灼熱の甲子園球場で、ドラフト戦線に異状があった。
今夏の甲子園は「BⅠG3」と呼ばれる3投手が大会前からスカウト陣の注目を集めていた。履正社(大阪)の左腕・寺島成輝、横浜(神奈川)の右腕・藤平尚真、花咲徳栄(埼玉)の左腕・高橋昂也の3人だ。
「寺島と藤平は大会が始まる前からAクラスでした。寺島はいずれプロの先発ローテーションに入る力がある先発完投型の投手。藤平はバランスのいい体格で素晴らしい潜在能力を持っています。ふたりとも甲子園でも評価は変わっていません。
高橋は夏の埼玉大会から一気に良くなった。ストレートだけでなく変化球もすごい。点を与えることなく、完璧な投球でしたね。甲子園の初戦では今ひとつだったけれど、いい時の姿を見ているから評価を下げることはありませんよ」(巨人・山下哲治スカウト部長)
ところが、その構図に割って入ってきた存在がいる。作新学院(栃木)のエース右腕・今井達也だ。
今井は8月12日の初戦・尽誠学園(香川)戦で衝撃的な投球を見せた。9回を投げて13三振を奪い、5安打完封勝利。浮き上がってくるような最速151キロのストレートに、ストレートと同じ軌道から曲がってくるスライダー。そして左打者のインコースを正確かつ果敢に突く投球に多くのスカウトがうならされた。
前出の山下スカウト部長も驚きを隠さない。
「栃木大会でも見たけど、甲子園ではさらに今までで一番のボールを投げていた。ボールが伸びてくる、いい球質をしています。寺島、藤平、高橋の3人の並びに入ってくるでしょうね」
広島の苑田聡彦スカウト統括部長は大会開幕当初「3人(寺島、藤平、高橋)とも期待していたほどじゃなかった」と渋い顔で話していたものの、今井が投げた翌日は明らかに興奮した様子だった。
「甲子園が始まる前はBIG3の下くらいの位置付けで、あんなにいいと思わなかった。ボールの速さ、キレ、コントロール、スライダーの精度、腕の振り、将来性…僕はBIG3といわれる3人よりいいと思いました。ただ、その3人も初戦は悪かったけど、次の試合でどうなるか見てみたいですね」
新たなドラフト1位候補が誕生
今井の投球ぶりにはメジャーリーグのスカウトも注目している。アトランタ・ブレーブスの大屋博行スカウトも「天下一品ですよ」と手放しで賞賛する。
「球足が長く、回転の効いた上質なストレートを投げます。バッターの手元で曲がるスライダーも素晴らしい。体重は72キロとサイズ的な伸びしろもありますし、筋力がついたらもっとすごい投手になりますよ」
今井本人は「今日は出き過ぎ」と試合後に語っていたものの、新たなドラフト1位候補が誕生したことは間違いない。
他にも名前が挙がったのは投手ばかりだった。甲子園で最速152キロをマークしながら盛岡大付(岩手)の猛打の前に敗れた高田萌生(創志学園・岡山)、総合力の高い投手としても、長打力のある打者としてもプロ入りを狙える藤嶋健人(東邦・愛知)、しなやかで強靭な左腕からキレのあるストレートを投げ込む堀瑞樹(広島新庄・広島)。
さらに、ナイジェリア人の父を持つ196センチ右腕・アドゥワ誠(松山聖陵・愛媛)については、大屋スカウトが素材を高評価した。
「ピッチャーゴロへの咄嗟(とっさ)の反応を見ていると、反射神経を含めた運動能力の高さを感じます。まだまだ速くなるピッチャーでしょう。今はボールのバラつきがありますけど、これからトレーニングや経験を積んでいくことで大きく伸びるはず。日本とアメリカでは育成やトレーニングのスタイルが違いますから、まずは日本のプロ野球に入って力を伸ばしてもらうのがいいと思います」
野手については、山下スカウト部長が「九鬼隆平(秀岳館・熊本)、古賀優大(明徳義塾・高知)のように体型がよくて肩の強い捕手はいたけど、全体的には少なかった」と語るように、やや寂しい反応だった。
そして、最後にもうひとり。大屋スカウトが「今井くんとともに伸びしろがあるという意味では3人(寺島、藤平、高橋)より上じゃないですか?」と語ったのが、高川学園(山口)の山野太一だ。
山野は身長167センチ、体重61キロの小柄なサウスポー。甲子園では初戦で寺島を擁する履正社に1対5で敗れている。この小さな左腕にどんな可能性を感じたのか?
「スピンの効いたすごいボールを投げていました。立ち上がりは気負って2回に4点を取られてしまいましたが、3回以降は『どこまで曲がんねん!』というスライダーを投げて履正社打線を抑えていました。いずれはリリーフでいくタイプでしょう。僕のイチオシです」
49代表校がすべて甲子園に登場し、大会はいよいよ終盤戦に突入していく。その優勝争いとともに、新星の出現によって活気を増したドラフト戦線からも目が離せない。
(取材・文/菊地高弘 撮影/大友良行)