選手強化の改革の成果を、全階級でメダル獲得という最高の形で示した、柔道男子監督の井上康生。大会を終え、取材陣を前に「男泣き」する場面も

リオ五輪で日本柔道は、男女合わせて12個(金3、銀1、銅8)のメダルを獲得した。とりわけ4年前のロンドン五輪で史上初めて金メダルゼロに終わった男子は全階級でメダルを獲得する大躍進だった。

全日本柔道連盟の副会長で、全日本チームの強化委員長も兼任する山下泰裕氏は大会終了後、こう総括した。

「過去最高の10個を上回って、選手もコーチもよく頑張った。本音を言うと、もう少し金メダルが欲しかったが、今の海外選手のレベルは、私が32年前にロスで戦った頃とは比較にならないくらい上がっている。アルゼンチンやコソボの選手が金メダルを獲るようになり、日本選手より強いシード選手でも、銅メダルを獲って涙を流している。楽な試合はひとつもないですよ」

今大会でメダルを獲得した国は26ヵ国と過去最多。日本は銅メダルの数の多さが目立つものの、準決勝や準々決勝で優勝候補と対戦し「逃げ切られた」ケースがほとんど。そこを覆(くつがえ)す力をつけるのはこれからの課題だが、予期せぬ相手に敗れたり、調整に失敗したりするような「ポカ」はなかった。金メダルの夢破れても、多くの選手が敗者復活戦や3位決定戦を勝ち上がった点は評価されるべきだろう。

ロンドン五輪後、男子は篠原信一監督が惨敗の責任を取る形で辞任し、女子はパワハラ問題によって園田隆二監督も辞任。体制は一新され、男子は井上康生(こうせい)が、女子は南條充寿(みつとし)が監督に就任する。

前体制では頻繁(ひんぱん)に強化合宿が行なわれていたが、ひたすら走り込みを課し、午前は寝技、午後は乱取りといった単調なメニューだった。

数人のコーチがチーム全体を指導するシステムで、選手たちには「本当にこれで世界と戦えるのか」という不安と不満が渦巻いていた。当時、特別コーチを務めていた井上は、首脳陣に「担当コーチ制の導入」を何度も提案したが実現はせず、選手と首脳陣の間で板挟みに遭っていた。

監督就任後、胸の内にあった改革を断行

監督就任後、井上は南條と協力し合いながら、胸の内にあった改革を断行していく。合宿ごとに「技術合宿」「基礎体力向上のための合宿」などテーマを決め、軽量級や重量級が分散して合宿を行なうこともあった。担当コーチ制が導入され、コーチが選手の所属先に顔を出して指導することも増えた。選手の所属先と良好な関係が築け、連携した動きが生まれていく。

また、オーバーワークを避けるために、世界選手権に出場した選手には、秋に行なわれる講道館杯の欠場を許可した。出場を義務づけていた前体制のように、ケガを抱えたまま出場してさらに悪化させる不運な選手は減少。選考基準も直近1、2年の成績を重視し、選手がより「平等」と感じられるものになった。

12個のメダルは、全日本チームの強化策が功を奏して獲得したもの。井上は全日程が終了した後、こう話した。

「選手が精いっぱい戦ってさえくれればと、結果はあまり気にしていませんでした。されど、苦しい苦しい戦いの連続で、それでも最後まで諦めず戦い抜いて全選手がバトンをつないでくれた。これからまた新たなスタート。気を引き締めていきたい」

すでに気持ちは4年後、東京五輪に向いている。

(写真/日本雑誌協会)