今夏初登板がいきなり甲子園のマウンドとなった鈴木。133球の熱投で勝利を手にした

喜びよりも驚きの方が上回っているようだった。

「オレの見る目がなかったってことなのかなぁ…」

8月17日の東邦(愛知)戦、聖光学院(福島)の斎藤智也監督は、大きな賭けに出た。前の試合で「4番・センター」として出場し、この夏、福島大会を通じて一度も登板のなかった鈴木駿輔を先発のマウンドに送り込んだのだ。

すると、その鈴木は最速142キロの力強いストレートを軸に予想をはるかに上回る好投を見せ、全国優勝4回を誇る名門を相手に5-2で完投勝利を収めた。

「今まで見た中で、一番の出来。練習でも見たことがない。4-4とか5-5ぐらい(のスコア)で、二巡目ぐらいまで投げてくれれば上出来だなと思っていたから」

鈴木は前年秋の新チーム結成時、エース候補として期待されていた。しかし、なかなか結果を残せず、夏本番を迎える前に「(他の)野手の信頼を得ることができなかった」(斎藤監督)と野手に専念することになった。

今年の聖光学院は「打高投低」型。鈴木が伸び悩んだこともあり、ずっと投手陣のやりくりに苦労してきた。それでも何とか甲子園出場を決めた後で、鈴木が「少しでも力になりたい」と、斎藤監督に投手復帰を直訴してきたという。

とはいえ、まともな投球練習を開始したのは12日のクラーク国際(北北海道)戦が終わってから。斎藤監督はそんな鈴木の球筋に目を見張った。

「なんでこんなにいいんだろう、って。こっちから『やれ』じゃなくて、自分で『やらせてください』って言ってきたのがよかったのかな。プライドが邪魔して伸び悩んでいるところがあったから」

100%以上はないと思っていたんですけど…

東邦は投打の柱としてプロ注目の藤嶋健人がいる大型チームで、2回戦の八戸学院光星(青森)との試合では、終盤に7点差を逆転して勢いに乗っていた。試合前日のミーティングで斎藤監督は、自分たちがいかに不利な状況にあるかをこんこんと説いたという。

「背水の陣だとか、100人中99人はうちが負けると思っているぞ、という言葉を浴びせた。そうすることで、アウトになってもいいから走れとか、リスクを恐れない気持づくりをした。自分たちが弱いということを認めることで立ち向かっていけるからね」

その「気持ち作り」の総仕上げが、通算13回目の出場となる夏の甲子園で一度も試したことのない福島大会未登板の投手を先発させるという奇襲だった。

「初回は1点ぐらい取られて来いって言って送り出したのに、いきなり3人でピシャリだからね。わからないもんだよねえ…」

聖光学院は目下、福島大会を10連覇中。とはいえ、斎藤監督が「全国では、まだひよっこだよ」と言うように、今大会では優勝候補として名前が挙がることも少なかった。だが、始まってみれば、強豪を撃破してのベスト8進出という堂々たる成績を残した。

甲子園で躍進するチームには、ひとつの傾向がある。ある時を境に、監督の想像を超えて選手が成長し始める。そして、それを監督が見逃さない。2007年、全くの無名だった公立高の佐賀北が優勝して「ミラクル」と呼ばれた時、百﨑敏克(ももざき・としかつ)監督はしみじみと語っていたものだ。

「2回戦ぐらいだったかな。このチームは、もうオレの手を離れ始めているなと思った。ここからは、監督が野球をやり過ぎないようにしたほうがいいと…」

斎藤監督も、百﨑監督と同様の言葉を残している。

「帰ったら、選手たちに『こんな試合ができちゃうんだ』って言ってやりたいですね。今まで100%以上はないと思っていたんですけど、100%以上になりましたね」

斎藤監督は続く準々決勝でも鈴木を先発させた。結果は3‐7で初のベスト4進出はならなかったが、鈴木をはじめ聖光学院ナインは十分に力を出し切った。来年の夏、聖光学院がさらなる「ミラクル」を起こしてくれることを期待したい。

(文/中村計 撮影/大友良行)