“史上最強”の競歩トリオ、(左から)森岡紘一朗、谷井孝行、荒井広宙

高い技術、忍耐力、チームワーク。そんな日本人ならではの強みを生かして、急速なレベルアップを遂げている日本の男子競歩

中でも今夏のリオデジャネイロ五輪を控え、“史上最強”と期待を集めるのが、50kmの代表トリオである荒井広宙(ひろおき・自衛隊)、谷井孝行(自衛隊)森岡紘一朗(富士通)

それぞれ昨年の世界ランキングは2位、3位、9位。全員がメダル候補だ。陸上競技で最も長い距離を3時間半以上かけて歩くサバイバルレースに彼らはどう挑むのか? 直撃した。

―昨年は20kmで鈴木雄介選手(富士通。故障のためリオ五輪には不選出)が世界新記録を叩き出し、谷井選手が世界選手権(北京)で日本人初の銅メダルを獲得。ここ最近、日本の競歩が加速度的にレベルアップしている理由をどう考えますか?

谷井 昔でいうとインターハイ種目になって競技人口が増えたことが大きいわけですけど、今は(日本)陸連の合宿の組み方とか内容が大きいですね。情報交換をしながら、代表選手みんなが同じ方向性の下に練習をやれているのがプラスになっていると思います。日頃のストレッチや補強に対する意識から変わるし、動画を見てフォームチェックする機会も増えた。

森岡 その上で実際に歩き、動きやフォームについて、今村(文男・日本陸連競歩部長)さんの客観的な視点と自分の感覚をすり合わせていくシステムが、ここ数年でしっかりつくり上げられています。

荒井 僕の場合、最初に陸連の合宿に来た時、「なんで、こんなにフォームのことを言われるんだろう。今まで失格なんてしたことないのに」と思ってやっていました(笑)。

高校の頃は失格スレスレでもいいから記録を狙おうという考えを持っていたのですが、陸連合宿に参加するようになってフォームの大切さを意識するようになり、丁寧に練習をやってきたことも力がついた理由かと。

それに何より、ひとりで練習をしていたら心が折れてしまいますから。みんなで同じものを食べて、同じ所に泊まって、一緒に練習しているから頑張れているんだと思いますね。

谷井 所属がバラバラの代表選手が1ヵ所に集まって、これだけ頻繁(ひんぱん)に長期間の合宿を行なうというのは、日本ならではの特徴なのかなと。

しばらくは“日陰種目”って感じで…

―昔に比べれば随分、競技人口が増えたとはいえ、もっと強くなるためには選手同士で垣根をつくっている場合じゃない、と。

谷井 そうですね。この3人でも本当に長い期間、合宿をやってきていますし、自分がその中でトップになってやろうとかそういう気持ちよりは、3人で一緒にどんどん強くなって世界と戦っていこうという意識が強いです。

―結果を出し続けていることで、競歩に対する注目度もグングン上がっています。

谷井 メディアの人がたくさん来てくれるようになったのを見ると、それは実感します。でも、だからこそ今が大切。今までは注目されない中で結果を出してきましたけど、今度は注目される中で結果を出さなければいけない。正直、プレッシャーもありますけど、それができなければ(競歩は)次のステップにいけないのかなと。

森岡 昨年までは競歩への関心というよりも、(鈴木)雄介など選手個人への関心という感じでしたよね。でも今回は「あれ、ちょっと違うな」と感じます。この1年でドンきた。注目されるのは嬉しいことですし、それでいて僕の場合は世界選手権銅メダリスト(谷井)と4位(荒井)に続く3番手だから「注目されているのはあっちなんで…」と、自分の練習のペースをしっかり保てる。最後にシュッといいところを持っていければというスタンスでやっています。

谷井 森岡らしい(笑)。

荒井 僕は2011年から代表になっていますけど、しばらくはどちらかというと“日陰種目”って感じで、結果の割には注目してもらえないなと感じる部分もありました。他の種目と比べて「(自分たちのほうが)世界ランキングも上なんだから、もう少し注目してくれても」とか…。

―なぜ女子アナが取材に来ないんだ、とか?(笑)

