マシン名は昨年と同じだが、ボディ形状とパワートレインを一新した2017年仕様のトヨタ「TS050ハイブリッド」

今年もまた、FIA世界耐久選手権(WEC)第3戦「ル・マン24時間レース」(レースは日本時間6月17日22時から18日22時まで)の季節が巡ってきた。

F1のモナコGP、アメリカのインディ500と並ぶ「世界三大レース」のひとつとして知られ、その長い歴史の中で数々のドラマを生んできた「耐久レース」の最高峰。

この「伝統の一戦」に、誰よりも特別な思いで臨むのが、今シーズンのトヨタだ。

■ル・マン栄冠まで、あとわずか3分

トヨタは昨年、「トヨタよ、敗者のままでいいのか。」という刺激的なキャッチフレーズを自ら掲げ、文字どおりの「必勝態勢」でル・マンに臨んだ。

そして、トヨタが誇るハイブリッド技術の粋を尽くしたマシン「TS050ハイブリッド」は、ル・マン最多の通算17勝を誇るポルシェ、それに続く13勝のアウディと共に、ル・マン史上に残る激戦を展開してみせたのだ。

しかし、“ル・マンの魔物”がトヨタに襲いかかる。トップを快走するTS050の5号車が悲願のル・マン初優勝まで、「残り3分」という最終局面で、予想外のトラブルに見舞われる。ほぼつかみかけていた勝利が手のひらから無情にもこぼれ落ちたのだ……。

最終ドライバーの中嶋一貴が5号車を引き継いだ時点で、2位を走るポルシェ2号車との差は約30秒。レース終盤まで両者の攻防は続いたが約3周を残し、2位のポルシェがタイヤ交換のため予定外の緊急ピットイン! ここで「勝負あった」と思われた。

トヨタのチーム関係者が、そしてル・マンのスタンドを埋め尽くした大観衆が、「トヨタのル・マン初制覇」という歴史的瞬間を確信したそのとき、無線から耳を疑うような言葉が響く。

「ノーパワー! ノーパワー!!」と叫ぶ中嶋の声。サーキットの巨大スクリーンには、スローダウンしたトヨタ5号車の姿が映し出され、力なく最終コーナーを回ったマシンはピットウォール脇でストップ! サーキット全体が一瞬、凍りついたような沈黙に包まれた。

何が起きたか理解できず、ガレージ内で立ちすくむトヨタのチームスタッフたち。中嶋がコックピットで必死にマシンの再起動を試みるも、時計の針は情け容赦なく時を刻み続ける。そしてはるか後方にいたポルシェが、その横を空しく駆け抜けてゆく……。

23時間57分。栄冠まで、あとわずか3分だった。あらゆる面で、これ以上ないほどの素晴らしい戦いを見せたトヨタを最後の最後に待っていたのは誰も予想しなかった、そして、あまりにも「残酷」な幕切れだったのだ。

『敗北の意味』をあらためて知ったからこそ…

トヨタのル・マン挑戦を統括する“ミスター・ハイブリッド”村田久武氏

■トヨタの「絶対に負けられない戦い」

「すべてはあの瞬間から始まっています。あの日以来、ル・マンのことが頭から離れたことは一度もありません」

と語るのは、トヨタのル・マン挑戦を統括する村田久武GR開発部長兼ハイブリッド・プロジェクトリーダーだ。

「絶対に勝つという強い気持ちで臨んだ2016年のル・マンに、自分たちはすべてを注ぎ込んだつもりでした。エンジンとハイブリッドのシステムを一新し、それぞれの基幹技術で本当に難しい技術的な課題に取り組んで、それらをものにしたという自信もありました」

村田氏が続ける。

「でも結果としてクルマ全体を見渡したとき、僕たちのマシンは本当に強いクルマになっていなかった。重要な機器をつなぐ配管や配線のひとつひとつにまで、『本当に自分たちはやり切ったと言えるのか?』『まだ、どこかにやり残したことはないのか?』……。あれから毎日、チームのみんながそうした自問自答を繰り返してきましたし、それは今年のル・マンが目前に迫った、今も続いています。去年のレースで『敗北の意味』をあらためて知ったからこそ、今年はどうしても勝ちたい。そのためにこの1年間、われわれはすべての時間と力を注ぎ込んできたのです」(村田氏)

