キックボクシング界で世界最高峰とされる、タイの「ラジャダムナン・スタジアム認定王座」を奪取し、今年10月に日本人として初めて「現地防衛」の快挙を果たした男がいる。
“ムエタイゴリラ”の異名を持ち、筋骨隆々の肉体から繰り出すハードパンチを武器とするT-98(タクヤ)だ。
12月5日には、新日本プロレスを再生させたカードゲーム会社ブシロードが旗揚げする新キックボクシングイベント「KNOCK OUT」に出場し、元K-1日本王者の“コスプレ・ファイター”長島☆自演乙☆雄一郎と激突する。
今、最も注目されるべき格闘家、T-98の素顔に肉薄した!
●KOしないと勝てない? アウェイすぎる現地防衛戦
―日本人初の快挙、ラジャダムナン王座の現地防衛成功、おめでとうございます!
T-98 ありがとうございます! 今回の試合は日本でもネットで生中継されたので、ファンや関係者の反響が今までで一番大きかったです。試合後、SNSでメッセージがたくさん来て、「みんな見てくれてたんだな」と思いましたね。
―バンコクでの試合はアウェイでしたが、そんな逆境の中で勝つと達成感もひとしおでは?
T-98 そうなんですよ! それはすごくあります。
―タイ人以外で史上6人目、日本人としては5人目のラジャ王座ですが、これまで日本人でタイでの防衛に成功した人はいなかった。ムエタイはタイの国技だし、外国人選手が現地で防衛するのはやはり難しい?
T-98 そうですね。トレーナーのジャルンチャイも最初、タイでの防衛には猛反対していたんです。「なんでタイでやる? 難しいからやめろ!」って。でも僕は、やるからには誰もやったことがないことをしたかった。6月に後楽園ホールで王座を獲る以前から「獲ったらタイで防衛したい」と思っていたんです。
タイでムエタイはギャンブルの対象でもあって、判定にもギャンブラーの人気によるオッズが影響します。挑戦者のタイ人のほうが人気だったので、自分が絶対不利なのは覚悟してました。だから、試合中からギャンブラーたちに「おっ、コイツはムエタイできるな!」と驚かせていかないと勝てないと思ってました。
普通にムエタイ技術の勝負になれば絶対タイ人のほうがうまいんで、僕はそれ以外の部分で勝負しようと。ジャルンチャイにも「ダウン取らないと厳しいよ」って言われていました。
―その言葉通り、防衛戦は3ラウンドにローキックで見事なKO勝ちでした。「ローで倒そう」という作戦だった?
T-98 僕は顔に当てる技術があまりないんですよ(笑)。顔って動くんで。だからボディや脚への攻撃で効かせて、相手の動きが鈍くなったところで顔にボコーンと当てて倒すっていうスタイルなんです。ジャルンチャイにも「顔は打つな。胸のあたりを打て」とアドバイスされてます。「相手が疲れてきて顎が下がってきたら、ちょうど当たるから、胸を思いっきり殴れ」って。今回はローでKOしましたが、その前にボディを入れた時にいい感触があったんスよね。最後、ローで倒れて、「あ、倒れた!」ってビックリしました(笑)。
―タイ人はあまりローで倒れませんからね。
T-98 まさかあんなに効かせられるとは(笑)。僕はこれまでに48戦やってますが、ローでKOしたことってないんスよ。ローで効かせてから他の技で倒すパターンなので。
「高校の野球部では、毎日40㎞とか走ってました」
―T-98選手がキックボクシングを始めたのは、21歳と遅めですよね?
T-98 そうです。プロデビューが22歳ですね。小・中・高とずっと野球やってて。小学校時代はサッカーもやってました。地元のチームから「人が足りないから入ってくれ」って言われて。基本、球技ばかりでしたね。
―その体型から察するに、野球ではものすごいスラッガーだった?
T-98 いや、打順は一番とか二番でしたよ。バッティングより守備のほうが得意で、ショートを守ってました(笑)。
―母校の成立学園高校は強豪校でした?
T-98 僕の頃は東東京ベスト8くらい、中の上くらいな感じですかね。僕らが卒業した後は甲子園に2回くらい行ってます。練習はアホみたいに厳しかったです。特に冬場は走りこみがキツイ。スポーツクラスだから午後は全部部活なんですが、寮生活だから自主練もしなきゃいけなくて。寮でだらだらTVとか見てると「練習してこい!」ってブッ飛ばされる(笑)。夏休みも朝から晩までやってました。家に帰れないし、休みなかったッス。今より高校の頃のほうが走ってましたね。毎日40㎞とか走ってましたから。
―毎日、ほぼフルマラソン! では、スタミナはその頃が最強?
