをやっていても勝てません。だから、柔軟に新しいことに取り組んでくれる大久保さんに監督になってもらったんです。後は信頼してバックアップするだけ。監督も“1年契約でダメなら辞めるつもりで勝負をかける”と言ってくれましたから、信じるだけですね」
この一年に人生を賭ける覚悟
契約期間の1年は新監督としては異例の短さだ。しかも、新しい方法論を提唱するデーブの存在は異端者として目立ちすぎたこともあり、結果が出なかった場合の反動を考えると、大きな批判を浴びることは想像に難くない。前出の橋本氏は言う。
「僕はね、大久保監督を見てきたからこそ言いたいんです。新しいこともやたらめったらやってるわけじゃない。彼はとにかく勉強熱心で、いろんな知識を吸収し、研究した上でチャレンジしてきた。根底に努力があるから、どん底から何度も這い上がってこられたんです。“上の人に気に入られて”と悪く言う人もいるけど、それだけでやれるほど甘い世界じゃない。
あんなに新聞に叩かれたって取材に普通には答えてます。常識的には取材拒否ですよ。でもそれをしない。わかっているんです。この世界は結果がすべて。負けたら何も残らない。だから無駄口は叩かないけど、ナニクソと思っていますよ。この一年に人生を賭けるぐらいの覚悟をしているはずです。何度も地獄に落とされては熱いハートで這い上がってきた、努力の男です。周りをギャフンと言わせてほしいですね」
現状、一軍監督としての実績はなく、何をやっても世間から半笑いで見られているデーブ監督。だが、革命はいつの時代も誰も考えなかった常識を壊すところからはじまる。旧態然としたままのプロ野球界を変えられるのは、旧習にとらわれないIT球団を率いる常識外の監督のはず。今回の抜擢が、野球界を変革する契機となるか。目立ちたがり扱いをされバカ騒ぎで終わるのか。
2015年、のるかそるかの大勝負、デーブ監督から目が離せない。
(取材・文/週プレNEWS編集部)