2015年は50歳のシーズン。史上最年長勝利記録へ向けて始動した中日ドラゴンズの山本昌投手

「50歳だからってハンデをもらえるわけじゃないし、今年もまた18歳のコと勝負しなきゃいけないかもしれない」

2015年、32年目のシーズンを迎える大ベテランはそう言って笑った。昨季、一度は引退を覚悟しながら徳俵(だわら)ぎりぎりで踏ん張った男が、知られざる挑戦と葛藤を語った。

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「教官!」。このフレーズに、49歳の山本昌はすぐさま反応する。

「ドジでのろまな亀(笑)。僕のアイドルは、ずっと堀ちえみさんですから…確か、学年が僕のひとつ下だったかな」

ももクロでもなければAKBでもなく、堀ちえみの大ファンが今も現役のプロ野球選手であるあたりは、この男の〝レジェンド〟たるゆえんでもある。

「いやいや、本当に幸せなことですよ。皆さんに『レジェンド』やら『中年の星』やら、『励みになります』なんて言っていただいて…逆に僕のほうが励みになっているんです」

今から30年前。

当時、人気絶頂だったアイドル、堀ちえみは、テレビドラマ『スチュワーデス物語』の中で“ドジでのろまな亀”こと、訓練生の松本千秋を演じた。彼女が連呼した「教官!」という名セリフは1984年の新語・流行語大賞、大衆賞を受賞している。

ちょうどその年、プロ野球選手となったのが、山本昌だ。あれから32年目の年が明けたというのに、この男はなおマウンドへ上がろうとしている。

「この時期はまだ成績も出てないし、今シーズン、頑張ろうって気持ちが沸々とわいてくるんです。今年はね、マンガ的なことをしてやろうと思ってるんです。岩田鉄五郎ばりのね(笑)」

試合に出ればあらゆる記録に最年長の冠が…

マンガ家、水島新司さんの描く岩田鉄五郎は、ご存じ、『野球狂の詩』に登場する50歳超のサウスポーだ。大柄な山本昌とは違い、細身の老体にムチ打って、「にょほほほ~」と叫びながら投げる。

「僕は『にょほほほ~』とは叫びませんね。だって舌出して投げてるから、まぁ、『フンッ!』つって投げるかな(笑)。マンガ的というのはね、50歳になってもマンガみたいにバンバン投げられないかなってことなんです。岩田鉄五郎さん、ちゃんとローテーションで投げてましたよね。1勝十何敗でしたけど(苦笑)。

岩田さん、確か50歳の頃、200勝400敗だった。ああやってね、岩田さんみたいに50歳でもバンバン投げてね、そういうなかで勝てないかなって。もちろん、あんなに負けたらチームに迷惑かけるんで、勝ったり負けたり、勝ったりしながらね」

今の山本昌は、勝ったり負けたりするだけで、「勝利」や「敗戦」の最年長記録となる。それどころか、試合に出れば「出場」、先発すれば「先発」と「登板」、三振を奪えば「奪三振」、打席に立てば「打席」、ヒットを打てば「安打」、ホームインすれば「得点」…もはや野球のあらゆる記録は、山本昌にかかれば最年長の冠がつく。

「いちいち年がどうしたって言われますけど、僕自身、普通の現役選手であってね。今年はもしかしたら18歳のコと勝負しなきゃいけないかもしれません。じゃあ、50歳ならツーアウトでチェンジ、60歳でワンアウトでチェンジってハンデをもらえるかといえば、そうじゃないでしょ。

この前、テレビで見たんですけど、アスリートって一日体を動かさないだけで筋力が相当落ちるらしいんです。自分の場合、一日お休みするだけで20%くらい落ちる気がするんですよ。しかも去年の秋には網膜剥離(はくり)の手術を受けて1ヵ月半もベッドにいましたから…このオフは大晦日も元日も体を動かして、キャンプまでじっくり体をつくっていこうと思ってます。

この年になると、助走期間を長く保たないと厳しいんですよ。今はジャンボジェット機の3倍くらいのイメージかな(苦笑)。どうせキャンプに入れば1日、2日で助走のいらない戦闘機みたいな若いヤツらにぴょん、ぴょーんと追い抜かれるんですけど、でも、仕上がったときには勝負できる体になるっていうのは自信を持って言えますからね」

引退するから、覚悟しておいてくれ

去年、さらなる進化を目指して、山本昌はカットボールを覚えようとした。球数を減らすために、打者の芯を外す球種が欲しかったのだ。しかし横へ滑らせようとする新球は、山本昌にとっては禁断の果実だった。

「どうしてもボール球を使ったりファウルを打たせたりして、こねくり回しながら投げてるんで、5回、6回あたりで100球が近づいてきてしまうんです。でもそれだと、1イニング足りない。だから早めに勝負できる球が欲しかった。シンカーとかスクリューが頭にあるバッターが振りにきたところをカットで逆に曲げれば、詰まらせて打ち取れると考えたんです」

しかし、もう少し曲げたいという意識が、知らず知らずのうちに山本昌のフォームを狂わせてしまった。左腕が遠回りし、左手首が寝て、左ヒジが下がる。

「4月の頭に、あれっ、真っすぐがおかしいなって…スピードガンの表示は変わらないんですけど、自分のイメージとズレ始めた。キャッチボールも、届くはずのボールが届かない。これはヤバい兆候だって、すぐにわかりました。スライダー系のボールはどうしてもヒジが下がって、腕を真っすぐに振れなくなる。

ファームでもメッタ打ちを食らって、これはダメだとカットボールは5月半ばに捨てたんです。それでも、なかなか元に戻らない。このままダメになっちゃうのかなと落ち込みました。良くなる兆しが見えてくるまで1ヵ月半、ピッチングに表れたのは3ヵ月後でした。

これじゃ、遅いよ、オレ、何やってんだって…落合(博満)GMからは50歳までやれと言っていただきましたけど、僕は初登板の直前、カミさんに『今回、ダメだったら引退するから、覚悟しておいてくれ』と伝えたほどでした」

■この続きは、明日配信予定の後編に掲載!

山本昌1965年8月11日生まれ、49歳。本名・山本昌広。31年の現役生活で通算219勝165敗5S。身長186cm、体重87kg。オフは大好きなラジコンもクワガタも封印して来季に備える

(取材・文/石田雄太 撮影/髙橋定敬)

■週刊プレイボーイ3・4新春特大号(1月5日発売)より