こうした決意のもと、開発された2017年仕様のTS050ハイブリッドは、車体の骨格部分となるモノコックこそ昨年と共通だが、レギュレーションの変更に合わせてボディ形状は大幅に変更。エンジンと電気モーターの組み合わせで、最高1000馬力を叩き出すトヨタ自慢のパワーユニットも、昨年から一新されているという。

一方、そのTS050ハイブリッドが挑むのは、ル・マン2連覇中の王者「ポルシェ919ハイブリッド」だ。ちなみに今年はアウディがWECから撤退したため総合優勝を争う「LMP1Hクラス」は事実上、2台体制で臨むポルシェと3台体制に強化したトヨタによる一騎打ちとなる。

2012年、トヨタが切り開いた「ハイブリッド時代のル・マン24時間」は、今まさに「成熟期」を迎えている。今年で85回を数えるル・マン史上、最もハイスピードで、最も厳しい戦いの場となっているのだ。

昨年、残りわずか3分で消えてしまった夢の続きと悔しさの、その先にある「栄冠」を手にするために、トヨタの「絶対に負けられない戦い」が幕を開けようとしている。

ポルシェとの激闘を経てチェッカーまで残り3分。トヨタのピットウォールの前で止まり、スタッフに抱きかかえられるようにマシンから降りる最終ドライバーの中嶋一貴。その目は悔し涙で赤く腫れ上がっていた

復帰6年目を迎えるトヨタ

■ル・マン勝利への「長い伏線」

2012年にハイブリッドエンジン搭載のマシン、TS030でル・マン24時間に復帰してから、今年で6年目を迎えるトヨタ。

だが、そのトヨタが初めてル・マンに出場したのは、32年前の1985年にまでさかのぼる。そう、トヨタのル・マン参戦には、現在に至るまでの「長い伏線」があるのだ。

ル・マン参戦初年度となった85年は、日本のレーシングカーコンストラクター「童夢」と共同で開発したトムス85Cを、ル・マン用に改造した「85C-L」で参戦し、総合12位で完走。

その後、3年連続でル・マンに挑んだトヨタだったが、当時はまだ市販車ベースの2リットル直4エンジンを使用しており、圧倒的な強さを誇ったポルシェ勢と対等に戦うのは難しい状況だった。

そのため、89年からはレース専用設計の3.2リットルV8ターボエンジンを搭載した「89CV」を投入。翌90年には、改造型の「90C-V」を投入し、排気量も3.6リットルに拡大して臨んだが、結果は6位にとどまる。

そして、この年を最後にトヨタが参戦を休止すると、翌91年にはマツダが日本の自動車メーカーとして初のル・マン制覇を果たしてしまう。

92年、トヨタは体制を一新してル・マンにカムバック。F1チームやジャガーなどで活躍したイギリス人デザイナーが設計するニューマシン「TS010」を開発し、プジョーと激闘を繰り広げるも、レース終盤のオーバーヒートで追撃を断念。それでも初の2位という結果を出す。

93年は、プジョーとの一騎打ち。「トヨタ優位」とささやかれていたが、予選で2位、決勝では4位が最高位という結果に終わった。この年でトヨタワークスでの参戦は再び休止となる。

するとその翌年、プライベートチームの「SARD」がトヨタの旧型マシンに改良を加えた「94C-V」でル・マンにエントリー。22時間後半までトップを快走するも、レース終盤にギアボックストラブルに見舞われタイムロス。それでも2位完走という大健闘を見せたのだから、なんとも皮肉な話だ。

「あの悔しさはすべて、伏線だ。」

 

98年から2年連続でル・マンに挑戦した、(左から)土屋圭市、片山右京、鈴木利男の「日本人トリオ」。99年、片山右京が操るトヨタの3号車はレース終盤、逆転優勝まであと一歩の猛追を見せた。この激闘は今でも語り草に

■片山右京、鬼神の追い上げ!

