面積は日本の関東地方と同じくらい。かつては地中海を制する商人の国として、13、14世紀にはシチリアやアテナイなどを植民地にするほど栄えた

9月27日のカタルーニャ自治州の州議会選挙で独立派が勝利を収め、同州のFCバルセロナがスペインリーグを脱退する可能性が浮上している。

このままいけば、カタルーニャはスペインの「国外」になってしまうのだから当然といえば当然。しかし、国外からリーガに参戦するFCアンドラ(アンドラ公国)という例外もある。

「スポーツ法の規制を緩和すればいいだけの話だ」とバルサの首脳陣はあくまで強気だ。実際には、観光収入に大いに頼っているスペインが、集客力のあるリーガをわざわざつまらなくするとは考えにくい。交渉次第でなんとでもなるだろう。

しかし、実は86年にわたるリーガの歴史の中で、バルサがリーガを離れて他のリーグでプレーせざるを得なかったことが一度だけある。1937年に行なわれた、通称“リーガ・メディテラネア(地中海リーグ)”だ。

バルサにエスパニョール、バレンシアFCら8クラブが優勝を争ったこのリーグには、レアル・マドリードやアスレティック・ビルバオの姿はなかった。それどころか頭数をそろえるためにアマチュアのクラブをひとつ押し込む有り様だった。

一体、なぜこんな中途半端なリーグができたのか?

実はカタルーニャのサッカー・リーグの歴史は、リーガよりも長い。バルサが創立されたのも1899年。リーガのない時代から、地元の「カタルーニャ選手権大会」を主戦場に、市民の人気を集めていた。

それだけに、カタルーニャの人々のサッカーへの愛はすさまじい。1936年に起こった「スペイン内戦」で国の内部が分裂状態にあった頃にはリーガは中断されていた。しかしカタルーニャではサッカーの伝統を絶やさないようにと、例年通り「カタルーニャ選手権大会」が開催されたのである。翌年、その上位4クラブが、お隣バレンシア州の4クラブとともに「地中海リーグ」を構成することになった。

バルサがどこでプレーするかなんてどうでもいい?

たとえ内戦中であっても、サッカーが観たい! それほどサッカー愛にあふれたカタルーニャの人々は、独立によってバルサがリーガを追放される可能性について、どう思っているのだろう?

先月の州選挙では「Juntspel SI(一緒に「はい」を)」というERC(カタルーニャ共和主義左派)とCDC(カタルーニャ民主集中党)の連合に、もう一党、独立派の議席を加えて「勝利」したのだが、彼らの中で共有されている理念は「カタルーニャ独立」のワンイシューのみ。具体的、現実的な「その後」は用意されているのだろうか?

「実際のところ、まともな議論はなされていないんだ。こっちの民主主義は未熟で貧弱で、独立できるのかできないのか、合法なのか非合法なのか、そんな話にばかり熱中してる」

州北部、ジローナ県在住のアルベール氏(36歳)に尋ねると、そう嘆く。さらに、肝心のバルサについて尋ねると、

「もっと大事な問題がいっぱいあるから、バルサがどこでプレーするかなんてどうでもいいよ。みんな、そう思っているんじゃないかな」

という意外に冷めたお答えが…。しかし世界のファンはやっぱりリーガでクラシコが見たい! どうか「地中海リーグ」のようにならないことを祈るばかりだ。

●『週刊プレイボーイ』43号では、さらに詳細に歴史から検証、そちらもお読みください!

■週刊プレイボーイ43号(10月13日発売)「FCバルセロナは創立以来、『カタルーニャ独立運動』に巻き込まれていた!」より