「サブちゃん」のニックネームで親しまれている楽天・福山投手

もはや神懸っていると言っていい。リードしていてもビハインドでも、同点の場面でも、勝機があると踏めばイーグルスは福山博之をマウンドへ送ってきた。そして福山が投げると、同点、逆転、勝ち越しのドラマが生まれる。チームの半分近くの試合で投げてきた福山は、“ジョーカー”的な役割を担って、今季のイーグルスを支えてきた。

プレートの一塁側を踏んで右バッターの懐へ投げ込む福山のまっすぐは、そのほとんどがツーシームで、シュート気味に食い込みながら手元で微妙に動く。そのため打ちに来たバッターのバットの芯を外し、勝負が早くなる。しかも、躍動感があふれるフォームからテンポよく投げていくため、味方の攻撃にもリズムが生まれやすくなる。

* * *

そもそも福山には“苦労人”で“明るいキャラ”だというイメージがあった。高校時代(島根県の大東高校)は内野手で、甲子園とは縁遠く、全国的には無名の存在。一般受験で入学した大商大でようやくピッチャーとしての才能を開花させ、ドラフト6位でベイスターズから指名を受けるまでに成長を遂げた。ところが入団してわずか2年で戦力外通告を受け、イーグルスに拾われる。そんな経歴が福山に“苦労人”というイメージを植えつけた。

そしてもうひとつ、チームを盛り上げる“明るいキャラ”のイメージは、プロ入り直後の入団会見で定着した。福山は「サブちゃん」のニックネームで親しまれているが、彼の名前のどこにも“サブ”につながる音はない。にもかかわらず、なぜみんなが「サブ」と呼ぶのかといえば、それは7年前のベイスターズへの入団会見に遡(さかのぼ)る。自己紹介に臨んだルーキーの福山は「鼻の穴が大きいので北島三郎に似てると言われます。『ハマのサブちゃん』と呼んで下さい」とぶち上げ、会見場を笑いの渦に巻き込んだのだ。

それだけではない。たとえば春のキャンプの声出しでは「現代のアウストラロピテクスこと福山です。アウストラロピテクスっぽく、猿人(エンジン)全開で頑張ります」と叫んで笑いを取った。大幅な年俸アップを勝ち取った契約更改の会見では「(大阪の)鶴橋で安くてうまい焼肉を好きなだけ食べたい」と言い放って報道陣を笑わせ、今年の自主トレでは、オフの間にお腹を壊すくらいの覚悟で肉もナマで食べてみて、シーズン中にお腹が痛くなっても投げられるように練習している、という趣旨の発言をして、周囲を仰天させた。

そんな“明るいキャラ”の福山ならばインタビューも大いに盛り上げてくれるに違いないと、そう思い込んでいたのだが…甘かった(苦笑)。

■話題になった“食トレ”の真相

目の前に現れた福山に、小気味よいピッチングの如く、矢継ぎ早に質問を繰り出してみた。

―福山投手のピッチングの一番の武器は何ですか。

「武器ですか? 武器みたいな武器はないと思ってます」

―では、困ったときに頼る技は何かお持ちですか。

「技かぁ。技、技……僕自身ではわかんないですね」

―両コーナーへ見事に投げ分けてるじゃないですか。

「それは、そういう練習をしているんでね。こっち(内角)に投げて、次はこっち(外角)に投げて、という練習がそのまま出せてるんじゃないかと思います。ど真ん中に投げる練習はしてないんで……」

―シュートには武器だという感覚はないんでしょうか。

「それはないですね。困ったときは……とにかく、低く投げることを心掛けてます」

奇想天外な“生肉の食トレ”とは?

ひとつひとつの質問をじっくり聞き、言葉を吟味して、短く答える。勢いに任せたり、相手に合わせたりすることもない。これは難敵だとハラを括って、オフの奇想天外な“生肉の食トレ”についても訊いてみた。

「いや、トレーニングとしてじゃなくて、寒い時期だったので大丈夫じゃないかなとは思っていたんですよ。もしお腹が痛くなったとしてもシーズン中じゃないし、お腹が痛い時の練習ができるかなと……ただ、そういうイメージです。あくまでイメージトレーニングをした、ということなんです」

おもしろい話を大真面目な顔で言われると、どこまでが本気なのか、わかりにくくなる。それが“サブちゃんワールド”だ。だから聞き手にも覚悟が求められる。もちろん、本気で腹を壊すために生肉を喰ったわけではなかった。日常生活の中で起こったことが練習の一環になればいいと、いわば野球に対する貪欲さを後付けでそんなふうに喩えてみたら、それがそのまま報道された。福山のポーカーフェイスが裏目に出て、真意とはズレた伝わり方をしてしまったというわけだ。福山をよく知る球団関係者がこんな話をしていた。

「試合が終わって若い選手が球場内で食事をしてると、サブが『お前、メシ食う前にやることあるだろ』って、言うべきことをズバッと言うんです。一直線なキャラに見えて、意外に多面性がある。真面目で繊細なところがあるんです」

しかし、福山、と検索すると、続けて生肉というワードが出てきてしまうほど、このエピソードは広まってしまった。福山の名誉のために、このやりとりは書き残しておく。

―生肉、ホントに食べたんですか。

「いやいや、さすがに僕でも食べないですよ。やっぱり肉は焼いて食べないとね。そんなわけで、サンキュー、ゴリラ、よろしくお願いします」

サンキュー、ゴリラ?

またも唐突に、サブちゃんワールド、炸裂である(苦笑)。

◆後編⇒好調・楽天を支える「サブちゃん」福山博之のイメージする野球の神様は?

(取材・文/石田雄太 撮影/松橋隆樹)

●福山博之(ふくやま・ひろゆき)1989年3月27日生まれ、島根県出身。28歳。県立大東高から大阪商大を経て、10年、ドラフト6位で横浜ベイスターズで入団。2年プレーした後、戦力外通告を受け、13年に楽天入団。14年より3年連続60試合以上に登板