ロシアW杯アジア最終予選で苦戦中のハリルジャパン。その巻き返しのカギを握るひとりが“ジャガー”こと快速FWの浅野拓磨(たくま)だ。
思うように勝ち点を伸ばせず、重苦しいムードすら漂うチームにあって、9月のタイ戦でゴールを決めるなど、試合を重ねるごとに存在感を増している“攻撃の切り札”に話を聞いた。
■ベンゲル監督とはほとんど話していない(笑)
―新天地シュツットガルト(ドイツ)での生活には慣れましたか?
浅野 緑が多く、街も住みやすいですし、徐々にですね。ただ、僕は日本でひとり暮らしをしたことがなかったので、日常生活のほぼすべてで困っています(笑)。初めてのひとり暮らしで、しかも海外ですから。食事は今のところ、ほぼ外食でハジ君(チームメイトの細貝萌[ほそがい・はじめ])と一緒に日本食に行くことが多いです。頼りすぎても自分のためにはならないとわかっていながらも、ハジ君はドイツ語も話せますし、とりあえずわからないことがあったら聞いてしまっている状態です。
―ここまで5試合に出場し、3試合にスタメン出場(取材時点)。しかし、ゴールはありません。ご自身の評価は?
浅野 全然よくないですね。やっぱりゴールが獲れていないですから。FWにとって何が必要かと言われればゴール。それがないのはダメ。今、週1でドイツ語のレッスンを受けているんですけど、なかなか勉強する時間もなくて、言いたいことがあっても思うように伝えられない状態で、自分の特長をまだ出し切れていないのが現実です。
―Jリーグと比べて、ドイツ2部のレベルはどう?
浅野 どっちが上とかはわからないですけど、こっちのプレーは当たりも激しく、より強く、より速くっていうのを感じます。その上、芝生が日本ほどよくないので、パスがボコボコと浮いたり、芝に多く水がまかれてスリッピーなので、トラップひとつでもクオリティを上げていかなければ、活躍するのは簡単じゃないと感じています。
―シュツットガルトに期限付き移籍するに当たり、アーセナル(イングランド)のベンゲル監督とはどんな話を?
浅野 正直、ほとんど話していないんですよ(笑)。ただ、「ドイツで頑張ってこい」と言ってくれたので、早く自分もアーセナルに戻れるよう、ここで結果を出したいです。
―目標はやはりアーセナルに戻ること?
浅野 そうですね。ただ、これまで海外のサッカー中継とかほとんど見たことなかったですし、興味もなかったので、正直どこの国のどのチームがどんなサッカーをやっているかとかはわからなくて…。ドイツで知っていたのもバイエルン・ミュンヘンとドルトムントくらい。シュツットガルトは辛うじて名前を聞いたことがあるくらい。来るまではどんなチームか全くわかってなかったです(笑)。
もっと早く出してくれと常に思っています
■もっと早く出してくれ! 常にそう思っています
ロシアW杯アジア最終予選で、日本代表は初戦のUAE戦で黒星を喫するなど、ここまで4試合を終えて2勝1分け1敗の3位と出遅れている。10月の2連戦も、イラクにはホームでロスタイムの決勝弾で辛うじて勝利したが、アウェーのオーストラリア戦は先制しながらも、PKで同点に追いつかれた。
―オーストラリア戦後のチームの雰囲気は?
浅野 チームとして勝ち点3を考えていたので、盛り上がるような雰囲気ではなかったです。でも、いい意味でまた次に向けて気持ちを切り替えようと、特別に重たい空気はなかったですね。
―そのオーストラリア戦では84分に途中出場。もう少し長い時間、浅野選手を見たかったという声も多いです。
浅野 僕としても、もっと早く出してくれと常に思っています。ただ、時間は短かったですが、そのなかでもチャンスがあったので(ゴールを決められなかった)言い訳はできないですね。
―チームや監督に批判的な報道も増えていますが、ここまでの4試合をふり返ってはどんな印象ですか?