そして、トヨタのル・マン挑戦の歴史の中でも、いまだに語り草になっているのが、99年の土屋圭市、片山右京、鈴木利男の日本人ドライバートリオによるレースだろう。

さかのぼること1年前の98年、ドイツのトヨタ・モータースポーツ(TMG)を母体とする新体制でル・マンに復帰したトヨタは、フランス人の鬼才デザイナー、アンドレ・デ・コルタンツが設計した個性的なマシン「TS020」を開発。

ちなみに、当時のル・マンはトヨタをはじめとして、ポルシェ(98年まで参戦)、メルセデス、日産、BMW、アウディ(99年から参戦)などがひしめく大激戦時代。そんななか、トヨタは99年の予選でワン・ツーを独占し、優勝候補の本命と目されていた。

ところが、いざレースが始まってみると、本命ではないと思われていたBMWが予想外の快走を見せる(しかもトヨタの1、2号車はアクシデントでリタイア!)。そしてトップを走るBMWを、唯一生き残った「日本人トリオ」の3号車が終盤、驚異的なペースで猛追してみせたのだ。「あのときの右京のドライビングは、本当に鳥肌が立つほどすごかった。今でも忘れられません」と語るのは、当時TMGの副社長を務めていた松井誠氏だ。

“鬼神の走り”で最速ラップを連発しながらトップとの差を縮めていく右京。だが、その差20秒余りに迫ったそのとき、TS020の左後輪がパンク。右京は追撃を断念するも、トヨタにとって3度目の2位フィニッシュとなった。

「あのとき、周回遅れのBMWに邪魔されて縁石を踏まなければ、タイヤにダメージを負うこともなく逆転優勝の可能性もあったと思います。それでも、あのときは悔しさより、素晴らしい走りをしてくれたドライバーたちへの感謝の気持ちが強かったですね」

さらに松井氏はこう話す。

「もちろんレースは勝たなければ意味がない。2位じゃダメなんです。その意味では本当に悔しかったし、あの翌年もル・マンに挑戦できていればチャンスはあったんじゃないか、と引退した今でも思うことがある。心残りがないと言ったらウソになります。ですから今も、後輩たちがル・マンに挑戦している姿を見ると人ごとではいられない。

昨年の悔しさを乗り越えて、今年こそ僕たちが果たせなかったル・マン制覇を実現してほしい。そして、何度もル・マンで勝利を重ねることで、トヨタもポルシェのように世界から尊敬される存在になってほしいと祈っています」

ちなみに、今年のトヨタのル・マンに向けたキャッチフレーズは「あの悔しさはすべて、伏線だ。」となっている。

その「伏線」は、これまでル・マンに挑んだ多くの先輩たちの戦いと、それを待ちわびるファンたちの声援につながっている。

衝撃的なリタイアで終わった昨年のル・マンから1年…。トヨタは今年、どんな思いで、どんなマシンを引っ提げて強敵ポルシェに挑むのか? 本日発売の『週刊プレイボーイ』25号「ル・マン優勝に挑むトヨタ『超絶HVカー』の全貌」を是非お読みください!

(取材・文/川喜田 研 撮影/岡倉禎志[村田氏])

★「世界三大レース」のひとつに挙げられるル・マン24時間レースとは?フランスのル・マン市郊外にある「サルト・サーキット」(1周約13km)で行なわれる自動車の24時間耐久レース。1923年に始まり、今年で85回目を迎えるレースで、F1のモナコGP、アメリカのインディ500と並ぶ「世界三大レース」。出場車両のカテゴリーは時代によって異なるが、基本的にはF1のようにタイヤがむき出しの「フォーミュラカー」ではなく、ふたり乗りの「スポーツカー」や「GTカー」あるいは、レース専用に開発された「スポーツプロトタイプカー」などが主役。現在のトップカテゴリー「LMP1Hクラス」(Hはハイブリッドの意)には、トヨタとポルシェの2メーカーが参戦。エンジンと電気モーターを組み合わせた超高性能のハイブリッドエンジンを搭載。最高1000馬力というモンスターマシンの戦いとなっている。

★「ル・マン24時間レース」見るならJ SPORTS 今年はスタートからゴールまで全部見せます!!国内最大4チャンネルのスポーツテレビ局J SPORTSではFIA 世界耐久選手権(WEC)2017 を全戦放送! さらにSUPER GT、スーパーフォーミュラ、WTCC、WRC世界ラリー選手権など多数のモータースポーツを放送しています。詳しくはJ SPORTS カスタマーセンター 03-5500-3488(午前10:00~午後6:00)、J SPORTS オフィシャルサイト http :// www.jsports.co.jp まで。