「作者はきっと、正義漢なのだろう」
木村元彦(ゆきひこ)という書き手の作品を読むと、多くの人がそう想像するに違いない。
木村の名著として知られる『誇り ドラガン・ストイコビッチの軌跡』、ベストセラーになった『オシムの言葉』、我那覇(がなは)和樹のドーピング冤罪事件を掘り下げた『争うは本意ならねど』など、いずれの作品も埋もれかけた事象や人物に光を当てている。
するとそこに、仰天すべき事実が鋭い観察力と粘り強い取材力によって暴き出されるのだ。木村は書き進める中、“悪玉”に一太刀を浴びせ、返り血に赤く染まりながら、さらに剣を振る。最新刊『徳は孤ならず』も、その“斬撃”は冴え渡る。
―木村さんは政治、民族、差別など様々なジャンルを書かれています。その中で、サッカーを描く面白さとはどこにあるのでしょうか?
木村 サッカーによって“可視化される世界”があることですかね。例えば、今年6月にアブハジア共和国(ジョージアから事実上独立状態も、日本など多くの国が今も未承認)でConIFA(独立サッカー連盟)主催の世界大会が開催されました。FIFA(国際サッカー連盟)に加盟していない国や民族の大会です。北キプロスなど12チームが参加しました。
アブハジアは外務省から退避勧告が出されている国ですが、アブハジアで開催されるからこそ意味がある、と僕は行くことにしました。「世界のなかったことにされている場所でもサッカーはあるんだ」と。東アジアからはFCコリア(在日コリアンのクラブ)が統一コリア代表として参加しています。12チーム中7位でしたが、現地では大人気でしたよ。
―世間で見えなくなっているものを見えるようにする。それが木村さんの作品を特別にしているんですね。
木村 ストイコビッチについて書いたときも、彼がなんでぶち切れていたのか、を考えました。そこには「セルビアの悪玉論が西側メディアによって流布されている」という現実があったんです。オシムさんが来たときも、彼を通じて旧ユーゴの内戦、崩壊が見えてきた。彼らによって、不可視だったものが可視化されたんです。ただし、政治的なものによりすぎたり、無理やりサッカーをくっつけてもダメ。“サッカーでしか見られないもの”を見据えて書かないと。
“育将”今西和男さん解任の真実
―その意味では、最新刊『徳は孤ならず』も知られざる事実がどんどん暴き出されていきます。昨季、Jリーグ王者のサンフレッチェ広島の森保一(もりやす・はじめ)監督、今季旋風を起こしている川崎フロンターレを率いる風間八宏(やひろ)監督ら多くの指導者や選手を育てた“育将”今西和男さんが、悪意にからめとられていきます。
FC岐阜というクラブのために全身全霊で働き、スタッフの信頼も厚かった今西さんが、なぜこんなひどい目に遭ったのか。クラブライセンス事務局から、「経営に消極的」というあいまいで理不尽な評価で人事介入され、前任の経営者がつくったチームの負債1億5千万円の保証人を押しつけられたまま、最後はパスまではぎ取られて追い出されます。不当な政治介入により、今西さんとスタッフたちの人生は大きく傷つけられました。そしてこの事実をほとんどの人が知らない。
木村 内実は僕も知らなかったんです。2014年の年明けに、電通の方から連絡がありました。広告の話かと思ったんで「一応、ジャーナリストとして、その手の仕事は引き受けていない」とお断りしました。でも、食い下がる方で「断られてもいいから話だけ聞いてほしい」と。
それで会うと、「今日はひとりの岐阜の人間として来ました」と言うので、なんだろうと思っていたら、「今西さんを2年間見てきて、このままでは経営者失格とだけ世間で記憶されてしまう。それは我慢できない。どうか真実を本にしてほしい」と。それで独自に岐阜に取材に行ってみました。
すると、Jリーグの大河正明ライセンサーがクラブライセンスの交付を盾に行政を脅して今西さんを解任させた事実が見えてきたんです。しかも地域貢献活動や経営者に対しての客観評価ではなく定性的評価。解任要求を大河氏はインタビューでは否定していましたが、証拠となるメールや文書が出てきたとき、これは伝えなきゃと確信しましたね。内部の情報提供についてはそれだけ大河氏の卑劣なやり方に憤っていた人が多かったんです。
そんな彼は今ではバスケット界のチェアマンに出世している。この本は単なるゴシップやスクープではなく、ライセンス制度の再設計になればと。Jリーグは“百年構想”を謳(うた)っているわけですから。これを反省しないと地方重視どころか許認可権を振りかざす中央官庁のような体質になりますよ。
―前半は、今西さんの半生と彼の育てた選手、指導者の話ですが、後半はFC岐阜の“ブラックボックス”を開くことになります。
木村 ふたを開けると、クラブライセンス事務局の暴挙が発覚しました。弱い立場の地方クラブを電話で怒鳴りつける。気に食わない経営者を行政とつるんで追い出す。しかも職員はその権力行使を酒席で自慢していたという。問題は、この件はJリーグがチェアマンも含めて何も知らされていないこと。独立した第三者機関という建前から議事録も公開しない。
パワハラのひどさに憤怒した
―悪事を糾弾するパートから一気に筆が走りますが、怒りがエネルギーだったんでしょうか?
木村 今回は正直、書いてて筆が止まりました。知れば知るほどあまりのパワハラのひどさに憤怒しました。なんの罪もない人たちを、選手を激励するエリアからも追い出したわけですから。逆に言うと、当事者はもっと悔しかったはずです。今西さんのほかにも、辞めざるをえなかったスタッフたちもいるので。
―今西さんは今も沈黙したまま。その無念さは計り知れません。
木村 今西さんは、人を育てたという意味では川淵さん以上の貢献をサッカー界でしてきた方ですよ。オフトを呼び、森保さんから森山(佳郎[よしろう])さんまで多くの指導者や選手を育成しているのに、まったく偉ぶらない。そんな人が岐阜を追われて鬱(うつ)のような状態にもなってしまって。きっと「自分は人生で何をやってきたんだろう」と思ったでしょう。
―その良心が“木村節”の神髄なのかと。
木村 そんな立派なものではないです。でも、ものを書いているモチベーションってなんだろうと考えると、調査報道でこれは後世に残さないといけない、と感じたときだと思います。我那覇君の件も、あのままだと誰も彼の勇気に気づかずに終わっていました。スポーツはまさにフェアで対等であるべき世界。自分はたいした人間ではないですが、原発も高江もレイシズムも、強大な組織や権力が無垢な人たちを踏みつける理不尽だけは許せないんです。
●木村元彦(きむら・ゆきひこ) 1962年生まれ、愛知県出身。ジャーナリスト。中央大学文学部卒業。東欧やアジアの民族問題を中心に取材や執筆活動を行なう。著書に『誇り ドラガン・ストイコビッチの軌跡』『悪者見参』(いずれも集英社文庫)など多数。『オシムの言葉』(集英社インターナショナル)で、 第16回ミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞
■『徳は孤ならず 日本サッカーの育将今西和男』集英社 1800円+税 森保一、高木琢也、風間八宏、上野展裕。その門下生から次々と「名将」が輩出されるのはなぜか。そして、請われてGM、社長まで務めたFC岐阜から、志半ばで去ることになった裏には、何があったのか―。実業団からJリーグへ発展していく激動期に、驚くべき手腕で日本サッカー界の人材を育てた男の軌跡をたどる
(取材・文/小宮良之 撮影/山上徳幸)