シーズン開幕から一ヵ月以上が経ち、暖かくなってきたGWの盛り上がりでいよいよ球界もシーズン本番の雰囲気である。
すでにスタートダッシュの明暗分かれ、ファンである球団の戦績が序盤戦から気になるのはもちろんのこと。だが、シーズン開幕前にさりげなく話題になったある動きについて「週プレNEWS」は気になっていた。それはある意味、これからの野球界に大きな一石を投じる挑戦ともいえるからだ。
年明けの1月25日、楽天は傘下とする中学生年代の「東北楽天リトルシニア」発足式をコボスタ宮城の室内練習場で行ない第1期生20人がお披露目された。北は青森から南は山梨まで、約100人の応募者からセレクションで選ばれた精鋭たちだ。
プロ野球の球団がこのようなジュニアチームを保有、運営するのは初ということでスポーツ紙などでは報道されたが、目にした読者はどれほどいただろう。サッカーなどでユースチーム始め下部組織を持つことが当たり前に認識されるようになったとはいえ、日本でメジャースポーツであり続ける野球では、これまでされなかった試み。一体、この挑戦が意味するものとは…?
そこで練習が始まった「リトルシニア」チームについて話を伺うべく二軍のグラウンドと選手寮がある仙台市の郊外・泉練習場に向かった。話をしてくれたのは、ベースボールスクールからチアリーディング、ソフトボールなどの指導、普及活動を統括する「スクール部」部長の相田健太郎氏だ。
「私は生まれが山形なんですけど、4歳から小学3年までと中学校の3年間、アルゼンチンに住んでまして…」という相田氏は、楽天で職を得る前は縁あってJリーグの水戸ホーリーホックの営業で働き、フットサルのイベント等も担当。「当時は野球大嫌いな人間で(苦笑)。なんでこんな止まっていることの多いスポーツをみんな観るんだ?ってやっかみしかなかった」という。
それが水戸を離れることになり、「Jリーグの会議でもベガルタ仙台の担当者が隣に座っていたりして、楽天イーグルスができた時にスゴい危機感を持ってたんです。やっぱり日本で一番大きなプロスポーツなのは事実だし、1度挑戦してみようかなと応募したら採用していただいて」
スクール部には2013年の12月から所属。それ以前から営業にもかかわらず『スクールでこんなことをやってみたらいいのに』と様々なアイディアを昼も夜もぶつけていたという。するとある時、立花陽三球団社長から「やってみる気はあるのか?」と覚悟を問われた。「オーナー(三木谷浩史氏)も何年か前に『なんで野球にはサッカーのようなユースやジュニアユースがないのか』と話されていたのを記事で見たことがありますし。私も同意見でしたので、そういうこともできるかなと」転属することに。
三木谷オーナーの「FCバルセロナユースみたいな下部組織が必要」という発言は確かに以前、マスコミでも取り上げられていた。だが長年、地域の少年野球から部活動を基盤とする中学・高校野球、そして大学野球と発展してきた日本の球界ではその思想は省(かえり)みられてこなかった。アマとプロの軋轢(あつれき)もあり、また親会社の広告塔的役割を担った球団にそこまでの発想がなかったともいえる。
「うちはおそらく他球団より考え方が柔軟というか、変えなければいけないところは変えようと。そういう筋は通っているところだと思うんですよ。逆になぜ過去に他ではやっていないのかと不思議で。ただ、いざやろうとなって他球団にも聞いたりご相談したんですけど、否定するところもないですし、やってみたらいいんじゃないかと言っていただいたりもして。やはりそういう球団さんはいろいろ調べられていたようで、教えていただきとても感謝していますね」
なぜ今までできなかったのか?
