レンジャーズのダルビッシュ有が1年2ヵ月のリハビリ期間を経て、メジャー復帰を果たしたニュースに日本のファンは歓喜した。しかし、これまで多くの日本人投手が「肘の故障」に見舞われてきたという事実は変わらない。その理由はなんなのか?
肘の靭帯損傷といえば、昨年3月にトミー・ジョン手術(靱帯再建術)に踏み切ったダルビッシュのほか、松坂大輔、和田毅(共に現ソフトバンク)、藤川球児(現阪神)など、日本からメジャーリーグに渡った多くの投手が手術に至っている。
ヤンキースの田中将大のように手術せず保存療法の道を選んだケースもあるが、とにかくメジャーでは、日本人投手が肘の故障に見舞われるということで様々な問題提起がされているのだ。その原因として、
・メジャーの使用球は、日本のものより革質が滑る。 ・マウンドの傾斜が日本よりきつく、また土質も硬い。 ・先発投手の場合、日本では主に中6日の間隔で投げるが、メジャーは中4日が主流。
一般的にはこういった環境面の問題が要因なのでは?とされており、実際にその影響も少なくないと思われる。しかし、実はここで全く違った観点からもうひとつ、メジャーならではの問題が見逃されがちだという。
それは「些細な故障でも、メジャーはとにかく手術させたがる」という傾向があることだ。
事実、日本のスポーツ医学界でも、メジャーでの“手術のやりすぎ”に疑問を抱く声は少なくない。多くのトッププレーヤーの診察、治療に携わってきた船橋整形外科病院の菅谷啓之医師もそのひとりだ。
「日米では発想が全く違います。アメリカでは肘や肩は消耗品と考えている。だから消耗してきたら手術で治す、と。選手も抵抗がない。ただ、その根底には間違った先入観もあるんです」
先入観とは、「トミー・ジョン手術をすると、故障前より球速がアップする」という風潮だ。菅谷医師が続ける。
「全くの誤解です。結果的に球速がアップしている投手もいますが、それは術後のケアとリハビリトレーニングが成功したから。むしろ、手術した投手の多くは球速が落ちているんです。データによると術後、90%がプレーヤーとして復帰していますが、メジャーのトップクラスだった投手の場合、故障前と同じレベルの投球ができているのはおよそ3分の2、70%足らずしかいない。
また、術後の復帰時期も一般にいわれているより長く、平均で18ヵ月から20ヵ月近くかかっています。一般的に伝わっているほど、誰でも確実に元どおりになれるような手術ではないんですよ」
傷があっても痛みを感じなければ投げていい?
実はここ数年、メジャーでは日本人のみならずアメリカ人、中米出身の投手にも肘の靱帯損傷が急増。前述した通り、理由は諸説いわれているが、過去5年間でトミー・ジョン手術を受けた選手は151人にも上るという。そのうちメジャーに復帰したのは8割前後で、パフォーマンスも全員が元通りになったわけではない。
ダルビッシュは手術から14ヵ月でメジャーに復帰し、すでに球速も戻っているが、これはリハビリやトレーニングも含めて「完全に成功したケース」だということだ。そして、菅谷医師はこう念を押す。
「これは広く誤解されていることですが、日本人投手が『メジャーに行ったから肘を傷める』というのは、必ずしも正しい見方とは限りません。実は日本のプロ野球、あるいはアマチュアでも本格的にやっている投手なら、程度の差こそあれ多くが肘の靱帯の変性や肩の関節唇の損傷、あるいは腱板関節面断裂などを抱えているんです。
つまり、MRI(核磁気共鳴画像法)の診断をして傷が認められるのは、言ってしまえば『普通のこと』なんです。でも、傷があっても痛みを感じなければ投げたってかまわない。現に、プロのトップクラスにもそういう投手は山ほどいるんですよ」
肘の手術をした日本人投手の全員に、本当に手術が必要だったのか? そこに疑問があると菅谷医師は言う。それほどメジャーというのは手術をさせたがるようだ。
果たして、「肘に違和感があったら即、手術」というメジャー流のやり方は、投手にとって本当にいいのか?
発売中の『週刊プレイボーイ』25号では、さらに菅谷医師の見解を詳しく紹介、また50歳まで現役を続け、ピッチングのメカニズムを研究してきた元中日の山本昌、マリナーズなどメジャー4球団でプレーしたマック鈴木も日本人投手の故障が多発する原因を分析している。
「日本人投手は故障が多い」というメジャーのスカウトのイメージを払拭(ふっしょく)するための方法も含めて徹底検証しているので、ぜひご覧いただきたい。
(取材・文/木村公一)