昨年は秘境ブータンでもプレーした伊藤壇選手。もちろん日本人初。代理人もつけずに、どうやって自分を売り込むのだろうか?

サッカーは国境を超える。その象徴ともいえる存在が、これまで19もの国と地域でプレーしてきた伊藤壇(だん・41歳)だ。

現在、20ヵ国目となる移籍を目指して東ティモールに渡っている彼を出国直前に直撃。前編記事に続き、その常識破りのキャリアをふり返ってもらった。

* * *

―同じアジアでも、国によって風土も文化も違います。契約時に注意していることや、実際に困ったことは?

伊藤 待遇などは契約時に細かく話をする必要があるんですけど、明らかに相場より高い金額を要求しても相手にしてもらえないですし、逆にいくらでもいいからプレーしたいという態度を見せれば足元を見られてしまうので、事前のリサーチが重要です。また、書面にサインするまでは何が起きるかわからないのがこの世界。

実際、シンガポール時代に金額を提示され、家の内見までしてあとはサインするだけの状態だったのに、電話一本で「やっぱりなかったことに」と言われたこともありました。今はスマホもあって便利になりましたけど、昔は後で「言った、言わない」にならないよう、契約時にICレコーダーで会話を録音したこともありました。

―契約後に「条件と違う!」なんてことも?

伊藤 ありますね。例えば、部屋にテレビがあると言われていたのになかったり。あとは、やっぱり給料の遅延。でも、そういうときこそしっかりアピールすべきなんです。マレーシアにいたときはチーム全員で練習をボイコットしたり、モルディブではクラブのマネジャーの家まで行って「払ってくれるまで帰らない」と玄関の前に居座ったこともありました。

―まるで取り立て屋ですね(笑)。

伊藤 それと、気をつけるのはシーズン終了間際。外国人の場合、クラブに帰国の予定を話してしまうと、最後の1、2ヵ月の給料が払われないケースがよくあるんです。だから、帰国の話は厳禁。自分で言うのもあれですけど、それこそ、いい取り立て屋になれる気がします(笑)。

一番待遇がよかった国は?

―それにしても、なぜ代理人をつけないんですか?

伊藤 昔は契約時に知人に代理人というか、通訳をお願いしたこともあったんですけど、そこで思うような給料がもらえなかったり、契約がうまくまとまらなかったときに、その人の交渉に問題があったと思ってしまう自分がいたんです。

でも、すべて自分でやれば、契約できても、できなくても100%自分の問題だし、わかりやすいじゃないですか。契約といっても基本は人対人ですから、言葉ができるだけじゃダメなんです。僕は長いこと海外でプレーしているのに英語もそれほど話せないし、契約のときは電子辞書を片手にやっていますけど、なんとかなるものですよ。

ちなみに、今までで一番待遇がよかった国は?

伊藤 ブルネイです。練習はボールが2、3個しかないとか、シャツを着ているチームと上半身裸チームに分かれて紅白戦をしたりといった感じでしたけど、基本はお金持ちの国。僕の所属していたチームは王子がオーナーで、4ベッドルームの家にポルシェが提供され、給料もJリーグ時代よりよかった。食事も毎回、チームで豪華なビュッフェ。ガソリン代まで支給されたので、ほとんど自分のお金を使わずに済みました。

―逆にキツかったのは?

伊藤 生活的にはネパールですね。人は優しいんですけど、とにかく寒かった。標高が高くて、さらに1日13時間とかの計画停電があったんですよ。だから、ホテルでもニット帽、マスク、ネックウオーマー、ダウン、靴下、手袋のフル装備で寝たりとか。シャワーもお湯が出ないから、やかんでお湯を沸かして、それをバケツに入れてかぶってました(笑)。ピッチも雑草だらけの原っぱで、ゴールの枠だけ置いてある。

で、試合開始直前までゴール前で牛が寝ていたり(笑)。僕の経験ではネパールやインドなどの南アジアは、東南アジアよりもはるかに大変でしたね。食のストレスも多く、インドでは試合前も含めて食事は朝昼晩とカレーが基本。違いは魚か鶏か豚かというだけ(笑)。

―来年限りでの現役引退を表明されていますね。

伊藤 ずっと現役でいたい気持ちもありますけど、どこかで線を引かないといけない現実もあって、それが僕の中では20ヵ国目なのかなと。ただ、移籍ってイス取りゲームみたいで、正直、早い者勝ちなんですよ。

今回が最後のつもりですけど、見切り発車的な部分もあるし、もう1回、どこかへ行くかもしれません。実は数年前から「中央アジアの北朝鮮」といわれるトルクメニスタンが気になっていて(笑)。

* * *

“アジアの渡り鳥”が最後にプレーする国は、一体どこになるのだろう。

●伊藤壇(いとう・だん)1975年生まれ、北海道出身。仙台大を経て98年に仙台に加入。2年で戦力外通告を受けると、その後はシンガポールを皮切りに、アジアで19の国と地域でプレー。MF。身長173cm、体重71kg

(取材・文/栗原正夫)