“史上最低のF1ドライバー”を自称しながら、その類(たぐ)いまれなる情報発信力で今や日本のみならず、世界中でカルト的な人気を誇る、元日本人F1ドライバーのタキ井上こと井上隆智穂(たかちほ)氏。
フェイスブックやツイッターでの活躍はもちろん、ここ数年は「週プレF1解説委員」を務めるタキさんが、F1界のエグーイ現実を「ここまで書いていいの?(汗)」と、読んでいるこっちがビビりそうになるほど思い切りブチまけたのが『タキ井上が教えます! リアルな裏F1』(東邦出版)だ。
しかも、あれっ? 表紙の写真って、去年、フランスの自宅にお邪魔したときにオレが撮った写真じゃないか? おいおい、聞いてねぇーぞ……というコトで、さっそく井上氏の暮らすモナコに国際電話である(汗)。
―タキさん、ご無沙汰しております。このたびは出版おめでとうございます! しかも僕の撮った写真を、いつの間にか表紙にまで使っていただいてぇ…。
タキ いやあ、お恥ずかしい限りでして…。写真のほうはですね、僕も表紙に使われているのを知らなかったもので(汗)、イヤイヤすいませんねぇ(汗)。そもそもこの本、今から3年ほど前に一度「無期出版延期」と言われて、ほぼ立ち消えになっていた話が、急に動きだしたという感じでして(汗)。
―これまで、どこまでがホントかウソかわからない、虚実入り交じったカルトな魅力が売りだったタキさんが「F1への道」を自ら振り返るというのは画期的です。
タキ 僕はプロのレーシングドライバーとして一度も成功したことがないので、当然、サクセスストーリーは書けないわけですが、それでもグチャグチャと紆余(うよ)曲折を経て、F1の世界にたどり着いた…。そうやって誰よりも多く失敗したという点では日本一なんだから、その経験を通じて見た景色をできるだけ正直に、カッコつけずにそのまま書きました。
ですから、これまでウワサで聞いていた話と違うとか、思ったよりダサいとか、哀れだなあとか言われたりもしましたが、逆に言うと「こういう失敗さえしなければキミも勝ち組になれる」というのが、この本のコンセプトですね。
―うーん、でも本当はまだ、この本に書けなかった秘密の話も多いんじゃいないですか?
タキ まあ、そりゃねぇ…。いろいろ書けなかったこともありますよ。特に女性問題とかはあまりにグチャグチャで…。故・渡辺淳一先生も真っ青っていう世界でして(激汗)。そのあたりはまた続編で書かせていただければ…と(汗)。
可夢偉くんとの間にはまだ遺恨もある
―それにしても驚くのがその内容の生々しさです。ドライバーやチーム関係者の実名はもちろん、飛び交うお金の「金額」までガンガン出てくる。特に2012年シーズン、F1チームのザウバー残留が危ぶまれていた小林可夢偉(かむい)選手に関するくだりは「こんなに大っぴらにして大丈夫?」と、あふれる冷や汗でページがグショ濡れになりそうでしたよ…。
タキ 可夢偉くんがザウバー残留で苦戦していた12年当時、僕と彼の「どっちがウソついているのか」といわれていましたが、現実はこの本に書いたとおりです。あの時、僕は彼が「もう1年だけ」ザウバーに残留できるスキームを考えていて、そのための資金もあったのに、結局、彼は僕の提案に乗ることはありませんでした…。
もちろん、今でも彼との間には遺恨も残っていますし、この話を以前、ウェブサイト『トーチュウF1エクスプレス』に連載している自分のコラム「タキ井上のブラックフラッグ」に書いた時は、可夢偉くんの関係者からクレームがきて、そのコラムはすぐに削除されちゃったのですが、誰がなんと言おうと事実は事実です。
一応、この本の出版社には「これについて書くとモメるかもしれませんよ」とお伝えしたのですが、「全然問題ありません」と言われたので、そのまま書いちゃいました。
―もうひとつ、この本がすごいのは日本のモータースポーツを取り巻く環境がいかに特殊でいびつなモノなのか、特に日本の自動車メーカーによる「ドライバーの育成プログラム」の問題点をキッパリと指摘している点だと思います。それはまさしく、この本の副題「~誰が日本人を潰すのか~」という問いの、非常に手厳しい答えでもあるわけですが…。
タキ 本当にF1で活躍するような日本人ドライバーを育てたいのなら「金は出しても口は出すな」と言いたいですね。ホンダもトヨタも「ドライバー育成プログラム」を本社で担当しているのはレースのことなど何もわかっていない素人のサラリーマン。その「育成プログラム」の目的は、いつしか優れたドライバーを育てるというものではなく、育成プログラムを中心とした、彼らの既得権益を守ることへ変化しているというのが現実です。
また、ドライバーの側もそうした自動車メーカーを中心とした「ガラパゴス的」な日本のモータースポーツ界のサラリーマン感覚に染まってしまい、本業はレースなのにまるで「終身雇用」みたいな考え方が染みついて、次第にダメになってゆく。
そんな生ぬるい環境から本当に世界で活躍するドライバーが出てくるはずがありません。
F1チームを買おうとしていた?
―ちなみに、一番ビックリしたのは巻末の「エピローグに代えて」で、ただの「あとがき」なのかと思ったら、タキさんがこれまで何度か「F1チームを買おうとしていた」という衝撃の事実にぼうぜんとしました。ってゆーか、第3期ホンダF1(02年から08年)が撤退した後の「ブラウンGP」の買収交渉を進めていたって、マジで事実なんですかあ…?
タキ もちろん、全部ホントですよ。その後、トロロッソやロータスの買収をF1界のボス、バーニー・エクレストンを介して持ちかけられました。
ただね、バーニーが持ってくる話はいつも「おまえ、チンチンに熱い風呂に入る気はないか?」みたいなのが多くて(汗)。誰も怖くて飛び込めないようなキッツイ条件出してきて、「それでもやります! 飛び込みます!!」ってヤツがいたらやらせてみよう、っていうのが彼の考え方。
そりゃもう、たとえるなら『TVジョッキー』の熱湯コマーシャルみたいな世界…って、ちょっと古すぎますか(汗)。
(インタビュー・文・撮影/川喜田研)
●井上隆智穂(いのうえ・たかちほ) 1963年9月5日生まれ、兵庫県神戸市出身。イギリスでジュニア・フォーミュラを経験した後、全日本F3選手権および国際F3000選手権を経て、1994年にシムテックからF1デビュー(スポット参戦)。95年には日本人4人目のフル参戦F1ドライバー「Taki Inoue」としてアロウズで活躍。2001年には若手の育成を目的にレーシングチームを設立し、以降、水先案内人として活動。近年は「タキ井上」として雑誌や新聞やSNSを通じて情報を発信する
■『タキ井上が教えます! リアルな裏F1~誰が日本人を潰すのか~』東邦出版 1389円+税 井上氏自身のF1デビューまでの道のり、小林可夢偉との「遺恨」、日本のドライバー育成システムの真実、F1マネーの生々しい裏側を明かす。また、本書には「タキ井上語録」も収録。「成功とは程遠い人生だったから、多くの成功者を眺めてきた。モータースポーツに限らず、すべての世界でトップを目指すヒントがココにある。毎日5回写経するように」と井上氏