大晦日、WBA世界スーパーフェザー級王者・内山高志がリングに帰ってくる。1年振りの試合で迎え撃つのは、同級8位のイスラエル・ペレス。
ハードパンチ過ぎるがゆえに拳の故障に悩まされ、ビッグマッチの噂が浮かんでは消え、気づけば生まれた自身最長のブランク。
日本が誇る“ノックアウト・ダイナマイト”が9度目の防衛戦に、そしてその右拳に込める想いとは――。
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―多くのファンが待ち焦がれた1年振りの試合です。
「試合が楽しみです。とにかくベストコンディションで試合を迎え、いいパフォーマンスを見せたいなと。今は、早くお客さんの前に出て試合をしたいってのが一番ですね」
―自身最長となる1年間というブランクに対する不安はありますか?
「ないですね、全然。練習は1年間、やってきてるんで」
―右拳の故障も完治している?
「4月くらいにはバチバチ練習してたんで、まったく問題ないです」
―なかなか試合が組まれず、モチベーションの維持が大変だったと思うんですが?
「確かに目標というか手の届くところ、1ヵ月先、2ヵ月先に試合があるなら、そこに向けて頑張れるんですけど。試合がないと緊張感みたいなものがなくなるんで、物足りない部分は多少ありましたね。でも、そこでサボらずに地道に練習してきてこれたんで。
ケガでもう試合ができないってわけじゃない、もう少し辛抱すれば試合ができるってことがモチベーションでした。あとは、やっぱりチャンピオンとして居続けたい。だから、頑張れるんだと思うんです」
―勝つことは当然、圧勝が期待されていますがプレッシャーは?
「ないです。もちろん、ペレスを侮ることはしませんが、これからのためにも『内山、強いな』って世界に思わせなければダメなんで。『敵はいないな』って思わせるくらいの試合をしますよ。グダグダした試合は絶対したくないです。今後のためにも」
今、自分のピークを迎えようとしている
―今後のため?
「ラスベガス、マカオ、世界が注目する場所でビッグマッチをしたいんで」
―では、過去に倒したブライアン・バスケスなどがラスベガスで活躍しているのは複雑だったりしますか?
「それは、やっぱありますよ。『あいつ、いいなあ』って。でもホント、あと数試合で、近いうちにラスベガスやマカオのリングに立つことができるって、希望というか夢があるんで。今はそれを信じてやるだけですね。ここで腐って、もういいやってなったら終わってしまうんで」
―今年、ミゲル・ガルシアとのマカオでの対戦も噂されましたよね…。
「結局、流れちゃいましたけどね。でも、勝ち続けてたら絶対チャンスは来ると思ってるんで」
―現在、35歳です。年齢に関しては、どう思っていますか?
「体力は落ちるどころか、現時点ではまだ少しずつ上がっていってる実感があるんで。もちろん、いつか体力が落ちるのは避けられない。急に筋力、体力が落ちてくのかなって、ちょっとした怖さは多少はありますけど。
だからこそ、来年からはやっぱり年間3試合はやりたいですね。ホント、1、2年以内に海外でやりたいです。体力が落ちる前に。今、ピークを迎えようとしてるんで」
―減量がキツくなってきたりはしませんか?
「代謝もこの年齢で、まだ上がってきてますんで、今までと変わりはないです。僕は普段の体重もリミットの3キロ以内で維持してるんで、他の選手より減量が少ない。昨日もステーキとか食べましたから」
減量、食生活、みんな間違ってる!
―試合直前まで、肉を食べる?
「毎日食べますね。脂肪分の少ない肉ですけど。そうしないと、栄養が偏っちゃうんで。結構みんな、減量時期は野菜だけしか食わないとか言いますけど、それって根本的に間違ってるんで。タンパク質をキッチリ摂らなきゃいけない。だって、筋肉落ちゃうじゃんみたいな。頑張る方向を間違っちゃいけないんですよ。
減量のために水分を摂らないとか、着込んでサウナ入るとか、そんなのしなくていい。もちろん、計量の直前、最後の最後でやらなきゃいけないことはあるかもしれないですけど。根本的に、普段の食からこの栄養素は何に効くとかって考えておけば、35歳になっても苦労しないというか」
―ジュニア野菜ソムリエの資格を持ってるんですよね?
「ボクサーも、もっとそういう面も勉強した方がいいと思うんで。『いいよね、減量なくて。この時期、そんなに食えて』って、よく言われますけど、それは普段から心がけてるからなわけで。みんな、食べたいもの、好きな物だけ食べてるから苦労するわけですから」
―ストイックですね。
「自分ではストイックだとは思ってないし、ただ好きなだけですよ、ボクシングが。ボクシングが仕事っちゃあ仕事ですけど、趣味というか。趣味が趣味以上にハマっちゃった感覚で。ただ試合ができるのが嬉しい。趣味の延長線上だからこそ強くなりたいし、だからこそ負けたくないんですよね」
―日本のエースが、ボクシングを「趣味の延長線上」というのは少し不思議です。
「ボクシング界のエース的なことを言っていただけることもあるんですけど、僕の中では、まったくそんなこと思ってないんで。エースは若いのがいっぱいいるから。井上(尚弥)、井岡(一翔)たちに任せます(笑)。
今でも、街中で声かけられたり手紙をもらって『落ち込んでたのに試合を見て勇気づけられました』とか言っていただけると不思議ですもん。ありがたいな、こんな俺にって」
ボクシングを自分のためだけにやってます
―では、何かを背負っている感はない?
