フィールドに立つ限りはニコリともしないイチロー フィールドに立つ限りはニコリともしないイチロー

来年3月に迫った第4回WBC。世界一奪還を目指す侍ジャパンの小久保監督は「メジャーリーガー全員と会う」と話し、イチローとの直接会談も示唆。今後、強まっていくであろうWBC出場待望論にイチローはどんな答えを出すのだろうか――。

そこで、前編記事「WBCの本質を理解していたイチロー。出場オファーへの答えは?」に続き、メジャー3000本安打のヒットマンが、これまで『週刊プレイボーイ』本誌に語ってきた「イチロー語録」を改めて繙(ひもと)く!

■藤浪と大谷。ふたりの中学生が見たイチロー

イチローが躍動した日本代表は第1回のWBCで、見事、世界一に輝いた。イチローが「挑戦だった」と表現したこの大会、感情を顕(あら)わにする変貌したイチローがクローズアップされていたが、じつはこのときのイチローには二つの顔があった。一つの顔は、チームをまとめて世界一を目指す“リーダーとしてのイチロー”。もう一つの顔は、個人としてメジャーリーガーを圧倒し、アメリカを倒そうとした“プレイヤーとしてのイチロー”だ。

「僕にとって、WBCでの新しい挑戦は、実質的にも見た目にもチームの中心になるということでした。ユニフォームを着ているときには決して表現してこなかった自分、たとえば仲間が打ったとき、ベンチで喜ぶ自分をあえて表に出してこのチームを一つにしようとしました。ああいうイチローもありなんです(笑)。ただ、自分が打ったときには表現しません。ヒットを打って喜んだり、アウトになって悔しがったりは絶対にしなかった。そこは譲れません」

最高の場面でホームランを打っても、大事な局面でタイムリーを放っても、フィールドに立つ限りはニコリともしない。その姿は、メジャーで頂点に立った彼のプライドを具現化していた。つまり、ダグアウトには熱きリーダーのイチローがいて、フィールドには誇り高きプレイヤーとしてのイチローがいたというわけだ。

そんなイチローに刺激を受けた西岡剛や川﨑宗則、青木宣親らが、やがてメジャーに挑んでいく。イチローだけでなく、同じグラウンドで戦ったアメリカのメジャーリーガーたちを肌で感じ、アメリカの環境に心を震わせた。たとえば1994年生まれの大谷翔平藤浪晋太郎はこのとき、小学5年生。第2回のWBCのときは、中学2年生だった。大谷と藤浪がこんな話をしていたことがある。

中学生の大谷と藤浪が見つめていた、あのとき

大谷「イチローさんが決勝でタイムリーを打ったのは、僕らが中2のときだったかな」

藤浪「中2の終わり頃だね」

大谷「僕、あの日は練習してて、いつもなら夕方の5時くらいまでやるんだけど、決勝があるから早く上がって見ようか、みたいな感じで……確か、家で見てたかな」

藤浪「ナイターだった?」

大谷「え、違った?」

藤浪「日本の昼でしょ。授業中にワンセグで見てたよ」

大谷「ワンセグ? 中学生で?(笑)」

藤浪「決勝かどうかは覚えてないけど、WBCは授業中にワンセグで見てた(笑)」

その第2回のWBCはイチローにとって忘れられない大会となった。極端な不振に喘(あえ)いだのである。準決勝までの8試合で38打数8安打、打率.211。得点圏打率は13打数2安打、.154まで下がってしまった。

だからイチローは送りバントをしようとした。もちろん、一度もサインは出ていない。それでもイチローはバントを試みた。しかも5度も……自らの意志で実行したこの5度のバントが、イチローの葛藤を象徴していた。そしてイチローは、第2回のWBCで優勝を決めた延長戦での決勝タイムリーについてこう話していた。中学生の大谷と藤浪が、岩手と大阪で見つめていた、あのときのことをーー。

「あの最後の打席では、『ここで三振ぶっこいて負けたら、ホントにオレの過去は何もかもがなくなるな』って思っていました。僕があのWBCで最後にヒットを打って、『おいしいとこだけ頂きました』と発言しましたが、あの状況がおいしいわけがない。ああは言ったものの、僕の野球人生、将来も過去も含めて、あれはすべてを打ち消してしまう可能性のある打席だったんです。あれをおいしいところだと思えるのは、恐怖と戦ったことがない人でしょう」

イチローはこのときを最後に、日本代表のユニフォームには袖を通していない。

今の時代、誰が侍の心得をわかっているんですか

■“それ”を作れば“彼”はやってくる

“If you build it, he will come.””

