総売り上げ600億円超とも言われたマニー・パッキャオ戦の記憶も新しい、元ボクシング5階級制覇王者フロイド・メイウェザーJrが総合格闘技UFC王者との対戦で復帰する気運が高まっている。
その総合格闘家とは、UFC初の同時2階級制覇王者コナー・マクレガー(アイルランド)。昨年5月、メイウェザーが自身の復帰について「対戦相手の第1候補はマクレガーだ」と発言して以降、両者はSNSやインタビューなどで舌戦を繰り広げ、世界のボクシング、格闘技ファンの熱をたぎらせている。
1976年に行なわれたモハメド・アリvsアントニオ猪木の「格闘技世界一決定戦」以来の“世紀の一戦”ともいえるこの試合は、本当に実現するのか? アメリカの格闘技ジャーナリスト、ジョシュ・グロス氏に話を聞いた。
グロス氏は、有力格闘技サイト「シャードッグ」の元編集長で『スポーツ・イラストレイテッド』誌やスポーツチャンネル「ESPN」などの記者を務め、現在はイギリスの「ガーディアン」紙でスポーツ・コラムニストとして活躍。著書にアリvs猪木についてのノンフィクション『Ali vs. Inoki: The Forgotten Fight That Inspired Mixed Martial Arts and Launched Sports Entertainment』がある(今夏、日本語版を出版予定)。
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―9月に試合が行なわれるという話も出てきていますが、実現可能性は?
「私自身はこの試合が実現するチャンスはそれほど大きくないだろうと思います。マクレガーの専属契約をUFCが握っているからです。マクレガーは現在のUFCで最大のスターであり、ドル箱。メイウェザーとボクシングルールで対戦するとなれば、大ケガをする可能性もありますからね。
メイウェザーはボクシング史上トップクラスの選手で、特にそのディフェンス能力は高い。そのルールではマクレガーが勝つチャンスはほとんどないでしょう。1千回試合したら999回はメイウェザーが勝つのではないかと思います」
―そこまで差がある?
「メイウェザー得意の判定勝ちでしょうけどね。ロッキー・マルシアーノとタイ記録である49戦全勝、そして5階級制覇を成し遂げたメイウェザーと、アマチュアボクシングの元アイルランド王者とはいえ、プロボクシングの試合経験がないマクレガーがボクシングルールで対戦するということ自体がおかしいと思います」
―なるほど。しかし、メイウェザーは総合格闘技ルールの試合は受けないでしょうね。
「絶対に受けないでしょうね。しかし、公平に勝負を決しようとするなら、3試合やるべきだと思います。1試合はボクシングルール、もう1試合は総合ルールで。そして1勝1敗となったら、3試合目はルールを話し合って決めればいい。メイウェザーは絶対に総合ルールの試合など受けないと思いますけど。
そこが、メイウェザーとモハメド・アリとの違いでしょう。アリは1976年6月にアントニオ猪木と戦った際、ボクシングルールでなく、脚への蹴りもOKというルールで試合を受けました。アリは勇敢にも自分の得意ジャンルから出て、両者にとって中間的なルールで戦ったのです。メイウェザーにそんな勇気はないでしょう」
メイウェザーにアリのような勇気はない
―総合ルールではメイウェザーが勝てる要素はありませんからね。しかしボクシング・ルールで試合した場合、マクレガーが勝利する要素はゼロ?
