プロレスの次はキックボクシングを大改革!?
9月14日、カードゲーム会社「ブシロード」は都内のライブハウスで記者会見を開き、12月5日に東京・TDCホールで新たなキックボクシングイベント「KNOCK OUT」(ノックアウト)を旗揚げすることを発表した。
キックボクシングの実況中継は地上波でのOAなしが当たり前のご時世に「KNOCK OUT」は来年1月からTOKYO MXで週1回のレギュラー番組をスタート。また「現金半分チケット半分」が常識となっている選手へのファイトマネーも全額キャッシュで支給するという。
仕掛け人は、新日本プロレスを見事に再生させたことで知られる同社の木谷高明(きだにたかあき)代表取締役社長だ。「外から新しい概念を提供していかないと、こういう業界はなかなか変えられない」と、プロレス界に続いてキック界にも大ナタを振るうことを宣言した。果たしてその勝算は? 木谷社長を独占直撃!
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─今回の発表に格闘技関係者はみな驚いているようです。それにしても、なぜ木谷社長はキックに興味を抱いたんですか?
木谷 アメリカのスポーツマーケットの規模は60兆円。それに対して日本のそれは5、6兆円程度…2.5兆円しかないというデータもあります。なので、最近は馳浩元文部科学大臣もスポーツGDP(国内総生産)を増やしたいと口にしています。
2年ほど前に僕は生活の拠点をシンガポールに移しましたが、海外にいるとスポーツの「価値」がよくわかる。最近、UFCが4千億円で買収されたり、Jリーグの放送権が10年2100億円で売れたりして、日本でもようやくみんな気づいてきたようですが、世界ではスポーツ・コンテンツ・バブルが起こっているんですよ!
─スポーツ・コンテンツ・バブル!
木谷 これからもっと盛んになりますよ。エンタメ業界、映像会社、オモチャ会社などスポーツへの参入は増えてくるでしょう。
以前からプロレスの次はキックボクシングと考えていた?
木谷 プロレスでいえばWWE、総合格闘技でいえばUFCのような上位概念がありますが、キックの世界にはないじゃないですか。
─そうですね。日本ではプロモーションごとに王者を認定しているので、日本チャンピオンだけでもひとつの階級に10人以上いるような状況ですから。
木谷 ということは、いまだ上位概念のないキックでは世界一になれる可能性があるわけです。世界をリサーチしてみるとそれなりに競技人口がいて、一般の人でもエクササイズとしてやる人がたくさんいますからね。
─日本ではダイエットエクササイズのひとつとして若い女性にキックが大人気です。
木谷 プロレスは太マッチョだけど、キックは細マッチョですからね。やるスポーツとしても成長産業といったら大袈裟だけど、成長業種にはなり得るでしょう。だから、機は熟しているのかなと思ったんです。
──イベント名は「KNOCK OUT」。シンプルでわかりやすいと思います。
木谷 何かをやろうとする時、名前ってすごく大事。僕は何かやろうとした時にはまず名前を決めるところから始めます。「KNOCK OUT」の商標は残っていたんですよ。誰もそこを見ていなかった。僕からすると、この商標だけでも価値がある。裏を返せば、そこまで目を向けていない業界だったということです。まだまだ遅れていますよね。
「将来的には東京ドームでやりたい」
─今、日本では新K-1が人気を上げています。ライバルになりますよね?
木谷 我々が参入し、市場が10倍になればいい。ただ、プロレスの時もそうですが、僕の立場ではあえて意識しないようにしています。
─来年1月にスタートする週1のレギュラー番組の中身は?
木谷 基本は試合で、その間にPVを挟むことになるでしょう。放送時間や曜日はまだ決まっていませんが、金曜の23時くらいがいいんじゃないですかね。仕事から帰ってきてチャンネルをザッピングしていたらキックがやっている。ビールを飲みながらそれを観る。翌週、会社で同僚に「金曜にキックを観たよ」と投げかけたら「じゃあ俺も観てみようかな」と興味を示してもらえるかもしれない。これが大事です。
盛り上がっていれば、「会場に一度行ってみようか」という話になるかもしれない。ネットやCSでいくら放送しても、こんな会話にはならないんですよね。ネットだと偶然見るということはないので、不特定多数が視聴しやすい地上波はすごく大事だと思います。
─いわゆるネットTVでプロレスや格闘技コンテンツが増えている昨今、あえて関東ローカルのTOKYO MXで勝負するというのは「偶然」を重要視するから?