これは、映画『フィールド・オブ・ドリームス』の有名なフレーズである。それ(it)を作れば、彼(he)がやってくる―それ、を“日本代表”に置き換えれば、彼、とはきっとイチローだろう。現状、日本球界のトップチームと位置付けられている『侍ジャパン』と、メジャーリーグでプレーする日本人メジャーリーガーを加えた『日本代表』との間には、一線を画すべきだと個人的には思っている。

現在の侍ジャパンはトップチーム、社会人、U-21、大学、U-18、U-15、U-12、女子も含めたすべての世代の日本代表を総称し、世界最強になることを目指して戦っている。同時に侍ジャパンを常設化することで、日本代表の強化と野球振興のためにビジネスチャンスを模索する。プロとアマの垣根を取り払い、財源の乏しい日本の野球界に侍ジャパンを活用しようという、その創設の目的には何の異論もない。

ただ、WBCやオリンピックを戦う“日本代表”と、今の侍ジャパンは別のチームであってほしい。要は、侍ジャパンは最強の日本代表を生み出すための重要な供給源であればいいのだ。侍ジャパンのトップチーム、イコール、日本代表ではない。侍ジャパンのトップチームは、あくまでもNPB代表であって、彼らに加えて、MLBをはじめとする世界各国のプロ野球でプレーする日本人選手を含めた最強のメンバーが、日本代表でなければならないはずだ。イチローはかつて、侍ジャパンについてこう言っている。

「どう呼んで欲しいとかって発表する必要性が僕にはわからないんです。そういうものは作るものではなく、周りによって作られていくものでしょう。形を先に決めるっていうのは、そこに縛られる可能性を生む要素ですから、あまり縛られたくはないですね。選手が刀を持って出て行くわけでもないし、今の時代、誰が侍の心得をわかっているんですか。なのに、自分たちのことを“侍”だなんて……それでも“侍”で行きたいっていうなら、最初のミーティングで全員がちょんまげにして、こっちから仕掛けていくくらいの気持ちでいけばいいんじゃないですか(笑)」

第4回WBCのベースは、侍ジャパンの選手たちで構わない。そこへ、ピッチャー1人、野手1人の日本人メジャーリーガーを加えて、そのチームを真の“日本代表”とする。実際、アメリカで行なわれる準決勝、決勝だけに参戦する助っ人外国人のような扱いでも構わない。二人の日本人メジャーリーガーは、大一番でとてつもない存在感を発揮するはずだ。そのピッチャーは、ダルビッシュ有でも田中将大でも岩隈久志でも、メジャーリーガーをビビらすことはできるだろう。

しかし、ここは敢えて上原浩治を推したい。体調さえ万全なら、上原の顔はメジャーリーガーを圧倒するだろうし、140kmのまっすぐとフォークだけでメジャーリーガーを手玉に取る上原のピッチングスタイルは、日本の若い投手陣の刺激になるはずだ。

そして野手は、イチローをおいて他にいない。何としても大谷や山田に、イチローを味わわせてみたいのだ。イチローと上原が先頭に立った若き日本代表は、アメリカの大舞台でも臆することなく、そのポテンシャルを発揮するだろう。そうすれば、世界一奪還はグッと近づくはずだ。だからこそ、すぐにでもイチローを口説くための“it”、真の日本代表を立ち上げて欲しいのだが、果たしてーー。

(文/石田雄太 撮影/小池義弘)