「絶対とは言えません。マクレガーは非常に特別な選手です。試合前からメディアやファン、そして対戦相手に心理戦を仕掛け、相手を巧みに操ることに長(た)けています。その意味ではアリに似ていますね」
―マクレガーはアリをものすごく尊敬していて、アリに関するドキュメンタリー映画などを多く見て研究しているそうですが。
「その通り。マクレガーがこれほど人気者になったのも、そもそもはアリが始めたトラッシュ・トーク(相手を挑発する発言)や予告KOをマネして、メディアやファンの注目を集めたからです。そうした挑発は対戦相手の心理をも揺さぶる効果がある。彼は相手に普段しないことをさせてしまう不思議な力があるんです。
メイウェザーに対しても『俺はおまえの庭であるボクシングで戦ってやってるんだぞ。俺を1ラウンドKOしてみろ! おまえが本物のチャンプならな!』などと挑発し、普段は防御主体のメイウェザーを攻撃的にさせ、そこに生まれるスキを突けば勝つ可能性はある。マクレガーはリーチが長いし(188㎝、メイウェザーは183㎝)、パンチが正確だし、一撃KOできるハードパンチャーです。だから、もしメイウェザーが術中にハマればKO負けする可能性もあります。
しかし一方で、プロボクシングは初めてのマクレガーに勝って、メイウェザーが戦績を50戦全勝としてマルシアーノの記録を抜くというのも、どうにも納得がいきませんね。生粋のボクシングファンが一番見たいのは、ミドル級に階級を上げてゲンナジー・ゴロフキン(現WBA世界ミドル級スーパー王者)と戦う試合でしょう。そちらのほうがボクシング的には意義が大きい。しかし、ゴロフキンは体も大きいし、メイウェザーにとってリスクが多い。
だからリスクが少なく、楽に勝てるし大金も稼げると踏んで、マクレガー戦を要求しているのでは。そこも、アリとの違いです。アリは猪木と戦うことで610万ドルを得ましたが、リスクを冒し、危険を承知で戦ったのです。メイウェザーはそうではありません。もしアリのようにリスクを冒し、1試合目はボクシングルールでも2試合目は総合ルールで試合をする勇気があるなら、多くのスポーツファンにとって意義深い試合になるでしょうけれど」
―ボクシングルールだけで対戦してマクレガーが負けたら、メイウェザー側は「ほら見ろ、総合格闘家は弱いんだ!」と言いそうですね。実際、自分のガードマンの元総合格闘家をボクサーとボクシングルールでスパーリングさせて、ガードマンがボコボコにされた映像をアップし「総合格闘技は弱い!」と、うそぶいています。
「そうですね。あまり格闘技に詳しくないファンや、総合格闘技をよく知らない無知な記者たちからもそんなことを言う愚か者は出るでしょう」
実現しても、安全運転で退屈な試合に?
―そう考えるとUFC側がマクレガーにボクシングマッチをさせたがらないのもわかりますね。かつてUFCミドル級で絶対王者と呼ばれたアンデウソン・シウバが「ロイ・ジョーンズJrとボクシング対戦したい」と発言した時も、デイナ・ホワイト社長は「そんな試合は全力で阻止する!」と宣言して試合をさせなかった。
「今回もUFCはボクシングマッチはさせたがらないでしょう。しかし、これも絶対とは言えない。なぜならこの試合が実現すれば、巨額のカネが動くからです。共同プロモーターになればUFCも大金を稼げます。昨年、UFCを40億ドルという途轍もない金額で買収したWME-IMG社は早く収益を上げたいと思っているでしょうし」
―昨年、マクレガーはUFCで3大会のメインを務めましたが、PPV(ペイ・パー・ビュー)契約数は、うち2大会が160万件超、1大会が130万件を記録しています。メイウェザー戦ともなれば、数百万件突破が期待できます。メイウェザーvsパッキャオは通常の倍の視聴料金なのに440万件という記録を作りました。400万件超になればメイウェザー・プロモーションと折半したとしても、過去のUFCのPPV契約記録を超えます。
「そして、UFCがこの試合をマクレガーに許可しなかった場合、マクレガーがUFCを相手取って訴訟を起こす可能性もあります。マクレガーはすでにカリフォルニア州でボクシングライセンスを取得しています(昨年11月)。プロボクシングは連邦法で保護されたスポーツですが、総合格闘技は連邦法で保護されていません。
マクレガーと試合の専属契約を結んでいるものの『連邦法で保護されていない総合格闘技と、連邦法で保護されたボクシングの試合の両方をUFCがコントロールするのはおかしい』というような訴訟を起こすこともありえます。そうしたことを考え合わせると、UFCがこの試合を認める可能性もあります」
―マクレガーからすると、仮に負けた場合、負傷以外のリスクはなんでしょう?
「ケガのリスク以外はそこまで大きくないでしょう。もし負けても、ボクシングルールに挑戦したことで勇敢さを示せる。そして、これまで以上の大金を稼げる。メイウェザーを挑発し、からかうことで悪名をさらに轟かせ、これまで以上に多くの人々の関心を集めることもできる。だから彼にとってはよいことのほうが多い。
でも、この試合が実現したら、おそらくメイウェザーがパッキャオ戦の時のように安全運転の判定で勝つという、退屈な試合になりそうです。私としては、試合そのものよりも成立するまでの過程のほうが楽しみですね」
(取材・文/稲垣 收 写真/福田直樹)