W杯でクライフが見せたプレーは、本当に衝撃的だったと語るセルジオ越後

サッカーに関してプライドの高いブラジル人は、他国のスター選手を簡単には認めない。「そんなにスゴイのか? でも、ペレに比べたら大したことないだろう」ってね。でも、彼に関していえば、ブラジル人の誰もが特別な選手だと尊敬していた。

オランダ代表のレジェンド、ヨハン・クライフが亡くなった。あらためて僕が言うまでもなく、選手として、指導者として数々の成功を収め、世界のサッカーに影響を与えた偉大な人物だ。

個人的には、やっぱり1974年西ドイツ(当時)W杯の印象が強烈だね。決勝でベッケンバウアー率いる地元・西ドイツに逆転負けして優勝こそ逃したものの、オランダは西ドイツ以上のスポットライトを浴び、クライフはこの年の欧州最優秀選手に選出された。

その大会、オランダは決勝進出をかけた2次リーグ最終戦でブラジルと対戦しているんだ。ブラジルはペレが代表引退していたけど、僕の旧友であるリベリーノをはじめ4年前のメキシコW杯優勝メンバーも何人か健在で、決して悪いチームじゃなかった。僕自身も連覇を狙えると思っていた。

ところが、オランダ相手に手も足も出ず、0-2で敗戦。過去、ブラジルがW杯で何もできずにコテンパンにされたのは、この試合と2014年ブラジルW杯のドイツ戦(準決勝で1-7の大敗)くらいじゃないかな。他の大会でも負けてはいるけど、主導権を握りながらカウンター一発で負けたとか、何かしらの言い訳を見つけられる試合ばかりだからね。ブラジルがまったく攻められず、ひたすら守備に追われる展開は本当に衝撃的だった。

当時は攻める選手と守る選手という“分業”の考えがまだ主流だった時代。そんな中、オランダはチャンスと見ればDFでも攻撃に参加し、そのスペースを別の選手が埋める。今では当たり前の全員攻撃、全員守備の“トータルフットボール”をいち早く実践していたんだ。

オランダに負けたというよりはクライフに負けた

そして、その中心にいたのがクライフ。スピードもあったし、フェイントや切り返しもキレがあって技術も高い。ブラジル戦でも前線から最後尾まで自由に動き回って攻守に絡み、突然ゴール前に現れたと思ったら、華麗なジャンピングボレーシュートを決めた。

僕に限らず、ブラジル人がそれまでヨーロッパの選手に対して抱いていたイメージは「デカい」だけ。足元はヘタクソだし、やるサッカーもつまらないとバカにしていた。それがクライフを見て、「俺たちよりもうまい選手がいるじゃないか…」とショックを受けた。だから、オランダに負けたというよりは、クライフに負けたという印象が強い。

彼は人間的にも魅力があった。W杯決勝で西ドイツに負けた後、群がる報道陣に対して、「ごめん。今日はスター(自分)の上にチャンピオンがいるから、向こう(西ドイツの選手たち)に行ってほしい」と言ったんだ。カッコいいよね。だから、皆が彼に憧れた。

僕は2000年のユーロ(欧州選手権)前に、テレビの取材でクライフと会ったことがあるんだけど、オープンな性格で話術も巧(たく)み。何よりそこにいるだけで華があるというか、いわゆる“オーラ”を感じたことを覚えている。僕のほうが2歳年上なのにね。

誰でもいつかは亡くなるし、仕方のないことだけど、68歳というのは若すぎた。残念。寂しさを感じるよ。

(構成/渡辺達也)