陸上・男子短距離界のホープ、桐生祥秀(きりゅうよしひで)(19歳・東洋大)が、シーズン初レースで世界を驚かせた。
3月28日、アメリカ・テキサス州で開催された大会の100mで、追い風3.3mの参考記録ながら9秒87の好タイムで優勝したのだ。
「50m以降、スピードに乗っていつもよりリラックスして走れた。9秒台を体感できたのはよかった。次は(追い風2m以下の)公認記録で出したい」
そんな桐生の言葉を借りるまでもなく、日本人初の公認9秒台はすぐにも手の届くところに迫っている。計算上、今回の走りなら追い風2mでも9秒台が出ていたからだ。
桐生の好走について、日本陸連・男子短距離部長の苅部(かるべ)俊二氏はこう語る。
「本人はスタートを変えたと話していました。でも私の印象では、昨年は後半に減速することがあったのにそれが見られなかった。中盤でうまくリラックスしながら、そのまま最後まで駆け抜けたという感じで上体もほとんどブレないでゴールしていましたね。(東洋大の) 土江寛裕(つちえひろやす)コーチが綿密にウエイトトレーニングをやらせているので、その効果が出たのでは」
そして、苅部氏が高く評価するのは記録よりも1位でゴールしたということ。2位の選手はロンドン五輪5位で自己ベスト9秒88。3位の選手も一昨年9秒98を出し、4位の選手も2008年に9秒99を出している。
「追い風参考はなんとも言えない部分もあるのですが、同条件で彼らと走って勝ったことは、やはり公認9秒台と同じ価値があると思います。桐生自身もどちらかといえば、自信になったのは(タイムよりも)勝ったことでは。しかも、誰かに引っ張られ、力を振り絞って出たという感じではなく、普通に走ってそのままトップでゴールして出した9秒87なので」(苅部氏)
9秒台を狙えるもうひとりの選手
日本の高速トラックで出た記録ならともかく、反発が弱く軟らかめだったというテキサスのトラックで強豪相手に勝って出た今回の記録は世界のライバルたちを驚かせるもの。本人ならずとも、一日も早い公認9秒台達成を期待したくなる。
「動きはキレていましたが、まだ完全に仕上げてはいないはず。少しのことでは動じない集中力もあり、自信も持っている。すんなり走れるようなら、4月19日の織田記念(広島)が(公認9秒台の)“Xデー”になる可能性も高いと思います」(苅部氏)
屈指の高速トラックとして知られ、2m前後の追い風が吹くことの多い織田記念は絶好のチャンスとなる。
ちなみに、その織田記念では、実は桐生以外にも9秒台を狙える日本人選手がいる。昨年のアジア大会の100m銅の高瀬慧(26歳・富士通)だ。桐生と同じアメリカの大会では本職の200mに出場し、追い風4.5mの参考記録ながら日本記録に迫る20秒09の好タイムをマーク。
こちらも追い風参考とはいえ、アメリカスタイルのカーブのきついトラックで出したタイムだけに価値がある。100mでも9秒台を十分狙えるし、本人も織田記念での桐生との対決に闘志を燃やしている。
4月19日、一挙にふたりの日本人9秒台スプリンターが誕生するかもしれない。
(取材・文/折山淑美)