日本代表チームが国際大会に出られない! 昨秋、国内リーグの併存問題などを問題視した国際バスケットボール連盟(FIBA)から日本バスケ界に厳しい制裁処分が下された。

だが、ここへきて光明が見え始めている。先導役を果たしているのが、FIBAが設立した日本バスケ改革のためのタスクフォース(特別チーム)のチェアマンを務める川淵三郎氏(78歳)だ。その川淵氏に手応えを聞いた。(前編⇒ http://wpb.shueisha.co.jp/2015/05/01/47132/

■できない言い訳を並べるヒマはない

―新リーグの参加条件として「5千人規模のホームアリーナ確保」を掲げた当初、かなり反発を受けましたが…。

川淵 本当は8千人か1万人と言いたかったんだけどね。5千人でも「そんなアリーナを作れるところはどこもない」と拒絶反応がすごかった。来年10月から始まる新リーグは3部制だからアリーナが用意できなければ2部以下に落とされる。そうしたらチームが潰れると思って、みんな反発したわけでしょ。陰でボロクソに言われていたはず(笑)。

―それが今では、前向きな姿勢のチームが増えています。

川淵 「うちは8千人のアリーナを作る」って言ってくれている自治体もあるくらいだからね。みんな、このタイミングを失すれば、日本のバスケは本当に終わるということに気づいたんでしょう。現状、(NBLもbjリーグも)プロ化はしているけど、長く続かないのはわかりきっている。経営の苦しいチームも多いし、外国人選手ばかり活躍して日本人選手が育たないリーグなんて成り立つわけがないからね。

それに、(日本代表選手がほとんどプレーしていない)bjリーグには「日本代表の強化なんか関係ない」と言っているチームもあった。日本代表の強化に貢献しないトップリーグが日本バスケ界のためになるわけがない。じゃあ、何も手を打たずに朽ち果てるのを待つのかってこと。みんな足元ばかり見てたけど、「あれ、上もあるんだ」ということに気づいたんだと思う。1ヵ月もしたら態度が変わり始めた。夢を持たなくちゃいけないなと思ったんじゃない?

―潮目が変わるのに何かきっかけはあったんですか?

川淵 真っ先に(bjリーグ・盛岡の本拠である)盛岡の谷藤(裕明)市長が「5千人のアリーナを作ります」と言ってくれたのは大きかったね。そうすると、他の行政も動く。行政サイドからすれば、せっかく地元にあるプロチームを育てて地域活性に役立てたいという思いがものすごくあるから。今、多くの首長さんが、「うちも工夫してアリーナを」と言い始めてくれている。僕はそうなるだろうと思っていた。行政の動きやいろいろな機微を承知しているから。何も闇雲に怒鳴っているわけじゃない。

バスケ界にも渡邉恒雄さんのような人がいたら

―失礼ながら、そうなのかなと思っていました(苦笑)。

川淵 ハハハハハ。まあ、それでもいいんだけど、そう思われてたって。ただ僕は経験上知っていることがある。それを言葉にしちゃうから「あなたはすぐ自慢する」って女房にも言われるんだけどさ(笑)。こう言ったら、こう動くだろうなって、そういう自信があるからチェアマンを引き受けたわけだから。

―ただ、(bjリーグ・秋田の本拠である)秋田県の佐竹敬久知事は、自治体予算による5千人アリーナ建設について「磔(はりつけ)になっても反対」とコメントしています。

川淵 あれはね、笑っちゃったね。秋田はバスケ王国だよ。すでにトップクラスの人気を誇るチームもあるというのに。「秋田が日本一のバスケの街であることを日本中に示したい。でも、残念ながら予算がない。こうしたアリーナを作るにはどうしたらいいか、皆さん、ぜひ知恵を貸してください」と県民に問うのが首長じゃないのかな。もうコメントの対象にすらならない。