T-98 最強ッスね(笑)。サッカー部より走ってましたよ。野球って試合中も半分は休んでるんでそこまでの体力はいらないのに「なんで俺らこんな走ってんだろ?」って思いながら走ってました(笑)。さらに僕は「ピッチャーの練習もやれ」って言われて、野手とピッチャーの両方の練習をやってました。特に冬場の走り込みはノルマがあって、野手とピッチャーのノルマを両方やらされて。でも、結局投げなかったんで意味なかったんですけど(笑)。
―当時は「なんでこんなに走んなきゃならないんだ? 合理的じゃないな」って?
T-98 思ってましたね(笑)。でも、走らずにひとり寮に帰るわけにもいかないんで。キャプテンだからお手本を見せなきゃいけないし。
―厳しいキャプテンだった?
T-98 厳しかったと思います。結構言ってたんで。
―「何やってんだ、コラァッ!」とか?
T-98 ええ(笑)。でも、言ってもやらないヤツがいたんで、それもムカついたりして、団体競技が嫌になって。それで個人競技をしたいと思ったんです。で、当時はTVでよく格闘技をやってて、寮の食堂でK-1を観て、技を後輩に試すみたいなことをやってたんです(笑)。その延長ですね、格闘技をやったのは。
「タイでは毎日ボコボコにされましたよ」
―UFCに出ている石原夜叉坊(やしゃぼう)選手も元々は投手で、高1の時サイドスローで140㎞の速球を投げたそうです。彼は「野球の体重移動がパンチを打つ時に役立つ」と言っていました。
T-98 確かに似てると思います、投げるも打つも。僕も最近ストレートを打つ時、遠投する時の体重移動とすごく似てるなって思うんですよ。
―現UFCヘビー級王者スティーペ・ミオシッチも元野球選手で、大学時代はメジャーリーグのスカウトも見に来るほどのバッターだったそうです。バッティングでボールを打つ瞬間のインパクトはパンチを打つのに似てますか?
T-98 体重移動とか、すごく似てると思います。あと、腰をひねるじゃないですか。パンチもひねりますし。
―そして、21歳で現在も所属しているジム、クロスポイント吉祥寺に入門したわけですが、タイにも武者修行に行っていたそうですね?
T-98 1年間行ったり来たりしてました。タイに2、3ヵ月いて、日本で試合があると帰ってきて、終わったらまたタイに行って…みたいな感じで。最初はもう、毎日ボコボコにされましたよ。その頃、ジョムトーン(ラジャダムナン3階級制覇王者、プロボクシングでも東洋太平洋王者)とかカノンスックとか、メッチャ強いヤツがうじゃうじゃいたんで。日本だとそんなにやられることはないッスけど、タイだと毎日ボコボコで(笑)。
―スパーリングで相手に触れることもできないくらい?
T-98 はい。だから、当時は自分がラジャの王座を狙うとか全然思わなかったですね。
―プロデビュー戦は負けてしまい、その後も結果が出せない時期がありました。
T-98 ありましたね。拳の骨折を6回もしましたし、それで試合できない時期もあった。しばらく右パンチを使わないで試合したりとかしていたんですけど、それだとなかなか勝てず。何試合か勝っても、ある程度のレベルに行くとまた勝てなくなって。
―手の甲がすごく盛り上がってますが、骨折した箇所?
T-98 ええ。今、骨は曲がってないですが、肉が盛り上がっちゃって。手術をして、もう平気なんですけど。
―それで拳を折らないために、空手道場・倉本塾に通い始めたわけですね。倉本成春師範は土管を素手で叩き割ったり、「全身武器化」を謳(うた)う指導者ですが、どんな鍛錬をするんですか?
T-98 巻き藁(わら)や砂袋を、ただひたすら殴って蹴るっていう(笑)。この特訓で骨折しなくなり、今は右パンチを思いっきり打てます。
「血尿が出なかったら『今日は追い込めなかったな』って」
―その稽古を詳しく教えてください。
T-98 徐々に慣らしていくんです。最初は砂袋を拳で何百回って叩くんですが、正拳よりむしろ、裏拳の方が重要で。
―骨折した手の甲の側ですね?
T-98 そうッス。正拳で砂袋を打った後、ここ(手の甲側)で巻き藁の、ちょっと柔らかくてしなるやつを打っていきます。それはまだ、あまり痛くないんですよ。その後にもっと硬い、しならないやつを思いきり打っていって。
―すごく痛そうですね。
T-98 最初は痛いです。腫れます! でも、やってく内に慣れてきて痛くなくなるんです。最後の方には思いっきり打っても痛くないですね。ただ、終わったら絶対血尿が出ますけど、毎回。
―毎回、血尿!
