天皇杯のトロフィー(賜杯)って、すごく古くて、小さくて、よく見れば細かい傷もたくさんある。でも、そこに重ねてきた歴史と伝統の重みを感じるよね。

Jリーグが終わったばかりだけど、早くも今週末には天皇杯の決勝(13日、G大阪vs山形)が行なわれる。

天皇杯の決勝といえば、お正月の風物詩。でも今回に限っては、来年1月9日開幕のアジア杯(オーストラリア)を控える日本代表の調整期間を確保するため、大会日程が前倒しにされた。元日以外に決勝が行なわれるのは、実に47年ぶりだそうだ。また、国立競技場の建て替え工事に伴い、会場も日産スタジアムとなっている。

例年の決勝は、晴れ着姿のお客さんがいたり、年賀状を配る記者がいたり、お正月ならではの高揚感に包まれる。もちろん、スタンドは満員。ピリッとした冷たい空気の中、サッカー関係者、ファンの皆が集まって新年を祝うような感じが好きで、僕も毎年のように現地観戦を欠かさなかった。でも、来年の元日はどうやって過ごそう。何か寂しいような不思議な気分だね。

「日本代表の強化のため」と言われれば仕方ないし、いまさら言うことじゃないんだけど、結果的には、アジア杯で代表に選ばれそうな選手は、G大阪の遠藤と今野、あとは宇佐美くらい。だったら、決勝だけでも例年どおりの元日開催にしておけばよかったのにと思ってしまったよ。

Jリーグの誕生以前、天皇杯の決勝は一年で最も注目を集める試合だった。何しろ日本代表の試合よりもお客さんが入るわけだからね。僕の現役時代のチームメイトも、天皇杯にかける意気込みはすごかった。「決勝まで進めば、満員の国立競技場でプレーできる」「しかも、普段は絶対にないテレビ中継まであるぞ」という具合だ。僕自身も、天皇杯は日本で最も権威のある大会だと理解していたし、一度でいいから決勝のピッチに立ってみたかったよ。

天皇杯の決勝は記憶に残る好ゲームが多い

また、天皇杯の決勝は記憶に残る好ゲームが多いのも特徴だ。あの素晴らしい雰囲気の中でプレーすると、自然に体が動くのだろうね。特に印象に残っているのは、1998年度の横浜フリューゲルスの優勝劇。あれは本当にドラマだった。98年10月に突然、事実上のチーム消滅が発表。以降、選手たちは意地を見せ、Jリーグでも天皇杯でも一度も負けなかった。

そして迎えた元日の天皇杯決勝。勝っても負けてもフリューゲルスにとっては最後の試合ということで、満員のお客さんのほとんどがフリューゲルスの応援に回った。清水相手に見事な逆転勝利で優勝を飾ると、選手もサポーターも一緒になって泣いた。いいチームだったし、今でも忘れられないシーンだ。

Jリーグの誕生以降は、シーズンや日程の兼ね合いで、天皇杯はたびたび大会レギュレーションが変わっている。また、大会序盤はメンバーを落とすJリーグ勢も増えるなど権威低下も指摘されている。今回の準決勝2試合(11月26日)も平日開催に雨が重なり、スタンドはガラガラになってしまった。今週末の決勝も日産スタジアムにどれだけお客さんが入るのか、かなり心配だ。

幸い、次回以降は再び元日に決勝を行なうことが決まっている。正しい判断だね。天皇杯決勝は元日にやるからこそ盛り上がるんだ。ぜひ、これからもこの伝統は守り続けてほしい。

(構成/渡辺達也)