投手33人、野手14人が参加。中日・落合GM、2年前にトライアウトを受けた日ハム・木田GM補佐も視察に訪れた

11月10日、静岡県の草薙(くさなぎ)球場で行なわれた今年のトライアウトは黒い雲が空を覆う中で幕を開けた。

ひとり目の投手としてマウンドに上がったのは、元DeNAの菊地和正。昨秋に右肩を手術し、今年はBC群馬でリハビリをしながら選手兼任コーチとしてプレー。NPB復帰までの期限を1年間と決めており、この日が最後のチャンスとなった。

「肩の状態は夏までに7割までは戻りましたが、そこからが難しかった。それでもここに来たのは、自分の野球人生を決めるギリギリの状態でマウンドに立てば、もう一度いい頃の自分を取り戻せるんじゃないかという期待があったからです

菊地は先頭打者を三振に取るも、次の林崎遼(西武)に右前打を打たれ、最後にBC福島の佐藤貴規(元ヤクルト)を迎える。ファウルで粘られた後の8球目、渾身(こんしん)の137キロストレートは乾いた音とともに右中間へはじき返された。

「投げてみて、あの程度のボールじゃ厳しいということを実感しました。貴規くんはBCリーグで何度も対戦し、よく知っています。未来のある若い選手に打たれて、けじめはついたかな」

菊地に引導を渡した佐藤は、二塁打3本を含む4安打。昨年のトライアウト後、「1本だけでもヒットが打てた。もう悔いはない」とコメントし、引退を示唆していた22歳が最高の結果を残した。

悔いがなかったのは本当です。でも、次の道に進もうと家族会議をした時、兄(ヤクルト・由規[よしのり])から『俺を奮い立たせてほしい』と言われて。それがきっかけで復帰する決意をしました

度重なる故障で2011年以来、一軍に復帰できない兄・由規の思いに佐藤は見事に応えた。今年、ヤクルト時代の先輩・岩村明憲(あきのり)率いるBC福島に入団。中心打者として活躍し、チームの後期地区優勝に貢献した。

「こ の一年、福島では仲間に恵まれ、僕の野球に対する考え方も変わってきました。トライアウトを受けたのも、今年のドラフトで福島から誰も指名されず悔しがっ ている選手の姿を見て“このチームからNPBに”という思いがあったから。育成でもいいですし、今年、声がかからなくても同じユニフォームで来年また挑戦 しますよ」

前田智への死球でバッシングされた、あの男も…

トライアウトに参加した佐藤貴規選手。兄(ヤクルト・由規投手)から球場入り前に激励メールが届くも確認できず…「緊張でそれどころじゃなかった」

この日のスタンドには、由規が「いつも背中を見てきた」というヤクルトの館山昌平が姿を見せた。トライアウトを受ける後輩投手3人を激励するため、前日から同じ宿に泊まっていたという。

「館山さんは兄貴のような存在。この2年間、一緒にリハビリして、同時期に一軍に復帰できて嬉しかった」と語るのは、館山と同じトミー・ジョン手術から今季復活するも戦力外となった金伏ウーゴ

「一度は辞めようと思いましたが、先輩たちから『まだやれる』と言ってもらえたことで考え直しました。2年間の長いリハビリを経ていろんなことを学ばせてもらいましたし、そう簡単に野球から離れられないですよ」と、最速146キロの速球で三者凡退の好投を見せた。大場達也もトライアウトの最速147キロを出して好投すると、江村将也も三者凡退に仕留めた。

「多少荒れても強い真っすぐを投げることが自分の持ち味。これがプロで最後になるかもしれませんが、自分らしさが出せて納得してます」

江村は、2年前に広島の前田智徳(とものり)に死球を与え、それが前田引退の引き金となったと壮絶なバッシングを受けた。

それで調子を崩したということはないです。あの後も左打者のインコースは攻められたし、イップスにもなっていない。前田さんにも翌年、広島でお会いした時に声をかけていただき、その後も『ゴルフ行くぞ』と誘ってもらいました。弟(ロッテ・直也)のことも気にかけてくれて…。本当にありがたいです

●この続きは週刊プレイボーイ48号にてお読みいただけます!

■『週刊プレイボーイ』48号(11月2日発売)「プロ野球合同トライアウト2015『オレたちはまだまだポンコツじゃない!!』」より

(取材・文/村瀬秀信+週プレ野球班、写真/村上庄吾)