「『ウソっていうのは、本当のことを知らねーと書けねーんだぞ』という言葉に永谷さんの信念が宿っているように思います」と語る石田氏 「『ウソっていうのは、本当のことを知らねーと書けねーんだぞ』という言葉に永谷さんの信念が宿っているように思います」と語る石田氏

「二言目には金、金といってるようにみえるけど、決してそうじゃない。1年目だって、80万円ダウンして妥協している。昨年だって、40万円上乗せしたとフロントはいうけど、ボクの要求は100万円のアップだった。60万円も下げている」(「江川卓『今年こそ、やる時はやります!』」)と、自身の年俸の不満を赤裸々に語る1983年の江川卓。

「考えてみればワシだってな、はじめて女を知ったのは高2のときだったからな。今の連中が知って当然かもしれないのや」(「現代高校球児の『女は野球のクスリです』」)と、高校球児の女性事情について真顔で語る85年の江夏豊。

「ぼくって、こんなにスターなのかなあって、ときどき夢じゃないかって思いますよ。昔は、女の子の気をひこうと大変だったのを考えるとね、世の中ほんとにむずかしいなあって」(「清原和博 第5回『ナンバーMVP賞』決定発表」)と、自身のフィーバーぶりを無邪気に語る86年の清原和博。

これらはいずれも『永谷脩の仕事 プロ野球ベストセレクション 珠玉の53篇』に収められたインタビュー原稿からの抜粋だ。永谷脩(ながたに・おさむ)氏は、数々の偉大な野球人に寄り添い、その本音を引き出し、つづってきた「野球人に最も愛されたスポーツライター」。

2014年に68歳の生涯に幕を閉じたが、彼が1982年から32年間にわたって雑誌『Sports Graphic Number』に寄稿してきたすべての原稿の中から、傑作ばかりを収録したのが本書だ。今回、この本の監修に当たったスポーツライターの石田雄太氏に話を聞いた。

―実に1000篇を超えるすべての原稿を読み直し、そこから53篇をセレクトされる過程で、どのようなことを感じられましたか?

石田 あらためて原稿から放たれる圧倒的なエネルギー、熱量に愕然(がくぜん)としました。とんでもなく長い時間をかけなければ詰められないところまで選手との距離を詰め、長く一緒にいるからこそ引き出せる本音をつづる。しかも「野球」と「人間」の両方を、ここまで専門的にえぐって書けるのは後にも先にも永谷さんしかいないと思います。

そんな数々の原稿の中から、特にエネルギーが伝わってくるもの、永谷さんの「書きたい」「伝えたい」という迫力を感じたものを今回、選ばせていただきました。

―それぞれの原稿からは、今の時代では考えられないほどの取材対象との圧倒的な距離の近さや信頼関係を感じました。例えば、現役時代の江夏さんの親戚の祝儀での描写などが出てきますが、「どーしてアナタがそこにいるんですか!」と思わずツッコミたくなるようなものばかりです。

石田 ジャーナリズムの世界では一般的に「取材対象に近すぎちゃいけない」とか「客観的な目線を持たないといけない」といわれます。だけど永谷さんはどんどん相手の懐(ふところ)に入っていったし、選手たちもそれをあえて受け入れた。

そうした手法を「媚(こ)びてる」などとやっかむ人もいたかもしれませんが、同業者として言わせてもらえば、媚びたぐらいで懐に入れてもらえるような甘い世界なら何も苦労しません。そんな簡単な世界じゃないんです。

もちろん、永谷さんだって取材対象とぶつかったことも多々あったと思いますし、付き合い方が変わった人もいたでしょう。それでも、同じ野球人としてどこか深いところでつながっている。そんなスポーツライターだったと思います。

ツライとき、近くにいてくれる人

―先月、行なわれた「永谷脩さんを偲(しの)ぶ会」で、野球解説者の山田久志氏は03年、中日の監督を退任する時にすぐ永谷さんが駆けつけ、そのまま九州一周旅行に連れていってもらったエピソードを披露され、「自分がいい時に近くにいる友達と、ツライ時に近くにいる友達がいるとしたら、彼は間違いなく後者だ」と話していたのが印象的でした。

石田 僕も何度も救われたことがあるのですが、永谷さんは人がツライ時、大変な時に、いつもそこに「いる」んです。なぜだかわからないけど必ず「いる」。だから本当に苦しい時に頼りたくなってしまう。これは想像ですが、彼は自分が惚れ込んだ相手のために、とことん尽くすことが好きな人だったのかもしれません。

―そうした信頼関係があったからか、本書には名選手たちが自らカネや女の話をしたり、中には賭けゴルフの話まで堂々と出てくる。今の時代ではとても考えられません。

石田 20年くらい前から世の中の雰囲気がガラッと変わって、スポーツの世界もキレイなところだけが報道されるようになってきました。最近、野球界でも麻薬や賭博の問題が話題になりましたが、いい悪いは別にして、野球人の周りを包む空気みたいなものの中に、こうしたものが「ある」ということは事実なんです。

そんな野球選手の持つ、空気、毒、性質みたいなものを、永谷さんはてらいもなくあけすけに、媚びずに、そして誰かを傷つけることがないように書いた。正直、「こんなこと書いて本当に大丈夫なの?」というものもたくさん出てきます。それと比べると、時代が違うとはいえ、今、自分が書いているものはなんてヌルイのかと、ちょっと落ち込むくらいです。

―永谷さんは周りの書き手によく「ウソを書けよ!」と話していたと聞きました。これはどういう意味なんでしょうか。

石田 おそらく「人を傷つけるくらいなら…」という注釈がつくのだと思います。永谷さんは「ウソで固めた80行、隣に座って50行、くしゃみしたついでに30行(笑)」と冗談半分でよく話していました。

僕は「ウソを書け」と言われませんでしたが、横浜のバーで「おまえ、ウソを書いたことあるか?」と聞かれたことがあります。質問の意図もわからずに「いや、ウソは…ないと思います」と答えたら、永谷さんは「ウソを書くことと、想像で書くことは違うんだぞ。ウソっていうのは本当のことを知らねーと書けねーんだ。想像で書いているやつは本当のことを知らねーで書いている。そっちのほうがよっぽどウソだぞ」って。

永谷さんは「本当のことを知らなかったら取材者として負けだぞ!」と暗に言いたくて、「ウソ」という言葉を使っていたんでしょう。だって、誰よりも本当のことを知っていた人でしたからね。

(取材・文/本誌編集部)

●石田雄太(いしだ・ゆうた) 1964年生まれ、愛知県出身。青山学院大学卒業後、NHKに入局し、『サンデースポーツ』などのディレクターを務める。1992年、フリーに転身し、スポーツジャーナリストとしてTVのスポーツ番組の構成・演出や執筆活動を行なっている

■『永谷脩の仕事 プロ野球ベストセレクション珠玉の53篇』 文藝春秋 1800円+税 石田雄太/監修 野球人に最も愛されたスポーツライター・永谷脩氏が1982年から2014年までの32年間にわたって、雑誌『Sports Graphic Number』に寄稿してきた1000を超える原稿の中から珠玉の53篇をセレクト。「インタビュー傑作選」「江夏豊と江川卓」「落合博満と清原和博」「対談セレクション」「王貞治」「永谷脩の“想い”」など全11章