3度目となる世界陸上に出場する“市民ランナー”川内優輝

8月にロンドン(イギリス)で開催される世界陸上にマラソン代表として出場する川内優輝(埼玉県庁・30歳)。公務員としてフルタイムで働きながら独自の練習法を貫いている彼は、自身3度目の出場となる世界陸上に向けても、“常識”破りの練習に取り組んでいる。

通常、実業団の選手がフルマラソンに出場するのは年1、2回。だが、川内は今年4月以降、毎月のように海外でのフルマラソンに参加。さらにその間、5月下旬には自身2度目となる100km走を行なったという。

「100km走は昨年10月にも一度行なっていて、そのときは群馬県の渋川から自宅のある埼玉県の久喜までの100kmを約7時間半かけて走りました。今回は荒川の河川敷で、まずは上尾から行田を往復し、その後は上尾から川口を往復。途中休憩を入れて8時間ちょっとかかりました。昨年走ったときは正直、『100kmってこんなものか』と思ったんですけど、今回は気温が33℃と高かったこともあり、最後はスタミナ切れ。呼吸がしんどくなり、かなりキツかったです」

走り終えた後のダメージも大きかったようだ。

「練習は基本毎日やるんですけど、あのときは本当に疲れていたので、2、3日間は15分ほどジョギングするくらいしかできませんでした(苦笑)。あ、もちろん、翌日は仕事でした」

これこそが、一度やると決めたことはとことんやる川内流かもしれない。それにしても、なぜマラソン(42.195km)の倍以上の距離を走ろうと思ったのだろう。

「昔は宗兄弟(茂、猛)が135km走をやっていたとか、瀬古(利彦)さんが80km走をやっていたということを本で読んで、自分もやれば何か変わるんじゃないかと思ったんです。なかなか踏ん切りはつきませんでしたけど、弟(鮮輝[よしき])が100kmなどの超長距離のレースに出ていたので、自分もできるだろうと思ったんです。100km走をやると途中で体がダルくなってくるんですけど、マラソンの終盤の脚の重さとか、意識が遠くなっていく感覚と似ていて、それを超えるとまた走れるというか、手軽にランナーズハイを味わえるんですよ」

100km走の効果はそれだけではない。

「練習量に自信を持つ意味もあります。何しろ世界トップのアフリカの選手ですら、今はそんな練習をやってないですから(笑)。レース終盤で競った際に、そういう(強い)メンタルが利いてくると思うんです」

過去60回以上ものフルマラソンを走りながら、一度も途中棄権がない川内。だが、2011年の隠岐の島ウルトラマラソン(50kmの部)では熱中症により残り約1kmの地点で倒れ、救急車で搬送されている。以来、同大会には毎年参加しており、今年も6月18日に参加予定だ。だが、今年は高温が予想され、なおかつ世界陸上までそれほど時間もない。「暑さが苦手」な川内にとって参加はリスクとはならないのか。

「隠岐の島では13年にも(ゴール後に)熱中症で倒れて救急車のお世話になっていますからね(苦笑)。もうむちゃはしません。でも、隠岐の島で50km走っておけば、本番のロンドンでは距離も短く、涼しいと思えるじゃないですか。今は練習でも定期的に50km走を取り入れていますし、私は走れば走るほど体が絞れてくるタイプなので、ロンドンまでは走って走って走りまくります」

科学と根性が融合して“NEW川内”になるかもしれない

世界陸上への参加は、11年の大邱(テグ、韓国)、13年のモスクワ(ロシア)大会以来、2大会ぶりだが、「3度目の正直でメダルを狙いたい」と抱負を語る川内。ロンドンのコースは欧州特有の急カーブが多く、高速レースにはならないとみられるだけに、持ちタイム(自己ベストは2時間8分14秒)で世界トップ選手に劣る川内にもメダル獲得のチャンスはありそう。

「1月に現地を訪れ、3日連続で試走したことでレースのイメージはつかめています。ロンドンは涼しいんですけど、コースは起伏があり、カーブも多いのでスピードはそこまで上がらず、2時間10分を切れれば何が起きるかわかりません。勝負のポイントは、25kmか30kmの地点。スピードの変化で揺さぶりを仕掛けてくる選手が必ずいると思うので、その見極めと対応ですね。そこまでいかに余裕を持って走り、スピードアップについていけるか。そこで完全についていけなくても、粘って、落ちてきた選手を拾っていけばチャンスはあると思います」

一方で、序盤での突っ込みすぎには注意したいと話す。

「大邱では5kmをトップで通過しましたけど、その後失速。モスクワでも5kmまではよかったんですけど、8km辺りで一気に疲れてしまった。その意味でも、30km付近までは先頭集団の後方で、よけいな力を使わないで走れるかがポイントでしょう」

今年30歳になった川内は、自身のピークについて「これから3年ぐらいだと思う」と話すが、暑さを苦手とすることから19年ドーハ(カタール)世界陸上や20年東京五輪を目指すつもりはないという。それだけに、日本代表として最後の大舞台となるかもしれないロンドンにかける思いは強く、例えば日本陸上競技連盟の科学委員会に協力を仰ぎ、自身の体を分析してもらうなど、これまでにない取り組みも行なってきた。

「自分の体を調べてもらったことで、スペシャルドリンク(給水)の成分を変えたり、食事にも気を配るなど、やれることはすべてやってきました。あまりデータにとらわれてもよくないですけど、今までそういうことをまったくやってこなかったので、どうなるか楽しみ。科学と根性が融合して“NEW川内”になるかもしれないじゃないですか(笑)。あとはラスト2ヵ月を予定どおり乗り切るだけです」

悲願のメダル獲得なるか。ロンドンでの激走に注目だ。

●川内優輝(かわうち・ゆうき)1987年3月5日生まれ、東京都出身。学習院大卒業後、埼玉県庁へ。“市民ランナー”として力を伸ばし、2011年、13年の世界選手権に出場。自己ベストは2時間8分14秒。身長172cm、体重59kg

(取材・文・撮影/栗原正夫)