荒井 いや、それは全然思ってないですけど(苦笑)。

森岡 でも、僕が競技を始めた頃は、「競歩って何?」という人がほとんどだったから、それに比べると本当に変わりました。地元に帰って練習をしていると、すれ違った小学生たちが「競歩ってヒザを伸ばさないといけない」「常にどちらかの足が地面についていないとダメ」とか話しているんです。昔は「あの走り方は何?」って追いかけられたりしたのに(笑)。

練習量がすべてじゃない

―陸上競技で最も長い50kmという距離について聞かせてください。以前の日本のトップ選手でいえば、一回の練習で70km、月に1400km歩く選手もいました。

谷井 僕たちはその半分とはいわないまでも、月間800kmとか900kmくらい。必ずしも距離を踏むことが正しいとは限らなくて、距離を抑えて練習の質や効率を高めたり、技術的な部分を上げていったりと、違う方向性でやっているというか。一回の練習でも70kmとか、そんなにスゴいのはやりません。最近でも長くて45kmですかね。これまでそのやり方で記録も、世界大会に出るようになってからの順位もよくなっているので、今の自分のアプローチには自信を持てています。

荒井 僕はロンドン五輪の代表選考会の前に今までで一番練習量を増やしてみたのですが…全然ダメでしたね。体調がどんどん落ちていくし、貧血っぽくなっちゃうし。結果、ロンドン五輪に出られず…。そういう実体験としての失敗をしているので、練習量がすべてじゃないというか、練習と休養のバランスをよくすることが長期的に見たら伸びると思っています。

谷井 最終的にはレースで結果を出すのが目標だから、強化期間中に「この練習をやらないとダメ」「あれができなきゃダメ」と考えるのではなく、その期間をひとつの練習としてとらえ、継続してやることのほうが大事。3人ともスタイルが違うけど、その点での方向性は同じ。

―マラソンではよく「30kmからがマラソン」といいますが、50km競歩でも距離の壁のようなものはある?

森岡 僕はもともと長い距離のトレーニングが苦手で、まず50kmも歩き切れるのかっていう不安もあった(笑)。

荒井 まさか今でも!?(笑)

森岡 でも、初めての50kmでタイムはそれほどよくなかったのですが、意外と歩けるものだなというのが正直なところありまして。ただ、35km、40kmの壁というか、そこを乗り越えていかないと記録は大きく変わります。

谷井 レース展開に変化がある場所は、だいたい20km付近で一回と、35、40kmで一回ありますね。50km競歩はスタミナ切れになった時のペースの落ち幅が大きくて、ゆっくり歩くだけで精いっぱいになってしまう選手もいれば、倒れる選手もいます。

荒井 だから、どんなに悪くても、極端にペースを落とすことなく50kmをまとめることが一番大事。

◆五輪本番レースのイメージは? この対談の続きは明日配信予定!

(取材・文/折山淑美 撮影/ヤナガワゴーッ!)

谷井孝行(たにい・たかゆき)1983年生まれ、富山県出身。33歳。高岡向陵高1年時に競歩を始める。日大、佐川急便などを経て、自衛隊に。五輪は2004年アテネ、08年北京、12年ロンドンと3大会連続出場。昨年夏の世界選手権(北京)では、50km競歩で日本人初となる銅メダルを獲得。昨年の50kmの世界ランキングは3位。167cm、57kg

森岡紘一朗(もりおか・こういちろう)1985年生まれ、長崎県出身。31歳。諫早高2年時に競歩を始める。順天堂大を経て富士通に。五輪は2008年北京、12年ロンドンに続いてリオで3度目の出場。世界選手権は05年から5大会連続出場し、11年大邱(韓国)大会では50km競歩で6位入賞。昨年の50kmの世界ランキングは9位。184cm、66kg

荒井広宙(あらい・ひろおき)1988年生まれ、長野県出身。28歳。中学で陸上部に入り、中野実高2年時に競歩を始める。福井工大、石川陸協、北陸亀の井ホテルを経て自衛隊に。世界選手権は2011年から3大会連続出場。昨年夏の北京大会では50km競歩で4位入賞。五輪出場はリオが初めて。昨年の50kmの世界ランキングは2位。180cm、62kg