伝説のボクサー、“浪速(なにわ)のジョー”こと元WBCバンタム級世界王者・辰吉丈一郎(44歳)。その次男・寿以輝(じゅいき)(18歳・大阪帝拳)が注目のプロデビュー戦(4月16日・大阪府立体育館)に臨み、2R2分45秒でKO勝ちを収めた。
かつて日本中を熱くさせた父の才能と遺伝子は、果たして息子に受け継がれているのか?
父・丈一郎を長年にわたって追い続けるスポーツカメラマンのヤナガワゴーッ!氏が密着取材を行なった。
試合当日、辰吉丈一郎ファンの聖地、大阪府守口市にある喫茶店「白千館(はくせんかん)」。
丈一郎の妻・るみさんの実家が営むこのお店は、午前中の開店直後から異様な熱気に包まれた。全国各地から駆けつけた熱心な辰吉ファンが席を埋め尽くしたのだ。
自宅の上棟式を両親に任せてきた茨城県の居酒屋店長、奥さんに怒られながらも飛行機を乗り継いできた沖縄県石垣島のパン職人などそれぞれが思い思いの“辰吉コスプレ”姿で決めている。
そこへ、ふらっと丈一郎が登場。店内を見渡し、ふた言三言発すると、すぐに姿を消してしまった。
しばらくして、寿以輝もやって来た。とてつもないプレッシャーを背負っているはずなのにニコニコしている。
寿以輝の性格について、るみさんはこう話す。
「あの子はAKBオタクの今どきの若者。大丈夫かいなと思うこともある。昨夜も緊張して、よう眠れなかったみたい。でも、外では一切それ(緊張感)を見せないで涼しい顔して、むしろ周りをなごますキャラになっているのはすごいと思います」
「ウチのダンナと同じ色気」がある
若かりし頃の丈一郎はとにかく人を寄せつけないオーラを漂わせていた。ケンカ三昧(ざんまい)の少年時代を経て、アマチュアボクシングで頭角を現し、満を持してプロデビューを果たしている。
一方の寿以輝は穏やかな性格で、笑顔を絶やさず、周囲をなごませるキャラ。アマチュア経験もない。プロデビュー戦から大きな注目を集めたものの、そこに父の姿を重ね合わせるのは酷かもしれない…。
ところが、いやはやどうして、寿以輝はなかなかのブルファイターだった。
試合開始のゴングとともに相打ちも厭(いと)わず至近距離での勝負を仕掛ける。首を振って相手のパンチをかわす技術も見せた。そして何より、見る者を熱くさせるパッションを持っている。
2R2分45秒、KO勝ち。
感極まり試合前からリングサイドで泣いていた、るみさんだがリングに立つ息子の姿に「ウチのダンナと同じ色気」を感じたと振り返る。
「基礎ができていない」とか「これでは世界なんて」と言うボクシング通はごまんといるだろう。もっともだ。
だが、正真正銘のボクシングデビュー戦のたった2Rで、見る者を熱くさせたケンカファイト。これはまさに“辰吉イズム”といっていい。所属する大阪帝拳ジムの吉井寛会長も「格闘センスはあるな」と目を細めていた。
「楽しみなボクサーが出てきたな」
試合後、丈一郎に聞いた。
「まだ1試合。なんもわからんよ。これからやろ、大変なんは。ただ、ワシのデビュー戦も相手がいきなりランカー(韓国の国内ランカー)やったりして大変やったけど、アマでやっとったから。寿以輝はまったくの素人。相当のプレッシャーのはずやのにKOで勝ったんは大したもんや思う。
まだ先はわからんけど、なんにせよ、パンチ力があることは確かやな。これはボクサーにとって一番の武器や。テクニック、スピード、そんなん怖くないねん。拳で闘うと書いて拳闘。パンチ力こそ最大の武器。その部分では、ま、楽しみなボクサーが出てきたないう感じやね」
試合後、寿以輝に父親譲りの左ボディの写真を見せた。
「俺、ボディとか打ってたん!? めっちゃ緊張してて何も覚えとらん。楽しかったとか、2Rが短かったとか何もかも初めてのことばかりで、比べるものがないからわからん。でも、(スパーリングでも使ったことがない)8オンス(の薄いグローブ)はヤバイ。相手のパンチはまったく効かへんかったけど『痛ったー!』って感じ(笑)」
デビュー戦としては異例の勝利者インタビューで「お父さんにひと言」と言われた寿以輝はこう答えた。
「勝ったよー!」
それはデビュー8戦目で世界王者になった丈一郎が、父・粂二(くめじ)さんに向けて「やったでー!」と叫んだシーンを思い出させた。
熱き遺伝子は確かに受け継がれている。
(取材・文・撮影/ヤナガワゴーッ!)