4ラウンドにダウンを奪うなど村田諒太の「完勝」と思われたWBA世界ミドル級王座決定戦だったが…(撮影/福田直樹)

5月20日に行なわれたWBA世界ミドル級王座決定戦は、村田諒太がダウンを奪ったにもかかわらず不可解な判定負けを喫し、波紋を呼んでいる。

なぜ、このようなことが起こったのか? そして「不可解判定」に防止策はあるのか? 日米“ボクシング界の賢者”ふたりに話を聞いた。

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「私は試合を間近で見ていましたが、あの判定は明らかにおかしいと思います」

そう断言するのは、カメラマンの福田直樹氏。全米ボクシング記者協会の最優秀写真賞を何度も受賞している“世界一のボクシング・カメラマン”であり、今回の世界戦もリングサイドで撮影していた。

「村田の有効打数のほうが多いし、ダメージを与えたのも村田です。エンダムのパンチはほとんど食っていませんでした。3、4ラウンドで、すでに村田がかけるプレッシャーでエンダムがアップアップしているのが見ていてわかった。エンダムは1、2ラウンドこそ確かに手数が多かったですが、その後は逃げに入っていた。村田はプレッシャーをかけ続け、試合を支配していました」

試合を支配する――つまり、採点基準のひとつである「リング・ジェネラルシップ」という点でも、村田が優勢だったわけだ。

「村田はダウンを奪ったことでパンチの強さも見せつけました。ボディへのパンチも上へのパンチも効かせていた。途中、確かにエンダムが獲ったラウンドもありますが、エンダムの勝利としたジャッジふたりが8ラウンド以降の5ラウンドを全てエンダムに付けたのは明らかにおかしい。例えば最終の12ラウンドも間違いなく村田が獲っていますしね」

リングサイドにいるからこそわかることがある、と福田氏は続ける。

「会場の後方やTVだとわからない場合もあるかもしれませんが、リングサイドで見ていると、パンチの音や当たった直後の選手の表情がハッキリわかります。それでダメージの違いも感じとれるんです。それだけに、自分と同じリングサイドで見ていたジャッジがふたりもエンダムに付けたのは驚きでした。あまりに不可解だし理解できません」

米ボクシング界の伝説的カットマンも…

117-110で村田の勝利としたのは、アメリカ人のラウル・カイズ・シニア氏。エンダム勝利としたのはパナマのグスタボ・パディージャ氏(116-111)とカナダのヒューバート・アール氏(115-112)だ。日本人vsフランス人ということで、“中立国”であるアメリカ、パナマ、カナダのジャッジが務めたわけだが、そもそもジャッジはどのように選ばれるのか? 長年、本場アメリカで撮影を続けてきた福田氏はこう解説する。

「アメリカでは各州にあるボクシング・コミッションがライセンスを与えたジャッジの中からWBA、WBC、IBFなどが指名して選びます。もちろん、アメリカでもこの判定はおかしいと思うことはあります。例えば、マニー・パッキャオvsティモシー・ブラッドリーの第1戦がそうでした」

2012年6月にラスベガスで行なわれた、このWBO世界ウェルター級タイトル戦ではボクシング関係者のほとんどがパッキャオの勝利だと思ったが、2-1のスプリット判定でブラッドリーが勝利し、「ボクシング史上最悪な判定のひとつ」と呼ばれた。そのためWBOは試合後、ビデオ検証を行ない5人のジャッジ全員がパッキャオ勝利の裁定を下した。だが、一度下った裁定そのものは覆らず、両者は再戦した(2014年4月に行なわれ、3-0の判定でパッキャオが勝利)。

では、そのような不可解な判定が生まれる原因は?

「ひとつには、年配のジャッジが多いということもあります。70代、80代のジャッジもいますからね。試合直前まで赤コーナーと青コーナーを間違えている人もいるくらいで…。経験豊富なのはいいですが、採点基準やボクシング技術自体も年々変化してきています。それにしっかりついていけるのかが問題ですね」

実際、エンダム勝利としたカナダのヒューバート・アール氏は1946年10月生まれの70歳という高齢だ。福田氏は不可解判定の防止策として、ジャッジには毎年テストを受けてもらい、合格したらライセンスを更新するようにすべきだろうと提案する。

「例えば、自分がジャッジをやっていない試合の採点を付けさせて、コミッションにチェックさせたほうがいいかもしれないですね」

この意見にはラスベガス在住の伝説的カットマン(試合中の出血を止めるスペシャリスト)である、“スティッチ”ことジェイコブ・デュラン氏も賛成する。スティッチ氏はクリチコ兄弟など多くの世界王者のカットマンを長年務めてきた、ボクシング業界では知らぬ人のない“職人”で、映画『ロッキー・ザ・ファイナル』にも本人役で出演した人物だ。

「ジャッジに毎年テストを受けさせて、合格した者にだけライセンスを更新するという考えには全面的に賛成だよ。それにジャッジだけじゃなく、レフェリーやカットマンも毎年テストを受けるべきだ。

ただ、ジャッジの年齢は必ずしも問題ではないと思うね。人によって年の取り方、老い方は違うから。重要なのは、どれくらい頻繁にジャッジとして試合を裁いているか。継続的に仕事をしていれば、70歳でもできなくはないと思う。試合中に居眠りしてしまったりしなければの話だがね(笑)」

ホームの選手がおかしな判定負けをした珍しいケース

防止策としてもう一点、スティッチ氏はネバダ州のコミッションの例を挙げる。

「ネバダ州のコミッションはとてもいいコミッションで、試合の後、ジャッジ全員とレフェリーを集めて裁定に間違いがなかったかどうか話し合うようにしているんだ。そういうことも大切だと思う」

それにしても、とスティッチ氏は首をかしげる。

「日本で行なわれた試合で、ホームの選手である村田がおかしな判定負けをしたというのは珍しいケースだね。ホームの選手が有利になることのほうが多いんだけれど…」

試合会場では地元選手への声援が圧倒的なため、ジャッジもどちらの選手に付けていいか判断しかねるラウンドなどは声援につられて地元選手に付けてしまうことがあるという。地元選手のパンチが入ったり、連打した際に会場が割れんばかりの大歓声に包まれるので、実際以上に優勢に見えてしまうことがあるからだ。

現在のルールでは、ジャッジはラウンドごとに必ず優劣を付けねばならぬ「ラウンド・マスト制」になっている。だから、微妙なラウンドは地元選手に10-9が付けられることが多くなりがちなのだ。

「ボクシング業界も全員が全員、プロフェッショナルな仕事をしているとは言い難い場合がある。しかし全ての選手、全てのチームが公正なジャッジを求めているんだ。だから、ジャッジの資格テストを実施したり、ネバダ州のように試合後に採点の検証を行なったりということが世界中で必要だと思うね」

今回の試合に関しては是非、パッキャオvsブラッドリーの第1戦後のように検証をしてほしい。その上で、本当は村田の勝ちであったことが明らかになれば、たとえ今回の裁定そのものが覆らなかったとしても、再戦の際のジャッジたちに「いいかげんな判定はできないぞ」という、いい意味でのプレッシャーを与えることができるはずだ。

(取材・文/稲垣 收)