9年ぶり日本復帰した“平成の怪物”は今、何を思うのか―?

高校時代から怪物と呼ばれ、26歳でメジャー移籍。酸いも甘いも噛かみ分けて9年ぶりに日本に戻った松坂大輔は今、何を思うのか。

キャンプ地を訪れた江夏豊氏との“ピッチャー同士の対話”を先週に続き。お送りする。(前編⇒http://wpb.shueisha.co.jp/2015/02/24/44045/

■「先発ができない」ことへの拒否反応

江夏 気候にしてもなんにしても、アメリカとは全然違うわけだけど、向こうで「日本とは違うな」と感じたのはどういう点?

松坂 違う、という感じ方をしたことはあまりないですね。先輩方から話を聞いたりして、ある程度の情報は入れてから行きましたし、それでも知らないことがあったら逆にすごく新鮮で。

江夏 戸惑うようなことはなかった?

松坂 野球をやる上では、戸惑いというのはなかったです。よく言われる練習での球数制限に関しては、最初だけはストレスでしたけど、それ以外はなかったですね。何もかも新しいことばかりで楽しかったです。

江夏 反対に、日本に帰ってきたほうが戸惑ってる?

松坂 9年ぶりに帰ってきて、明らかに「今までと違う」っていう感覚はあります。僕がいた当時とは何かが違うと思いますし、確かに、もしかすると今のほうが戸惑いがあるかもしれないです。

江夏 丸8年間も離れていたんだから、そうだろうな。ファンの気持ちも、あなたがアメリカに行く前と、向こうで活躍し、また苦しんで帰ってきた今とでは違うだろうし。あらためて、今の松坂大輔を見たいという方も多いと思う。日本での108勝と向こうでの56勝、この勝ち星への思いはどう?

松坂 そうですね…。向こうでは、思ったように成績は出せなかったですけど、後悔はしてないです。それはまったくないですね。

契約の壁にぶつかったというか…

江夏 じゃあ、もしメジャーでオファーがあれば、今年も向こうでやっていた? それとも、そろそろ日本に帰りたいという気持ちがあった?

松坂 日本に帰りたい、という気持ちはなかったです。ですけど…去年のオフ、当時契約していた代理人にいろいろ話を聞いたら、メジャー契約は可能性としてはあるだろうと。ただし、自分が望む先発をやらせてもらえるかどうかは、正直言ってわからないと言われたんですね。

江夏 その言葉に対して、どう思った?

松坂 先発ができないかもしれない、という言葉に対しての拒否反応というのが自分の中ですごく強かったです。去年は先発、中継ぎ、抑えと、いろんなポジションをやらせてもらって…どれも大事な仕事ですけど、僕はまだ先発にこだわりたい、先発でできる、という思いがあったので。それがアメリカに残って…できればよかったんですけど。

去年はそれができると思って、マイナー契約でもいい、ということで行ったんですが、あらためて、なんでしょう…契約の壁というものにぶつかった、というんでしょうか。

江夏 契約の壁。難しい問題だよな。

松坂 僕は結局、いいようにしか使われなかったので。もちろん、それは自分の責任でもあるんですけど。

江夏 向こうで先発以外の仕事をやってる時は、自分自身でこう、わだかまりみたいなものがあった?

松坂 いい経験させてもらってるな、とは思っていました。あらためて、中継ぎや抑えの人の大変さを知ることができましたし。

江夏 ふっふっふ(笑)。

松坂 いやあ、自分はこんなに迷惑かけてたんだな、って思いましたし(笑)。

黒田博樹の印象は?

キャンプ序盤は佐藤義則、吉井理人(左)両投手コーチのチェックを受けながらフォームづくりに集中した

江夏 じゃあ今回、ソフトバンクと契約するに当たって、あなたに対して「先発として期待してるよ」という言葉はあったの?

松坂 はい。「先発でやってほしい」という言葉が一番嬉しかったですね。自分自身、まずは先発で働くことしか考えていないです。

■投げる試合は自分が責任を持つ

江夏 今年、同じタイミングでアメリカから帰ってきた、黒田博樹(ひろき)(ヤンキース→広島)という投手がいる。いろんな面であなたと比較されると思うんだよね。彼のほうが年齢は少し上だけど、同じ投手、ライバルとしてどういう印象を持ってる?