「ボクシングを自分のためだけにやってますから。結婚しているボクサーは『家族のために』って言いますけど、結婚もしてないですし、僕は誰かのためにってのはまったくないです。ただ好きなことをやってるだけ。好きなことだから負けたくないって感覚で。それだけですね。
何かを背負う強さはあると思います。でも、何も背負わない強さもあると思うんです。唯一、自分以外のことで思うのは、応援してくれる人をしょんぼりさせて帰らせたくないってことだけで。その気持ちはすごく強いです。会場に足を運んでくださった人に『良かったな、今日は』って笑顔で帰ってほしいんで」
―なるほど。
「まあ、とは言っても35歳なんで、母親は『結婚は?』とか、たまに言ってきますけどね。『ボクシング、もういいんじゃないの?』って。『まだでしょ』って答えますけど(笑)。やっぱり母親からしたら、世界チャンピオンじゃなくて、いくつになっても息子って目で見るんでしょうね」
―内山さん自身、この年齢まで、ボクシングを続けていると想像してましたか?
「想像してなかったですね。勝っていくうちにチャンピオンになって、負けたくないって気持ちが強くなり続けたというか。せっかくだったら、もっと上目指したいって」
―では、ボクシング人生で転機があったとしたら?
「僕は大学に入った時は、期待された選手じゃなかったんで、いっつも先輩にボコボコにされてたんです。体で効くパンチを覚えたというか(笑)。今、思えばですけど、あのときボコボコにされてよかったなって思います。あの日、耐えたからこそ今があるわけで。
耐えられなくて、キツくてやめる人はいっぱいいる。でも、そこでなんとか頑張ってたから今があるって。もう1回、あの時代に戻れって言われたら絶対イヤですけど、感謝ですよね」
マカオやラスベガスに辿り着くため!
―チャンピオンで居続けることと同時に、ボクシングを好きで居続けられるのは、何が大きいですか?
「僕はアマチュアで五輪を目指して、その夢が叶えられず、もういいかなって1度やめてるんです。最初は楽しかったんですよね。もう練習しなくていいから。でも、ものすごく虚しくなった。
復帰したいなって気持ちがものすごかったんで。やっぱり、ボクシングが好きなんだなって。今思うと、やめていた時期があるからこそ、これだけ好きなことを実感できるし貪欲(どんよく)になれるんだなってのは思います」
―一度、競技を離れたからこそ気づけた、と。
「そうですね。だから、ダラダラできない。こんなにボクシングが好きなんだって、キャリアの終盤に気づかなくてよかったです。取り返しがつかないですから」
―では、どうすれば悔いを残さず競技人生を終えられると思いますか?
「わかんないです。それは最後、勝って引退か、負けて引退かもわかんないですから。負けて引退して悔いが残らないってのはなかなか難しいだろうし、勝って引退しても『もうちょっとやれたんじゃ』って思うだろうし。
今の時点ではわかんないですね。だからこそ、今を頑張るしかないし、ピークを迎えようとしてる今だから強い相手と、それに見合う舞台で戦いたい」
―なるほど。
「せっかく4団体あるんだから、誰が一番強いか決めるためのトーナメントをやっちゃえばって思うんですけどね。難しいんでしょうけど。興行権とか諸々。でも、僕の最終的な目標は4つの団体を統一したいってのが一番にあるんで」
―周辺階級に「こいつにはかなわないかも」と思う選手はいますか?
「全然かなわないって相手はいないですね。ちょっと強くてもなんとかなるだろうなって思っちゃうんで(笑)。もしガルシアとやっても、予想は不利って出るでしょうけど、いけんじゃないかなって感じですね」
―では最後に、改めて大晦日の試合に込める想いを。
「この試合で、殻を破りたいですね。道を切り拓きたい。強かったら必ず道は開けるってことを証明するための一歩、来年以降に繋(つな)げるための大事な試合です。ラスベガスやマカオに辿(たど)り着くための。応援よろしくお願いします」
(取材・文/水野光博 撮影/利根川幸秀)
●内山高志(うちやま・たかし) 1979年11月10日生まれ、埼玉県出身。ワタナベジム所属。 22戦21勝17KO1分。WBA世界スーパーフェザー級王者。世界戦のKO率は9戦7KOで77.8%、日本人選手トップ。