T-98 アホなんスけど、血尿が出なかったら「今日は追い込めなかったな」って思います(笑)。
―スネはどうやって鍛える?
T-98 砂袋を蹴ります。最初は痛くて思いきり蹴れなかったりしましたけど、今はもう全然平気ッス。
―それでスネも強化されてローも強くなったのかも。
T-98 そうかもしれませんね。でも脚より手のほうがやっぱり痛いッス。神経がいっぱいあるんで。今はもう腫れないんですけど、前はやった後、すごく腫れましたからね。
―腫れたら、冷やす?
T-98 冷やさないで放置です。2日くらいしたら治るんスよ。やるのは週イチくらいですけど。倉本塾にずっと通っている人は毎日やったりするらしいですが、僕はとりあえずキックの試合で骨が折れなければいいんで。拳と脚合わせて、そういった稽古を2時間くらいやります。半年もすれば、思いきりいけるようになりますね。
拳は別に骨自体が強くなったわけじゃないんでしょうけど、周りの神経とかスジとか肉とかが強くなって骨を補強してくれる、みたいな感じですかね。あと、握りが強くなって、意識しなくても拳を強く握れるようになったみたいです。
―グローブしていると、つい拳を握りきらずに打っちゃったりすることもありますね。巻き藁を素手で叩いていると、痛いから常に握る癖がつく?
T-98 はい、握りを意識しなくても自然に握れるようになった。握りを意識しちゃうと力むじゃないですか。そういうのもなくなるんです。
「自演乙をブッ倒して、知名度上げます」
―次の試合は12月5日に東京ドームシティホールで行なわれる「KNOCK OUT」旗揚げ興行で、長島☆自演乙☆雄一郎との対戦ですね。彼は2010年のK-1ジャパンで優勝し、その年の大晦日には青木真也をKOし、去年の大晦日にはRIZINでアンディ・サワーと対戦しました。彼を倒せば、T-98選手の知名度も上がりそうですね。
T-98 自演乙に勝ったら、特にオタク界で有名になるかも(笑)。知名度のある選手なので“オイシイ相手”だと思います。それにKNOCK OUTは、僕がずっとやってきたヒジありのルール。これからすごく盛り上がる気がするんで楽しみです。
―新日本プロレスの親会社、ブシロードが全面バックアップしている大会ということでも注目されていますね。
T-98 はい。ファイトマネーも今までと全然違いますし。ブシロードは新日本プロレスをガ~ッとプッシュしたノウハウもあるし。あと、TVで放送してくれるのが一番大きいです。TOKYO MXが(来年1月から)放送してくれるんで。
―ブシロードの木谷会長は「レスラーの個性が際立っているプロレスと比べると、キックはキャラクタービジネス展開がしにくい」と言ってましたけど、プロレスラーのようにキャラを作ったり、トークを磨こうとは?
T-98 プロレスのようなパフォーマンスはキックの試合だと難しいですね。プロレスだと必殺技をやる前に、お客さんに「●●いくぞ~!」とか言って、お客さんも反応したりして盛り上がってますけど…。
―それをムエタイの試合でやったら、相手にバレてKOされますね(笑)。
T-98 それにセコンドに怒られます。「何やってんだ!」って(笑)。
―でも、対戦相手を挑発してみるのはどうでしょう?
T-98 この前の会見の時、結構、自演乙のことをディスったんスけどね。「長島は元K-1王者だけど、自分のほうが実力があるし、今の彼は昔のような強さがないのでKO勝ちする」と。でも、向こうが全然乗ってこなくて、優等生的な答えで。ツイッターで毎日挑発したら、そのうち噛みついてくるかな?
―盛り上げてほしいですね。KNOCK OUTには梅野源治、那須川天心といった人気選手も出ますが、「この大会は俺のための大会だ! 俺を見に来い!」みたいに豪語してみては?
T-98 そうやって選手全員を敵に回してね(笑)。頑張ります! まずは自演乙をブッ倒して、知名度上げます。ウッホッホ~~!
(文/稲垣 收 写真/保高幸子)
●T-98(タクヤ) 1985年6月28日生まれ。東京都西東京市出身。クロスポイント吉祥寺所属。身長175cm。スーパーウェルター級。48戦31勝(16KO)13敗4分。現在保持しているラジャダムナン認定スーパーウェルター級王座を含め、これまで合計7つの王座を獲得している。12月5日の試合については「KNOCK OUT」の公式サイトでチェック!