―川淵さんはそうした各チームとの会合などをオープンに行なうことが多いですね。

川淵 もちろん。まあ、ひとつ言えるのは、Jリーグが開幕する時、読売新聞の渡邉恒雄さんとモメて、そのことがマスコミを賑わせたんだけど。結局ね、渡邉さんがいたからJリーグは盛り上がったんだよ。まあ、そう思えるようになったのは開幕して15年くらい経ってからだけど(笑)。バスケ界にも渡邉さんのような人がいたらなと思ったけど、さすがになかなかいないね。

―話題作りも相当意識しているんですね。

川淵 もちろん。ただ、Jリーグが始まった時やサッカーの日本代表が負けたりすると、僕に対する週刊誌の誹謗中傷もすごかった。僕の悪口を面白おかしく書けば、週刊誌も売れたりするらしいんだよ。だから、今回も覚悟はしていたんだ。書く材料だって揃ってる。「いい年して」、「バスケを知らないくせに」、「Jリーグで成功したと勘違いして」とかさ(笑)。

タスクフォースのチェアマンをやることについて、家族には「なるべく目立たないで」と言われたんだ。もちろん僕だって目立ちたくはない。以前、その誹謗中傷で女房が体を壊したことがあるからね。女房がまた悪くなる可能性だってある。ただ、蓋を開けてみたら何も書かれない。誹謗中傷すら出ないんだよ。これは僕としては、嬉しいような嬉しくないような。

―それほど、バスケは注目されてないと。

川淵 覚悟してたんだ、ある程度は。出たとこ勝負かなって。女房の体調次第では身を引かざるを得ないなと。やっぱり、家族が一番大事だから。でも、こんなにも反応がないのかと。僕のドライな感覚から言えば、少し寂しいって感覚もあるね。

まずバスケ界は、どれだけ人気がないかを自覚しなければいけない。タスクフォースができた翌日、スポーツ新聞に大きく記事が載るだろうと思ったら、(サッカー日本代表の)武藤(嘉紀)の今季の登録身長が昨季より1cm伸びて179cmになったという記事の方が大きかったんだよ(苦笑)。それが日本バスケの現実。

本当は目立ちたくないんだよ

―来年10月に開幕する新リーグにも不安はありますか?

川淵 それはない。このタイミングで変わろうと話題になって、新リーグ開幕に向けて一気呵成に行けば、絶対に成功すると思っている。短いタイミングでいかに変革するかの勝負。そういう面では、バスケの変わっていく姿をいかにタイムリーに見せていくか、物語を見せられるかだと思う。ダメなこと、できない言い訳を並べているヒマはない。走りながら考え、常にポジティブシンキングでいなくちゃいけない。

―立ち止まっている暇はない、と。

川淵 想像してごらんよ。会場に毎試合観客が5千人入れば、絶対に盛り上がるでしょ。TV中継があれば、「面白いんじゃん」って思ってもらえるでしょ。残念ながら、今は全然知られてすらいない。スポーツ好きでも、知っているのは田臥(勇太)くらいじゃないの? 後は竹内兄弟(公輔・譲次)かな。でも、渡邊雄太はジョージ・ワシントン大で活躍しているし、富樫(勇樹)もDリーグで頑張った。bjリーグのオールスターのスリーポイントコンテストで秋田の田口(成浩)選手が優勝したんだけど、「あんなに入るんだ」ってビックリしたんだ。

期待できる若手もいるし、人気が出ておかしくない選手もいっぱいいる。でも、TVのスポーツニュースではほとんど扱ってもらえない。もったいないよ。対マスコミに対する売り込みもそうだけど、バスケットボール界をあげてやらないと。同時に、渡辺雄太がシーズンオフに日本に帰ってきたら代表チームで強化試合をするとか日本代表の活動を知ってもらうこと、代表の価値を高めていくこと、そして強化していくこと。そういうことをいろいろ考えなくちゃね。手だてはいっぱいあると思う。

