遺伝子操作から東洋医学を悪用した手法まで…。東京五輪に向け、検査方法が確立されていない新手のドーピング対策が急務となっている 遺伝子操作から東洋医学を悪用した手法まで…。東京五輪に向け、検査方法が確立されていない新手のドーピング対策が急務となっている

日本人選手のメダルラッシュに沸き、歓喜のうちに幕を下ろしたリオ五輪だが、4年後の東京五輪にズシリと重い宿題も残した。

開幕前、反ドーピング活動を推進する国際組織、世界反ドーピング機関(WADA)が報告したロシアのドーピング問題。それは国家ぐるみの薬物使用と隠ぺい工作の実態を伝える驚愕の内容だった。

検査をすり抜ける新技術の開発と取り締まりの“いたちごっこ”はし烈さを増すばかりだ。リオ五輪では一部の選手が筋肉増強作用があるテストステロンを使用していたことが発覚したが、4年後の東京五輪では「遺伝子ドーピングが主流になる」と懸念されている(前編記事参照)。

遺伝子ドーピングとはどんなものか? 反ドーピング活動を推進する国際組織、世界反ドーピング機関(WADA)直轄の監視委員会に所属するメイ・ヨコヤマ博士がこう話す。

「遺伝子ドーピングの技術開発はロシアが盛んです。現在はPEPCK-Mという“骨格筋遺伝子”が注目され、これを使えば筋力は通常時の2.5倍、持久力は12倍になるとされています」

ほかにも、五輪の短距離選手の多くが持っているとされるスプリンターの遺伝子「577R」、筋肉増強遺伝子「IGF1」といった“スーパー遺伝子”が確認されているという。

こうした遺伝子をどんな手法で体に組み込むのだろう。ドーピング防止を目的にアスリート向けに薬の指導を行なうスポーツファーマシストの遠藤敦氏がこう話す。

「ウイルスを使うのが代表的です。ウイルスは自分たちだけでは増殖できず、寄生する相手細胞に潜り込んで自らの遺伝子を広める性質があります。この特性を利用し、IGF1などの改変遺伝子を仕込んだウイルスを選手の体内に潜り込ませ、人為的に遺伝子を組み換えるのです」

この遺伝子ドーピングについてはWADAが2003年に禁止事項に加えたが、「禁止されたところで、現段階の薬物検査で見抜くのは非常に難しい」(遠藤氏)のが現状だ。

そして、現在の体制では「検出不可能」として、その存在が危惧されているのが“ステルスドーピング”だ。

鍼灸治療で筋力が10倍以上に増強!

例えば、アメリカで広まっているという組織ぐるみの“人体改造”がそのひとつ。

「運動のエネルギー源となる鉄分、糖質、脂質などの栄養素を未成年の時期に大量に摂取させるのです。過剰に摂取された栄養素は初めは体外に排出されますが、この食生活を持続的に行なうことで人体が適応していき、25歳を迎える頃には通常の20倍もの栄養分を摂取できる体になるという理屈です。

つまりは組織的な人体改造。『これはトレーニングの一環』という意見もありますが、選手の身体に悪影響を与えるという意味でドーピングと同じ。研究者の間でも問題視する声が高まっています」(前出・ヨコヤマ氏)

さらに、ヨコヤマ氏が「最も警戒している」というのが、東洋医学を悪用したドーピングである。

「例えば鍼灸(しんきゅう)による持久力の増強がそのひとつ。体内に刺した鍼(はり)を電極とし、筋肉の各部位に低周波を定期的に流すことで、持久力が通常の2倍弱になったという事例が報告されています。さらには背筋の増強のために円皮鍼(えんぴしん)を打つことで、瞬間的な筋力が11倍になったという事例もあります」

鍼を使って意図的に運動能力を高めるこの手法は主に中国で開発が進んでいるようだが、「WADAではこれをドーピングと見なすか、“トレーニングの一環”と見なすか意見が割れ、禁止リストに入っていないどころか、データ収集すらほとんど進んでいないのが実情」(前出・ヨコヤマ氏)だという。

さらに、WADAの検査対象になっていない脳外科施術を用いたドーピングもある。

「0.2㎜程度の細長いニードル(針)を頭骨の割れ目を狙って刺し入れ、脳の中心溝を刺激して運動能力を上げるという施術法でロシアのお家芸。高齢の人が100m走で12秒台を記録したという実績が報告されています。

また、神経を司(つかさ)どる視床下部や扁桃(へんとう)体をニードルで刺激することで恐怖感を緩和し、運動による多幸感を高める効果があるとの報告もあります」(前出・ヨコヤマ氏)

遺伝子操作や鍼、脳外科施術に至るまで、ステルスドーピングの技術はまさに“日進月歩”というわけだ。

「外交では敵対しているような国同士が、スポーツとなると技術や人材を共有し、国家の枠を超えて新しいドーピング技術を拡散させている現状もある。これを食い止めるためにも、東京五輪に向けて検査手法が確立していないドーピングへの対策が急務になっています」(前出・ヨコヤマ氏)

このままでは、東京五輪がマジで史上最悪の“ドーピング・オリンピック”になってしまうかもしれない―。

(取材/岸川 真)