スクールでは先駆けの楽天が現在会員数で約1500人。後発だった巨人などは入会するのも大変なほどになっているそうで、さらに1994年からは中学生の各団体を横断した大会「ジャイアンツカップ」を開催するなど、やはり野球人口を増やしジュニアから育成する試みには並々ならぬ興味があるのだろう。だが…、
「たぶん、我々の何倍も周りから見られているプレッシャーはあるんでしょうね。歴史がある球団は想像もできないしがらみがあって難しいと思います」と相田氏も言う通り、今回の楽天でもリトルシニア結成まで一気に動いた中で、ずっと旧体制との折り合いが苦労のしどころだという。
「例えば、少年野球でいえば地区の壁があって、選手の何人以上はその学区の在住者でなければいけないとか。シニアやリトルリーグだと利益を追求しちゃいけないので指導者はボランティアでなければとか。近年、少子化で学校が統合されたり、保護者の働く環境が昔と変わってきている中、いろいろなことを話し合って協議し環境作りをしていく必要がありますよね。やはり我々、プロ球団が参入するところで選手を奪われるのではとネガティブにとられる部分もありますし」
実際、記者が地域の少年野球チームに所属していた何十年も前から基本変わっていない世界。野球好き、子供好きなオジサンが手弁当で世話している例も少なくない。ボランティアと言えば聞こえはいいが、指導者やチーム次第で保護者が様々な協力・援助を強制されるなど問題も山積している。
「特に中学生年代は谷間というか、部活動でも野球を専門にしていない顧問の先生が指導内容を明確にされていないところが増えている印象です。そこでプロ野球球団が地域の活性化に果たす役割は当然あるべきですし、勇気を持ってそういう環境作りに手を出してこなかった結果が子供の野球離れにもなってる。みんな子供の頃からサッカーを選んじゃったりしますからね」
一方で、シニアリーグやボーイズリーグなど既存の団体との連携ももちろん大事になってくる。そこを無視して黒船のように飲み込む意図は毛頭なく、あくまで共存共栄が理想。そこでまず設立時の規約として他チームに安心してもらうよう、来期以降の入団は新中学一年生のみ10人の合格に限定。他チームをやめさせての引き抜きもしないという。
「当初、セレクションにも難色を示す声も周囲であったんですが。じゃあどうやって選手を集めるんだ?と困って(苦笑)。我々は純粋にこういうチームが参入することで野球に関心を持つ子供が増えて、モデルケースとしても周囲に還元できればという考えなんです。ですから練習場をシーズンオフに開放して他チームと合同の練習会をやるとかもいいと思っていますし。決して上から偉そうにというつもりはないんですよ」
都市対抗に独立リーグ参戦も視野に…
ハードルは多いが、そんなビジョンの見据える先は地元にとどまらないようだ。仙台が拠点なだけに今回も宮城県出身者が17人を占めているが、他県から参加した場合、親元を離れ、転校などを余儀なくされることも考えられる。「一番は東北各県に1チームずつ作れればいいんですけど、それはもうかなり難しいことなので。せめて北東北にもう1チーム持てればいいかなと」。
そこには「人数の制約もありますし、今回受けていただいて、入団してもらえなかった子たちのことを考えると非常に残念で。彼らには絶対どこかで野球を続けてほしいんですが…」という思いも。
また所有する受け皿が増えれば、OBの元選手など指導者も必要となってくる。彼らのセカンドキャリアとしてもチャンスとなる。デーブ監督始め、個人で野球指導をする環境を作る元選手も増えたが、まだまだ条件的には厳しい。
「うちのコーチたちもそうですが、今まで野球教室でやっていたのとも違った意味でやり甲斐はありますよね。現役でも元選手でも、個々がそういう活動をすることに依存してるだけじゃ継続性もなかなか生まれませんし。サッカーは今、指導者のライセンス取得も整備されてますが、そういう育成の場も設けていかないと今後ダメなのではと」
そこで、さらにジュニアユース~ユースといった広がりも期待させるが…。現実的にはやはり高野連であり甲子園、大学野球までアマ球界の壁も立ちはだかる。