木谷 その通りです(専用アプリのエムキャスを使えば、全国で視聴可能)。
─カードゲームにレスラーを起用するなど、新日本プロレスで培った商品展開のノウハウはキックにも応用できる?
木谷 プロレスはある意味、ライブキャラクターエンターテインメント。年間の試合数が多く、各地の会場でキャラクター商品を売ることもできるので、それがビジネスになっています。対照的にキックの場合、キャラクタービジネスとしては成り立ちにくいので、そこは難しいところですね。
─プロレスと違って、キックは選手のキャラクター付けは難しい?
木谷 キャラ付けは必要だと思いますよ。その選手のグッズを売るという以上に、お客さんに対してこの選手はどんな選手かということをわかりやすくするためにもね。選手が背負っているものやバックグラウンドがわからなければ感情移入はできませんから。まずは、映像価値を高めていきたい。幸いキックは海外でも盛んな国が多いので、海外への番組販売やネット配信も割と乗りやすいかなと思いますね。
正直、最初の1、2年はずっと赤字覚悟です。その中でキックの魅力を引き出して、選手もどんどん有名になってもらって、ブランド自体の価値が上がっていけば、大きな会場でもできるかもしれない。来年以降は2ヵ月に1回の割合で、キャパ3千人程度の興行を打っていく予定ですが、将来的にはやっぱり新日本プロレスのように東京ドームでやりたいですよね。
「ウチは全部ギャラで出します」
─他に、キック界をどのように改革していきますか?
木谷 キックの世界では、チケットは選手の手売りが当たり前のようになっているけど、それはなくしたいです。そうすることで最初はお客さんが入らなくてもいい。今、キックは1日に20試合も組む興行が多いじゃないですか? なぜそうなるかといえば、営業マンが多いから。要するに選手=営業マンになってしまっている。
格闘技で一番になろうとしたら、格闘技以外のことを考えたらダメ。なので、今まではギャラ(現金)半分チケット半分という制度が一般的だったみたいだけど、ウチは全部ギャラで出します。その代わり練習してください。そして、試合数を7試合程度に絞ります。お客さんのほうだって、集中して観られるのはそのくらいが限界だと思いますよ。
─おっしゃる通りです!
木谷 20試合もあったら、パンフレットと睨(にら)めっこしながら、次に自分が知っている選手はいつ出てくるんだよ?と思いながら観戦するでしょう。そんな興行のありかたは供給サイドの論理でお客さん側のそれではない。供給サイドの論理で動いてよかったのは80年代までですよ。
─選手の知り合いにチケットを買ってもらうのではなく、一般のファンにそうしてもらうためには、個々の選手や団体の知名度を高めることが急務になってくると思います。
木谷 そのためにもファンクラブを作ったり、オフィシャルツイッターのフォロワーもそれなりの数がいるような環境を整えないといけないでしょうね。あとはネットの「ザワザワ感」も大切。選手にもMXで放送中の『月刊ブシロードTV』に出てもらったりして、声優さんたちから「うわぁ、顔が怖い」とか言われたほうがいい(笑)。顔は怖いけど実は優しいみたいなキャラのほうが女性の心にも突き刺さりますからね。
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「KNOCK OUT」は、パンチ、キックに加えて「ヒジ・ヒザあり」の本格派ルールだ。“日本ムエタイ界の至宝”と称されるWBCムエタイ世界スーパーフェザー級王者、梅野源治(うめの・げんじ)やデビュー以来無敗を誇る“スーパー高校生”那須川天心(なすかわ・てんしん)ら、日本最高峰のキックボクサーたちの参戦が決定している。果たして日本で、そして世界でキックの熱を呼び覚ますことができるか――。
(取材・文/布施鋼治 撮影/長尾 迪)