4月に行なわれたアジア選手権の女子シングルで、中国選手を3連破して優勝した平野。雪辱を期す中国勢を再び退け、世界の頂点に立つことができるか

中国を完全に超えたい。例えば、1年前に同じ言葉を口にしていても、大きく取り上げられることはなかっただろう。

だが、5月29日に開幕した世界卓球選手権(ドイツ・デュッセルドルフ)を前に、平野美宇が記者会見で口にした短い抱負は、決して小さくはない可能性を含みながら世界に発信された。

彼女に注がれる視線が大きく変わったのは、4月に中国・無錫で開かれたアジア選手権である。

大会期間中に17歳の誕生日を迎えた平野は、女子シングルスの準々決勝で、リオデジャネイロ五輪金メダリストで世界ランキング1位の丁寧をゲームカウント3-2で撃破。続く準決勝では同2位の朱雨玲を、決勝では同5位の陳夢を共に3-0で圧倒し、史上最年少でアジア女王の座に就いたのだ。

中国のトップ選手がラリーのスピードについていけず、左右に振られて体勢を崩す姿は、ここ十数年の卓球界で見られなかった光景である。

「彼女のテクニックはわれわれよりも先進的だ」

中国女子代表の孔令輝監督にそう言わしめた背景には、挫折を糧(かて)に取り組んだ“プレースタイルの変革”があった。

リオ五輪の代表選考で、平野は石川佳純と福原愛、そして同い年の伊藤美誠(みま)に世界ランキングで及ばず、初めての五輪をリザーバーとして参加する悔しさを味わった。世界ランキングを上げるには格上の選手に勝たなければいけないが、当時の平野にはそのための武器がなかった。

「このままだと、東京五輪の代表争いでも同じことを繰り返してしまう。ずっと相手のミスを待つ守備重視のスタイルだったんですが、攻撃型に変えないと自分の夢は叶(かな)えられないことを痛感しました。でも、スタイルを変えたばかりの頃は持ち味だった安定感を捨てて攻めたら、パワーが足りない。このまま長所を消してしまえば、誰にも勝てなくなってしまうんじゃないかって不安になりました」

今年1月、全日本女子シングルスを史上最年少の16歳9ヵ月で制した後に、平野は向き合った葛藤を口にした。肉体的、心理的な壁を乗り越えた結果、平野は国際卓球連盟が“ハリケーン・ミウ”と表現したほど速く、回転量の多いボールを信じられない角度に打ち込める、攻撃的な選手に生まれ変わったのだ。

中国に警戒されているのはうれしい

地元ファンの前で屈辱を味わった中国が、今回の世界選手権で日本の新ヒロインにどんな戦いを挑むのか。

中国の現地報道によると、代表チームは平野のプレーを綿密に分析。そのスタイルをコピーした4選手を合宿に招き、シミュレーション対戦を繰り返しているという。「平野選手は成長著しく、打法もかなり先進的だが、それほど恐れることはない」という孔監督の強気な発言も報じられている。

これまでとはまったく違う立場で大舞台を迎える平野は、「中国に警戒されているのはうれしいし、何をされるのかすごく楽しみ」と、前向きな姿勢を崩さない。

女子シングルスで世界の頂点に立てば、日本人選手として48年ぶりの快挙である。どんな結果になるにせよ、「東京五輪で金メダルを獲(と)りたい」と公言してきた平野にとって、自らが今いる場所を明確に知る特別な大会になる。

(取材・文/城島 充 写真/アフロ)