「興味はありますが、難しいことだらけでしょうね。ルールをしっかり確認・理解しなければいけませんが、やれるとすれば高校から大学生までで編成するクラブチームで都市対抗を狙うとか。独立リーグに参入するというのもありかもしれません。それこそなんのために作るのか、いろいろ考えていかないと」
確かに、そこまでいけばさらに夢のある話だ。BCリーグに加盟する福島ホープスや、昨年11月に誕生し元楽天の岩隈久志(マリナーズ)がGMを務めることで話題となった地域密着型の草野球団「三陸鉄道キットDreams」など、このところ東北にも新たな胎動が見られる。そこに楽天の下部組織も加わることがあれば、さらに活性化される。
…さて、ではこうしたチャレンジを現場の指導者はどう受け止めているのか。まず地元の仙台育英出身、中濱裕之監督(元近鉄~巨人)に話を伺うと「初の試みということでプレッシャーはありますね。責任も感じますし。でもそれより子供たちに教えることが楽しいし、やり甲斐の方が大きい。元選手として本当に恵まれていると思って喜びを感じてます」
そう語りつつ、目先の勝敗ではなく土台作り、数年後を見据えての練習プログラムを常に考えているという。この日も午前中は選手たちのメディカルチェックに費やした。
「自分の頃は考えらんないですよね(笑)。ただ、やっぱり体のケアは子供時代から大切ですし、それと礼儀も含めて選手への気配り、目配りとか。他チームの子ができなくても、うちは自分たちで考えてやるんだよと。恵まれてる環境なだけに自分たちが与えられるもの以外の部分を一生懸命やってほしいと彼らには言ってます」
この本気が球界を動かすかも
この方針については総監督である広橋公寿(こうじゅ)の影響も多分に大きいようだ。西武で長年プレーし、引退後は解説者を経てコーチとして打撃から守備、走塁までオールラウンドに指導。楽天の球団創設時からコーチや二軍監督代行を務め、韓国へも指導者として渡った後、今回総監督就任となった。
「なんといってもね、僕らが先駆けとなるよう、いい例を作らなきゃならないなと。底辺拡大のためもありますし、球団のため、球界のための財産作りでもある。基本的なテーマは野球を通しての人間力の育成なんですよ」と広橋総監督は力説する。
「だから体の作り方からケアもですし、何より礼に始まり礼に終わるというのも日本の野球ですからね。勉強に関しても成績が落ちたり変な風になれば休ませると子供らには伝えてます。きちんと頭を使えない子は野球でもだめですよ。それで保護者の方にも安心してもらって、やはり喜んでおられますよね」
プロが関わるというと、どうしても勝利至上主義や企業の損得勘定がイメージされがちだが、そんな目先のことではないという意識がスタッフ一同、浸透しているようだ。
「そもそも彼らが全員プロになれるわけでもない。だから社会人になっても必要な人間力を教えることからなんだと。そういうのも含めて12球団に発信できたらいいですよ。ほんと僕ら、この歳までこうしてコーチとして関わらせてもらってね、そんなのほんのひと握りですから。感謝はもちろん、これから続く人たちのためにも、東北からそれを発信するという意味においても広げていければと思ってます」(広橋総監督)
取材の合間、写真撮影をしながら、恵まれた環境とシステムでこれから学ぶメモリアルな1期生たちの喜びにあふれた表情や声が生き生きと感じられた。だがある意味、その無邪気な笑い顔以上に周りの大人たちがこの挑戦に生き生きと表情を輝かせている。
最後に相田氏がこう語った。
「今回、取材でメディアの方にもたくさん取り上げていただいてますけど、中学生のチームを作っただけで、なんでこんな反響が…って複雑な気持ちもあるんです(苦笑)。当たり前であるべきことを何もされてなかったんだなと。身にしみるものがありますよね」
球界再編の大騒動の末、参入した楽天に一時の企業PR的な疑念を抱いたファンは多かったに違いない。また、「ただの話題作りで奇をてらったことばかりする」と批判的に捉える向きもいまだある。
だが、Jリーグが百年構想をブチあげた時、どれほどの人が真に受け本気に思っただろう? 今、この本気が球界を動かすかも知れない。
(取材・文/週プレNEWS編集部)