―失礼な言い方になってしまいますが、バスケットに関してかなり詳しいんですね。

川淵 だから言っただろ、スポーツが好きなんだって(笑)。

―この先、新リーグが成功すると、川淵さんは「Jリーグだけでなく、バスケも正しくプロ化に導いた」と称されると思いますが。

川淵 あのね、そういうふうに言われるのが、僕は一番嫌なんだ。それは望んでいない。だって、バスケでいえば、例えば、bjリーグでは(コミッショナーの)河内(敏光)さんや多くの人が10年間、艱難辛苦(かんなんしんく)に耐えながらバスケをエンターテインメントとして地方に根付かせ、多くのファンを獲得してきた実績がある。そんな人たちの上前をはねるような言い方はされたくない。

そういう気持ちはわかってもらえないだろうけどね。「また、アイツは目立とうとしている」と。まあ、僕は敵も多いし、誤解もされる。でも、それでいいと思ってやっている。本当は目立ちたくないけど、バスケが成功するためなら今は目立たざるを得ないわけでしょ。

わかってもらえないのはわかってる

―そういう面は確実にありますね。

川淵 極端な物言いをしているのは自分でもわかってる。サッカーでも「高校サッカーでは世界レベルの選手が育つはずがない。土のグラウンド、しかもグラウンドの4分の1くらいしか使えないのに100人もそこで練習して上手くなるか。芝生のグラウンドで、いい指導者の下、高いレベルの者同士が切磋琢磨した方がレベルも技術も上がる」と僕は言う。

フォローはしないよ。だって、同じ話でも「高校サッカーは全国4千校ある。指導者が本当にマメにやっている。グラウンドなどの環境が悪くても努力、工夫しているから、みんなのレベルが上がっている。でもね…」と語り出したらアピール度が足りない。それじゃあ、マスコミは報道してくれないよ。

だから、フォローする部分をバシッと切り捨てて言うのが僕のやり方なんだ。だから敵も多い。でも、それでいい。ただ、そういう意味でも、今後バスケットが上手くいっても「サッカーもバスケット成功させて」とは一番言われたくない。この気持ちはわかってもらえないだろうね、たぶん。

目立ちたくないんだよ、女房のためにも。ほんと、少し前まではバスケのことを喋っていると、血圧が上がって大変だったんだ。でも今は少しずつ軌道に乗り始めて、血圧もだいぶ安定した(笑)。

―今、川淵さんに倒れられたら困ります。

川淵 大丈夫。娘に「人間は足から死ぬ」と言われてから、つま先立ちを毎朝150回やっているんだ。飽きやすい僕が半年も続いている。ただ、妻はこう言うんだ。「あなたは足からじゃなくて口から死ぬ」と(笑)。

―ハハハハハ。でも、たまには川淵さんの原動力となっているスポーツ愛、バスケ愛を世間にもっと理解してほしいとは思わないですか? 嫌われることも厭わない?

川淵 イヤだよ、嫌われるのは(笑)。でも、わかってもらえないことを、もうわかっている。

―では何がその背骨を支えているんでしょう?

川淵 僕は僕らしく、最後まで生きていたいちゅうことやな。変に他人に遠慮してとか、謙遜してとか、そういうことはしない(笑)。最後までそれを貫き通せればいいってことだね。やりたいようにやってきたのが僕だから。人と違うのが僕だから。どう見られてもいいし、それをいいとするか悪いとするかは、誰かに判断してもらえばいい。

―威張っている爺さんに見られても?

川淵 ハハハハハ。それが僕らしくていいだろ。

(取材・文/水野光博 撮影/ヤナガワゴーッ!)

川淵三郎(かわぶち・さぶろう) 1936年生まれ、大阪府出身。サッカー日本代表として1964年東京五輪に出場。古河電工で活躍後、監督に。日本代表監督も務める。1993年のJリーグ創設に尽力し、初代チェアマンに就任。その後、日本サッカー協会の会長など要職を歴任。現在は最高顧問。首都大学東京理事長