前人未到の32年間の現役生活についにピリオドを打ち、今年から野球評論家として活動する山本昌(まさ)氏。
早くも各メディアに引っ張りだこの“50歳のルーキー”を江夏豊氏が直撃! 前編「山本昌が江夏豊に語った球界引退」に引き続き、長~い現役生活をじっくりと振り返ってもらった。
5年目の年俸が当時、高卒ルーキーだった立浪(和義)の半分しかなかったというが、初勝利からシーズン5勝を挙げ、そこで「一軍で勝ちたい、稼ぎたい」に意識が変化。6年目から本当の意味でプロ野球選手になったと語るが…。
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江夏 言い換えれば、5年間、いい勉強したんだよな。
昌 はい。それと、指導者の方には本当に恵まれたと思います。星野監督には死ぬほど走らされたり、殴られたりもしましたが、今思えば、アメリカから予定を早めて呼び戻してもらい、一軍で使ってもらったおかげで、今の自分があるわけですから。
江夏 現役時代に仕えた監督は全部で何人?
昌 6人です。髙木(守道・もりみち)監督にはエースとして扱っていただき、2年連続最多勝を獲れました。山田久志(ひさし)監督の時には、僕はもう30代後半でベテランといわれていたんですが、すごく厳しく、若い選手と同じ量を走らされました。あの頃にまたちゃんと走ったことで、50歳までいける体ができたんです。
江夏 走ったことが32年間につながった。これはもう間違いないよな。
昌 はい。それから、落合(博満)監督には何度も優勝させていただくと同時に随分多く使ってもらいました。野球界では普通、同じくらいの力量なら若い選手が使われるものですが、落合監督は年齢に関係なく、「現時点でアウトをひとつでも多く取れるヤツ」「ヒットを一本でも多く打てるヤツ」を見極めて使うんです。そうでなければ、僕はもっと早くに引退していたかもしれません。
江夏 通算219勝のうち、一番印象深いのはどの1勝?
昌 2006年9月30日、優勝を争っていた阪神を8回1失点に抑えた試合ですね。
江夏 おお、阪神戦か。
「人生で一番恥ずかしい試合」は?
昌 実は、その2週間前に同じ阪神戦でノーヒットノーランを達成したんです。そこで完全に叩き潰(つぶ)したと思ったんですが、阪神はそこから9連勝してきた。そんな状況で迎えた、敵地・甲子園での3連戦でした。1戦目はエースの川上憲伸(けんしん)で負けて、いよいよ2ゲーム差。もし2戦目で僕も負けたら…。
江夏 もう、完全に阪神は勢いづくわけだな。
昌 はい。死に物狂いで投げました。あそこで再び阪神の勢いを止め、中日は優勝まで突っ走れたんです。
江夏 チームにとっても大きい勝利だったわけだ。
昌 自分の中では、あれが最も優勝に貢献できた1勝だったと思います。
江夏 じゃあ反対に、165敗の中で印象に残った1敗を挙げるなら?
昌 負けはつきませんでしたが、昨年の一軍初登板、8月9日のヤクルト戦です。世界最年長勝利記録がかかっていて、皆さんが期待していたのに突き指をして2回途中、しかもカウント3ボールナッシングで降板しまして。
江夏 どこで突き指したの?
昌 それが、わからないんです。映像を見ても、どこにも当たっていない。でも、投げた瞬間に「イテッ」と感じて、左手の人さし指が腫(は)れて。投げて指をケガしたなんて人生で初めてです。
江夏 32年も投げてきて、どこでやったかわからんっていうのもおかしな話だな。それだけ興奮してたのか?
昌 それもありますね。僕は記録がかかった試合はすべて一発で仕留めてきたので、まさかケガとは…。「体がついていかなくなった」といえばそれまでですが、人生で一番恥ずかしい試合でした。
江夏 そりゃ、悔いも残るな。
昌 悔しいです。だから引退を決めた後、球団にお願いして、10月7日の広島戦で投げさせてもらったんです。
江夏 引退はいつ決めた?
昌 もう今年は勝てないな、と思った時に決めました。50歳のピッチャーが0勝じゃ、「何やってるの?」と言われても仕方ないですから。
江夏 勝てないっていうのは、どういう理由で?
昌 指のケガが思ったより悪くて、靱帯(じんたい)がかなり損傷していたんです。ただ、世界記録をつくれなかったことは、ファンの皆さんにも、それを期待して契約してくれた球団にも申し訳なかったです。
野球評論家一年生に“贈る言葉”
江夏 ところで、現役最後の監督は年下の谷繁(元信)監督だったけど、身を退(ひ)くという話し合いをする時、お互いに遠慮はなかった?
昌 それは全くなかったですね。監督就任の前日までは「シゲ」と呼んでいましたが、いざ監督になった後は当然、きちんと線を引いて敬語で接していました。
江夏 じゃあ、きちんと自分の気持ちを全部さらけ出せたんだな。それはよかった。
昌 はい。そして今、あらためて感謝したいのは、よくぞドラゴンズに32年も契約していただいたなと。名古屋らしいといいますか。
江夏 中日という球団だけでなく、土地柄か。
昌 名古屋はすごく心の優しい土地柄で、ファンの人も礼儀正しく、選手を熱烈に応援してくれる一方で、控えめな面もあります。とてもやりやすかったですね。それだけに今は寂しいですが。
江夏 その寂しさは、2月のキャンプの時期に周りが動き出したら、もっと感じるよ。
昌 うわあ、もっとですか。そうですよね…。
江夏 その寂しさ、思いっきり味わえよ(笑)。
昌 はい、ありがたく(笑)。
江夏 あなたも2月には12球団のキャンプ地を巡ると思うけど、まずブルペンに行ってごらん。チームによって全然違うから。
昌 32年間、同じチームにいたので、すごく楽しみです。昨年は日本シリーズのゲスト解説もやらせてもらったんですが、外から見ると本当に新しい発見が多いですね。
江夏 自分も多い時は年間100試合以上、現場でゲームを見たよ。毎試合、勉強になることばっかりだから。
昌 ぜひ、じっくり見て勉強したいと思います。
江夏 よっしゃ。今日はありがとう。
昌 ありがとうございます!
●山本昌 本名・山本昌広(やまもと・まさひろ)。1965年8月11日生まれ、神奈川県茅ヶ崎市出身。日大藤沢高校から84年、ドラフト5位で中日に入団。プロ未勝利のまま迎えた5年目の88年、アメリカへ野球留学。現地で覚えたスクリューボールを武器に1Aベロビーチ・ドジャースで活躍し、シーズン途中で中日に呼び戻されると無傷の5連勝。翌年から主力先発投手として長年活躍する。最多勝3回、最優秀防御率1回、最多奪三振1回、沢村賞1回、ベストナイン2回。50歳、プロ32 年目の2015年限りでついに引退し、今後は野球評論家として活動。通算219勝165敗。
※山本昌が保持する主な最年長記録 出場・登板・先発 →50歳1カ月、奪三振 →49歳25日、勝利→49歳25日、完投・完封→45歳24日、ノーヒットノーラン→41歳1ヵ月、23年連続勝利(工藤公康、三浦大輔と並ぶタイ記録) ●江夏豊(えなつ・ゆたか) 1948年生まれ。阪神、南海、広島、日本ハム、西武で活躍し、年間401奪三振、オールスター9連続奪三振などの記録を持つ大投手。日本における抑え投手のパイオニアでもある。通算206勝158敗193セーブ
(構成/高橋安幸、撮影/五十嵐和博)