史上最多優勝回数に並んだ大横綱・白鵬が「あいつはいつかオレを抜く」と周囲に漏らす。NHKで大相撲解説を務める元横綱・北の富士も「100年にひとりの逸材。2年以内に横綱になる」と太鼓判を押す。
角界の超新星・逸ノ城駿(いちのじょう・たかし)は、昨年1月に幕下付出(つけだし)で初土俵を踏むと、1年たらずで関脇まで駆け上がった。そして今、世間の興味は大関、横綱に「なれるかどうか」ではなく、「いつなるのか」に移っている。
本名アルタンホヤグ・イチンノロブ。モンゴルの大草原から来た“怪物”の目には今、何が見えているのか? 落語家の三遊亭歌橘(さんゆうてい・かきつ)が聞いた。
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―湊(みなと)部屋に入門した2013年の秋から、まだ1年と少し。最初は丸刈りだったんですよね。
逸ノ城 そうでしたね(笑)。早く髷(まげ)を結いたいなあというのがずっとあって。ザンバラだと稽古のとき、髪の先が首のあたりに当たるんで、それがイヤだったんです。
―今は立派な髷姿に。すごく似合ってます。
逸ノ城 まだ慣れていなくて、首の後ろがスースーするんですけど(笑)。ザンバラ髪のときより、顔が締まって見えるかなって思います。
―十一月場所の前に初めて髷を結ったときは、鏡を見てニヤリとしたんじゃないですか?
逸ノ城 悪くないなあって思いました(笑)。
―去年の1年、今振り返ってみて、どんな年でしたか。
逸ノ城 すごく早かった。でも、いい1年だったと思います。
―新入幕の九月場所では、いきなり13勝2敗。100年ぶりの「新入幕優勝」はあと一歩で逃しましたが、1横綱2大関を倒し、大・大・大旋風を巻き起こしました。
逸ノ城 まさか、あんなに早く横綱や大関と当たるとは思っていなくて。自分では、どこまでできるかなっていう感じだったんですけど、考えていた以上の成績を残すことができました。殊勲賞と敢闘賞ももらえたし、すごく自信になりました。
大きな声でオオカミを威嚇していた
―次の十一月場所では、一気に関脇に昇進。その分、プレッシャーもすごかったでしょうね。
逸ノ城 そうですね。どんどん周りに人が増えていって。注目されるのはうれしいんですけど、すごく戸惑いました。
―緊張はしないほうですか?
逸ノ城 いや、するほうです。取組前は緊張しています。でも、自分は緊張したら体が硬くなって、自分の相撲が取れなくてダメになるので。
―そういうときは、どうやってほぐすんですか?
逸ノ城 故郷を思い出すようにしています。お父さんの顔、お母さんの顔、モンゴルの風景、草原のにおい…。夜は星がすごくきれいだし、昼は空がどこまでも高くて蒼(あお)い。それを思い出すと、スーッと心が落ち着くんです。
―どこまでも澄み切った蒼い空。いつか、そんな相撲が取れるといいですね。
逸ノ城 そうですね…うん、そうです。いつか、そんな相撲が取りたいです。
―何かゲン担ぎはしますか?
逸ノ城 お父さんが作ってくれたオオカミの骨のお守りに「いい相撲が取れますように」と、必ずお祈りしています。
―オオカミ!
逸ノ城 遊牧民にとっては夜中、羊や山羊(やぎ)、馬を狙って来るオオカミは敵なんです。気を許すとノドに牙(きば)を立てる―そのオオカミの骨を持っていると、「ケガをしない」し「いいことがある」といわれているんです。
―まさか、オオカミと素手で戦ったわけじゃないですよね。
逸ノ城 それはさすがにないです(笑)。鉄砲を撃って追い払う人もいますが、自分は大きな声を出して威嚇(いかく)していました。
―どんな声ですか? 「ウォォォォーン!!」とか?
逸ノ城 そう、そんな感じです。うまいですねぇ(笑)。
立ち合いが、本場所ではダメ
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超スピード出世で、新三役(関脇)として迎えた14年納めの十一月場所でも、8勝7敗と勝ち越し。逸ノ城人気に、初日から満員御礼の垂れ幕が下がった。しかし、逸ノ城は満足するどころか、明らかに不満げな顔をのぞかせた。
―番付が上の横綱、大関との対戦成績は1勝5敗でした。
逸ノ城 上位の人はみんな研究しています。特に立ち合いが低くて速い。それに比べると自分は高いし遅い。もっともっと稽古しないと強くなれません。
―一番足りないのはなんだと思っていますか。
逸ノ城 やっぱり立ち合いです。もっとガツンとぶつけていきたいんですけど、稽古ではできても本場所ではうまくいかない。あれじゃダメです。
―立ち合いで五分に当たることができたら、上位にも勝てる?
逸ノ城 五分じゃ難しい。思いきって当たって、自分有利の体勢…左上手を取って、先に前に出たいです。
―それができたら、横綱・白鵬関にも勝てますか?
逸ノ城 前2回よりは長く相撲が取れると思います(九月場所はまわしに手が届かず約22秒、十一月場所はまわしに触れたものの3秒足らずで、ともに上手出し投げで転がされた)。
オレは怪物じゃない、人間だ
―やっぱり、白鵬関は特別な存在なんですね。
逸ノ城 圧倒されるようなオーラがあるし、子供の頃からのヒーローなので。十一月場所も「まず、まわしを取って…」と思ったんですけど、横綱はそれより全然速い。ただ、当たってうれしい気持ちもあるけど、今は悔しさのほうが強いです。
―一番勝ちたい相手ですか?
逸ノ城 もちろんそうですけど、対戦する人にはみんな勝ちたい。もっともっと強くなって、最強になりたいです。
―目指すは“最強の横綱”ですね。
逸ノ城 将来は横綱になりたいです。それは夢じゃなくて、目標。それを目指して頑張ります。
―それと、最後にひとつお聞きしたいんですけど。“怪物”と呼ばれるのは、やっぱりイヤですか。
逸ノ城 最初はすごくイヤだったんですけど…オレは怪物じゃない、人間だって。でも、ずっと言われているうちに慣れてきちゃいました(苦笑)。
―でも、本音では?
逸ノ城 うーん、やっぱりちょっとイヤかもしれないです(笑)。できれば違うニックネームを考えてほしいですね。
■逸ノ城駿(いちのじょう・たかし) 1993年生まれ、モンゴル・アルハンガイ県出身。身長192㎝、体重199㎏、太もも周りは92㎝。2010年から鳥取城北高校に相撲留学。2013年春に同校卒業後は鳥取県体育協会に所属、同年秋の日本実業団相撲選手権で優勝し、湊部屋への入門が決まる。昨年一月場所のデビュー以来、計6場所の通算戦績は57勝17敗。現在の番付は関脇
■三遊亭歌橘(さんゆうてい・かきつ) 1976年生まれ、栃木県出身。落語家。15歳で三代目三遊亭圓歌に入門。2008年9月21日、真打昇進。仕事のない時代に武蔵川部屋(当時)の小結・和歌乃山と知り合い、落語家と付け人の二重生活を送ったのが縁で、相撲界とさまざまな関わりを持つ
(構成/工藤 晋 撮影/ヤナガワゴーッ!)
■週刊プレイボーイno.3・4(1月5日発売)「逸ノ城駿 初場所直前インタビュー」より