2020年東京五輪を控え、何かにつけ盛り上がる日本とはずいぶん様子が違う。
今、お隣の韓国では、2018年平昌(ピョンチャン)冬季五輪の開催が本気で危ぶまれている。国内での分散開催どころか、日本や北朝鮮との共同開催まで取り沙汰されるなど混乱する現地を訪れてきた!
■見積もりが甘く、巨額負債が確定!
昨年12月あたりから日本でもたびたび報じられている「2018年平昌冬季五輪の開催危機説」。
発端は同月にIOC(国際オリンピック委員会)が発表した声明。その骨子は「五輪開催地以外の地域や国家との分散開催も可能にする」というもの。これが平昌大会を指していて、さらに「開催地以外」とは、ソウルをはじめとする韓国国内の他都市だけでなく日本や北朝鮮まで含むのではないかと話題に火がついたのだ。
でも、なんでそうなるの!?
平昌五輪は2度の落選を経て、11年にようやく誘致に成功した大会だ。それほどの念願だったならば準備は万端なはずだが…。
理由は資金不足。もともとの予算より余計にお金が必要になってしまったため右往左往しているというわけだ。
誘致当初、韓国政府は大会の総予算規模(競技インフラ整備、大会運営費)を約8810億円と算出。前回ソチ五輪の予算が5兆円規模と巨額だったこともあり、その5分の1の「スマート五輪」をうたっていたのだ。
ところが、一部競技でIOCと韓国組織委員会との間で工事予算の見解の違いが発覚。既存施設の補修ではなく一部を新設する必要に迫られることになった。さらに国内組織委員会のスポンサー獲得問題、大会後の競技場の活用問題や周辺地域への観光振興への取り組みなどの問題も山積み。
それらの要因が重なり、大会予算が約1兆2890億円にまで膨れ上がった。当初予算から5割増しだ。
結果、地元自治体である江原道(カンウォンド)が負う負債は2千億円に達するとも韓国メディアは報じている。同道の人口が約150万人だからひとり当たりの金額に換算すると約13万円。確かにたまったものではない。
巨額負債に懸念を示す国内の一部有力メディアが「既存施設を使えるソウルなどとの分散開催」を唱えていることもあり、3月12日にはソウルで市民団体による単独開催反対記者会見まで開かれてしまったのだ。
そんな混乱が続く現地の状況を確かめるべく、筆者は韓国へ飛んだ。
目を疑う開催地の雰囲気
* * *
平昌郡(市ではない)は韓国北東部・江原道にある小さな街。韓国国内でも五輪誘致前までは無名だったという。
首都ソウルから平昌に向かう前に、まずは腹ごしらえとばかりにちょっと寄り道。
平昌と同じ江原道にある春川(チュンチョン)という市は、かの『冬ソナ』のロケ地としても有名な韓国有数の観光地。そして韓国料理「タッカルビ」発祥の地でもある。早速、中心街のド真ん中にある「タッカルビ通り」を歩いた。客の多い店に飛び込みで入ると、おばちゃんが甘辛ソースに絡めた鶏肉、キャベツ、餅をジュージューと炒めてくれる。
で、「五輪はどうなんすか?」とざっくりと聞いてみると「あんた、何言ってんの?」という顔をされた。
「ここは関係ないよ。平昌にお行きなさい」
えーっ! 春川って「開催地の最も近くにある有名観光都市」でしょ? なのに、「関係ない」って…。ホントに全然盛り上がっていないのか!?
気を取り直して一路、バスを乗り継ぎ平昌へ。
夜に到着した平昌は評判どおりの小さな街。短いメインストリートは静まり返り、ほとんど人も歩いていない。五輪用の新しい宿泊施設が建てられている様子もまったくない。
そして何よりビックリしたのは、街中に横断幕など五輪ムードを感じさせるものが皆無ということ。数少ない営業中の食堂のおばちゃんに五輪について聞いてみた。「(街の中心部である)ここではやらないからね。明日の朝、(一部の屋外競技の会場となる山あいのリゾート施設へ行く)バスに乗りなさい」
お膝元ですらここまで無関心とは…。
事務局は楽観的?