浅野 懸命に戦った結果なので、僕はポジティブにとらえています。もう負けられないとか、初戦に負けてW杯に行ったチームがないとかいろいろと言われますけど、僕はそういうことはほとんど気にしていません。もちろん、メディアの方が言われていることもわかりますし、サポーターにだって意見はあると思います。ただ、日本代表はこれまでW杯や五輪に出続けてきましたけど、今はアジアのほかの国も力をつけてきていて簡単に勝てる相手なんていない。それこそ120%の力を出さないとどんな相手にも勝てないんです。
周りの人は少し日本の実力を上に見すぎているように思います。実際、僕らの世代は今年1月にリオ五輪のアジア予選で優勝しましたけど、どの試合も紙一重でしたし、それまでの年代別の大会ではすべてアジアでもベスト8止まりだったわけですから。それでも、僕は1試合負けたからってもうダメとかは全然考えていませんけどね。
―浅野選手はタイ戦で1得点。自身のプレーに対する手応えは?
浅野 毎試合チャンスが来ているからこそ、そこで決められずに悔しい気持ちが強いですね。手応えも感じていますけど、今はそんなことを言っていられる状況じゃない。代表に入ったばかりの頃はチャンスが来ているだけで手応えを感じて、それが自信にもなっていました。でも、今はそのチャンスを仕留めないといけないという気持ち。僕がゴールを外せば、「俺なら決められたのに」と思う選手はたくさんいるはずですし、そういう意味では自信と同時に危機感も感じています。
プレッシャーは五輪代表より大きい
―ハリルホジッチ監督は感情を前面に出しますが、間近で接してみての感想は?
浅野 自分の意見を強く持っている方で、最初は僕もビックリしました(笑)。自分の意見が第一という感じで、選手の意見も聞きはしますけど、周囲に物を言わせないくらいの覇気を感じますね。プレーへの要求も細かいです。
―9月の2連戦後には、リオ五輪代表の監督だった手倉森(てぐらもり)さんがA代表のコーチに就任しました。
浅野 五輪代表のときよりも、選手とコミュニケーションを取ってくれている印象です。日本語でダジャレを言う人がひとり増えたわけですから、必然的にチームの雰囲気も柔らかくなりますよね。
―今夏のリオ五輪を戦った五輪代表と、A代表ではどんな違いを感じますか?
浅野 レベルが高いですし、スタジアムの雰囲気も全然違います。あまり口にしたくないですけど、プレッシャーは正直、五輪代表より大きい。ただ、オフ・ザ・ピッチのところで感じたのは、いい意味で「所詮、みんな同じ人間なんだ」ということ。僕はA代表に入るまで圭佑君(本田)も真司君(香川)も会ったことがなかったですし、最初はどれだけピリッとした人なんだろうとスゴく緊張していたんです。でも、会ってみたら僕のほうがピリッとしてるくらい(笑)。正直、普段は五輪代表よりもオチャラけている人が多いですね。
―ピッチ外では誰が一番の盛り上げ役?
浅野 みんなでご飯を食べていて、にぎわっているなと思うときは、だいたい中心に槙野君がいます(笑)。
―さて、11月15日にはホームでグループ首位のサウジアラビア戦も控えていますが、今後、代表でどういうプレーを見せたいですか?
浅野 ゴールを獲るプレー、そのために自分の特長であるスピードや裏への抜け出しを生かしたいです。もっとも、代表のピッチに立つ前にドイツで結果を残すことが先で、それができなければそのチャンスはないと思っています。
―ゴールといえば、浅野選手はゴール後の“ジャガーポーズ”でもおなじみですが…ぶっちゃけ、あれは気に入っていますか?(笑)
浅野 気に入っているというか、最初は遊び感覚でやっていたんですけど、それがだんだん大きくなってしまい…(笑)。今ではやらなくちゃいけないものという感じ。と言いつつ、ゴール直後に忘れていて、周りの選手に言われて思い出すこともありますけど(笑)。でも、最近はジャガーポーズもあまりできていないので、(最終予選の行なわれる)埼スタのあの雰囲気のなかでゴールを決めて、サポーターの皆さんとジャガーポーズで喜べたら最高です。
●浅野拓磨(ASANO TAKUMA) 1994年生まれ、三重県出身。21歳。2013年に四日市中央工高から広島へ加入。今年7月、イングランドの名門アーセナルへ完全移籍し、その後、8月にドイツ2部のシュツットガルトへ期限付き移籍。今夏のリオデジャネイロ五輪では3試合すべてに出場し、2得点。7人兄弟の三男。身長171cm、体重70kg。日本代表通算9試合出場2得点
(取材・文・撮影/栗原正夫)