代打の1打席で1本ヒットを打つ、いわゆる“1の1”は、スタメンでの“4の4”より難しいと語っていたイチロー

メジャー3000本安打に到達した世界一のヒットマン・イチローが、これまで本誌に語ってきた「イチロー語録」をあらためて繙(ひもと)く!(前回記事→「メジャー通算3000安打達成までの胸中をイチローが語る『人に会いたくない時間もありました』参照)

■イチローの“想い”をとらえた一枚の写真

結局、イチローが3000本を打ったのは、地元のマイアミではなかった。由緒ある歴史を誇るシカゴのリグリー・フィールドでもなかった。メジャーの中でも球場の雰囲気が地味で、人気があるとはいえないロッキーズの本拠地、クアーズ・フィールドがその舞台となった。

しかしデンバーでは1996年に野茂英雄が初めてノーヒット・ノーランを達成している。2007年、松坂大輔がワールドシリーズに勝って世界一を決めたのもデンバーだった。そう考えると、この物語も野球の神様がいざなってくれたのではないかと思えてくるから不思議だ。

イチローイズムの検証ーー例えば15年前、イチローは週プレのインタビューの中でこんな発言をしている。

「去年(2001年)の秋に行ったクーパーズタウンにある野球の殿堂でも、殿堂に飾られたレリーフよりも、昔の選手が実際に使っていたバットとかシューズとかスパイクとか、そういうものに触れることの方がいろんなことを感じられました。レリーフの周りの空気はどの選手も一緒ですけど、“もの”には独特の空気があるじゃないですか。タイ・カッブのグラブにも触ったんですけど、もう薄くてペラペラで、今の野球とはとても比べられないような印象ですよね」

イチローはメジャー1年目のオフ、マンハッタンから車で4時間かけて、クーパーズタウンの野球殿堂と博物館を訪れた。あれから15年、イチローはメジャーの球史にいくつもの轍(わだち)を刻んできた。そのたびにクーパーズタウンに、イチローゆかりのグッズが増えていった。そして今回、3000本を打ったイチローが身につけていたユニフォームとスパイクが寄贈された。古(いにしえ)から続くアメリカ野球の歴史に、もはやイチローはなくてはならない存在となっている。

球史が机の上で綴(つづ)られた物語ならば、マイアミでの大歓声に包まれるイチローや、リグリーの蔦(つた)に映えるイチローを描いてしまったことだろう。しかしデンバーにはそんな空想を吹き飛ばす、クッキリとした鮮烈な空気が存在していた。イチローがかっ飛ばした白球は青い空にひときわ映えていた。そして二塁ベースを蹴って三塁へ向かうイチローを、傾き始めた陽射しが鮮やかに照らしていた。

三塁側のベンチにいたチームメイトは、イチローを三塁ベースの近くで取り囲んだ。想像を超える、スリーベースヒットでの記録到達―その瞬間、素の想いが表情に滲に じんだイチローを、三塁側のカメラ席に陣取っていた田口さんが撮り逃すはずもない。そこで切り取られたワンカットには、現場の空気を共有した者にしか伝わらないイチローの“想い”がぎっしり詰め込まれていた。イチローはこうも言っていた。

「この2週間強、犬みたいに歳(とし)を取ったんじゃないかと思うんですけど(苦笑)、達成した瞬間、あんなにチームメイトが喜んでくれて、ファンの人た ちが喜んでくれた……僕にとって3000という数字よりも、僕が何かをすることで僕以外の人たちが喜んでくれることが、今の僕にとって何より大事なことだ ということを再認識した瞬間でした」

50歳現役」でも揺るがないイズム

■50歳現役」でも揺るがないイズム

ピート・ローズの記録を日米通算で越えて始まった約2ヵ月間の“3000本祭り”は、ようやく幕を下ろした。しかし、お祭り騒ぎに振り回されまいとしていたイチローの日常は、今も続いている。3000本を成し遂げて満足感を味わってしまうと、前へ進むための次のモチベーションはどこにあるのかと訊きたくなる。そして、そんな問いにイチローはこう答えた。

「えっ、達成感って感じてしまうと前に進めないんですか。達成感とか満足感は、味わえば味わうほど前に進めると僕は思っているので、小さなことでも満足するのはすごく大事なことだと思うんです。だから僕は今日のこの瞬間、とても満足ですし、それを味わうとまた次へのやる気、モチベーションが生まれてくる……そもそもバッティングってうまくいかないことが多いじゃないですか。成功率が7割を超えなくてはいけないとなったら辛(つら)いと思いますけど、3割でよしとされる技術なんで、自分の“志”さえあれば、その気持ちが失われることはないと思います」

2998本目のヒットと2999本目の間には11個のアウトがあった。2999本と3000本の間には4個のアウトがあった。3000本と3001本の間にも3本の凡打があった。イチローの“志”に宿る炎は、今も変わらず焚(た)きつけられている。

西暦2024年10月22日、イチロー、51歳の誕生日―50歳まで現役を現実のものとしてこの日を迎えることができたとしても、おそらくそんな“イチローイズム”は、揺らいでいることはないはずだ。

「達成感を味わうほど前に進める」と語るイチローの挑戦に終わりはない

◆この全文は『週刊プレイボーイ』37号の連載「イチローイズム再検証 vol.9」にて掲載。是非こちらもお読みください!

(文/石田雄太 写真/田口有史)