松坂 黒田さんは年齢を重ねるごとに、本当にピッチャーとして成熟、熟練されていってるなと思います。

江夏 確かに彼は、あなたが言うように、いい意味で変わっていったよね。テレビ画面で見ていても、おっ、こんなピッチングができるのか、と。ひと言でいえば、うまくなっていったよな。

松坂 見ていて、自分もそうなりたいと思いました。

江夏 まあでも、あなたにはあなたのスタイルがあり、考えもある。松坂大輔という男は、これからピッチャーとしてどういうことをアピールしていきたい?

松坂 そうですね…僕は昔から、先発として自分が自信を持てるものは、投げることに対するタフさだと思っていたんですね。

江夏 タフさといえば、高校時代の夏の甲子園で、PL学園と延長17回を戦ったことをすぐに思い出すよ。

松坂 それもありますし、僕は投げることが好きですし。

江夏 本当に好きだよな。

松坂 はい。それが故障もあって何年もまともに投げられていないので、本当にできるのかと思われているところもあるかもしれないですけど、先発としてやる以上、1年間しっかり投げていきたいです。先発すれば、常に最後まで投げ切るという意識を持って。最終的に200イニングという数字をクリアしたいですし、近づけるように投げていきたいですね。

若い人は日本で投げていた姿を知らない?

江夏 最後の最後まで、松坂大輔というのは本当のピッチャーだな、というものを見せてもらいたいよね。

松坂 若い人の中には、僕が日本で投げていた頃の姿を知らない人もいると思うので、見たいと思ってもらえるようなピッチングをしたいです。

江夏 そういうファンはたくさんいるわけだからね。そして、今の若い投手たちは、先発もいれば中継ぎもいる、抑えもいる、だから先発は9回も投げることない…というような若干、甘い考えの人が多くなっている。本当のピッチャーというのはそうじゃないんだよと、あらためてみんなに教えてほしいよ。

松坂 最初から後ろのピッチャーに甘えるのではなくて、先発する試合は自分が責任を持つという気持ちでマウンドに上がりたいし、他の先発ピッチャーもそうであってほしいと思います。

江夏 それが本来のピッチャーの形だもんな。

松坂 そう思いますね。確かに、以前よりも後ろのピッチャーのレベルが高くなっているので、先発は7回、ヘタしたら6回まで投げれば大丈夫…って、そういう考えもわかるんです。でも、僕はそうじゃない、と思うので。

江夏 あなたにはそれを貫き通してもらいたいね。そして、最後にひとつ。本拠地の福岡じゃなく、あなたが西武ドームのマウンドに上がった時の周りの反応、想像したことある?

松坂 ………(一瞬、天を仰いで深呼吸の後、下を向く)。

江夏 まあ、それはゆっくり考えてくれ(笑)。

松坂 はっはっは(笑)。そうですね…。その機会はいつか訪れるでしょうし。

江夏 絶対、訪れるんだから。

松坂 うーん…。まさかライオンズに対して投げる時が来るなんて、まったく想像もしていなかったことですけど。でも、こうなった以上はもう、僕としてはそれを楽しみに変えて。

江夏 プロの投手として、力いっぱい投げることだよな。それが西武ファン、日本のプロ野球ファンに対する感謝の気持ちだよ。それじゃ、今日はありがとう。

松坂 ありがとうございました。

(構成/高橋安幸 撮影/五十嵐和博)

●松坂大輔(まつざか・だいすけ)1980年生まれ、東京都出身。横浜高校3年時に甲子園春夏連覇。夏の準々決勝(対PL学園)の延長17回完投、決勝(対京都成章)のノーヒットノーランは高校野球史に残る名シーン。ドラフトでは3球団競合の末、西武入りし、在籍8年間で最多勝3回、最多奪三振4回、最優秀防御率2回。WBCでも第1回(2006年)・第2回(09年)と連続MVP。07年にメジャーリーグのレッドソックスへ移籍し、当初は主力投手として活躍するも、近年は右肘の靱帯損傷(11年に手術)など故障に苦しむ。13年、14年はメッツでプレーし、今季ソフトバンク入り。日米通算164勝103敗

●江夏豊(えなつ・ゆたか)1948年生まれ。阪神、南海、広島、日本ハム、西武で活躍し、年間401奪三振、オールスター9連続奪三振、延長戦ノーヒットノーランなどの記録を持つ伝説の名投手。通算成績は206勝158敗193セーブ