翌朝、そのリゾート施設に向かう。ここではジャンプやボブスレーなどが行なわれる。ジャンプ台は既存の施設を使うようで、すでに完成済み。一方でボブスレー会場はまだ山の樹木を切り落としただけという程度。
すぐ近くに大会組織委員会の事務所があった。さすがに飛び込みではしっかりとした情報は聞けなかったが、ソウルにあるメディア広報部の電話番号を教えてくれた。
電話をかけると、女性担当者が丁寧に応じてくれた。
―工事が遅れている、という韓国メディアの報道が相次いでいますが?
「工事は一部の見直しのある会場を除いては順調に進んでいますよ。そちらにあるボブスレーを含めて。ちなみに(平昌の隣の)江陵(カンヌン)に建設中のフィギュアスケートの会場は11.3%(工事の進捗[しんちょく]率。以下同)。アイスホッケー会場は11.5%で年内中に全体の53%を終える計画です。17年にはプレ大会も控えていますので」
―フィギュア会場などは当初の着工時期が3年以上前だったという報道もありますが。
「もともとの計画と比べて遅れているというご意見は少し実情と合わない部分があると思います。あくまで当初の計画ということですので」
今のところ、特に問題はないという主張だ。ならば、最も建設にお金がかかる室内競技の各工事現場はどうなっているのだろう? 建設予定地である江陵に向かった。
地元民からは「失敗だよ」
■地元住民も「期待していない」
平昌からバスに揺られること2時間、江陵のバスターミナルに到着。そこからタクシーに乗り、運転手に行き先を「平昌五輪の競技会場の工事現場」と告げると、不思議がられてしまった。
「え、現場に行くの? 見るものは何もないよ。骨組みすらないんだから。最近はフェンスで覆われていて中も見えないし。一体どうなってんだかわからない。地元では『(建設が)遅れているらしい』という話にしかなっていない。今年は雪が降らなかったから、早く工事を進められたはずなんだけど…」
現場に到着し、裏山に登ってのぞいてみると…進捗率11.3%のフィギュアスケート会場はまだ基礎工事の穴を掘っているという状態。進捗率11.5%のアイスホッケー会場は土の上に基礎となるコンクリートが置かれているだけだった。完成予定は17年4月頃というからまだまだスケジュールに余裕はあるということなのだろうか。
しかし、実際に現場を訪れてみて工事の遅れ以上に問題だと感じたのは、やはり地元の盛り上がりのなさ。はっきり言って、かなりヤバイ!
誘致当初、韓国は「この大会を通じて先進国入りを」なんてうたっていたが一体、誰のための大会なの?
江陵のバスターミナルで会った40代の男性はこんなふうに話した。
「交通網は整備されるだろうけど、五輪には期待していない。市民の借金が増えるだけ。失敗確実だよ」
専門家からも諦めの声
つい先日も有力紙『ハンギョレ新聞』がアイスホッケー、フィギュアスケートなどの4種目を国内にある既存の競技場で行なえば、約370億円を節約できるとのシミュレーション結果を報じ、国内での分散開催にすべきだと強く主張した。
また、スポーツ産業学に詳しい西江(ソガン)大学のチェ・デヒョク教授も大手テレビ局「MBC」のインタビューにこう答えている。
「工事の進捗率が10%未満といった段階なら、中止・原状復帰の費用を甘受してでも別都市にある既存の競技場でやったほうがマシ」
一部競技の韓国側からIOCへの分散開催の通告期限は3月31日だった。予算の見通しは立たず、地元もまるで盛り上がっていない。それでも朴槿恵(パククネ)大統領は「平昌単独開催で問題なし」と言い切ったが……ホントに大丈夫か!?
(取材・文・撮影/吉崎エイジーニョ)