「地獄の膝小僧」「静かなる壊し屋」との異名をとり、4団体で世界王者に輝いた元キックボクサーの佐藤嘉洋氏 「地獄の膝小僧」「静かなる壊し屋」との異名をとり、4団体で世界王者に輝いた元キックボクサーの佐藤嘉洋氏

先日、10月15日(日)にマリンメッセ福岡にて開催される『RIZIN FIGHTING WORLD GRAND-PRIX 2017』で、ISKAオリエンタルルール世界バンタム級&RISE同級王者の那須川天心とアマチュアボクシング界の至宝と呼ばれた藤田大和が戦うことが発表された。

打ち合いの期待できる興味深いカードだが、一方で違和感もある。やはり今、世間が見たいのはキック界のスーパースター同士の対決・那須川天心VS武尊だろう。

8月末、元プロレスラーで総合格闘家の高田延彦がツイッターで「キック界の二人のスーパースター武尊VS天心は今しかない! 格闘技に携わる人間としてこんなスーパーファイトをイタズラに時間を費やし鮮度を劣化し、戦う側のモチを壊し、大人の事情で見る側に絶望感を抱かせる大罪はあってはならぬと思う、なんのためにこの仕事をしてるのか原点に帰りましょう!奇跡」「武尊VS天心!みんなの声で動かそうぜ!」と立て続けにつぶやいた。

ところが、その後、抗議を受けたのか、あるいは何かがあったのか…「RIZIN統括本部長である私が、先日他団体であるK-1所属選手のマッチメークに関して軽率な発言を行ってしまいました。これによりK-1関係者の皆様と武尊選手にご迷惑をお掛けしたこと、またファンの皆さまに要らぬ期待感を煽ってしまったことを深くお詫び申し上げます」とツイッターで謝罪する騒動に発展した。

なんだか物々しい雰囲気。やはり、このスーパーマッチ、世間で流布されているように実現の可能性は低いのか? 「K-1の看板選手の武尊が負けるわけにはいかないから、闘えないのでは?」といった内容の意見もネット上では見られる。

そこで、「地獄の膝小僧」「静かなる壊し屋」との異名をとり、4団体で世界王者に輝いた元キックボクサーの佐藤嘉洋(よしひろ)さんにこのビッグカードの実現性についてお聞きしてみた。

佐藤さんは2015年に現役引退後、2016年名古屋Krush大会実行委員長に就任しているが、今回はその肩書きでの意見ではなく、あくまで個人の見解として語ってくれた。

「彼らが主戦場とするイベントが違うから難しいでしょうね。高田延彦RIZIN統括本部長がツイッター上で突如、武尊vs那須川天心を呼びかけていますが、これは年末のRIZINでこのキラーカードを実現したいからではないでしょうか。高田さんは『大人の事情』というのを持ち出して発言しておりますが、RIZINはそもそも総合格闘技のリングですし、立ち技の試合は基本的には組まない方針のはずです。

那須川選手は格闘家として万能の才能を発揮しており、総合格闘家としてもデビューしているのでRIZINのリングに上がることはあるでしょう。しかし武尊選手はK-1を何がなんでも盛り上げたいという思想の持ち主。RIZINのリングに一度は上がっているものの、その後はK-1ルールの試合がRIZINの本戦クラスで組まれることもなかったので、いきなりまたそのリングに上がることは現実的ではありません」

つまり、同じ格闘技のジャンルではあるが、厳密に言えば全く違う競技ということなのだろう。さらに佐藤氏がプロデュースの視点からも続ける。

「武尊VS那須川天心を大晦日に単発勝負でするよりも、どちらかが主戦場とするリングで、あるいはどちらかが希望するリングで1年かけて闘い続け、結果を出し続け、満を持してリング上で対峙するほうがもっともっと盛り上がる…また、そうすべき黄金のカードだと確信しております。

それでも『今年やらなきゃ意味がない!』という、いささか強引な関係者がいるとするならば、このカードを組むべく様々な準備をしてこなかった時点で、歴史に残るふたりの偉大なファイターに失礼な行為をしていると言えます。自分が脚本家なら、絶対に単発では終わらせません。両者に対して最高のストーリーを用意し、最後はリング上で両者に至高のクライマックスを描いてもらいますね」

このカードが実現したら勝つのは?

イベント開催側には「ファンの期待に応える」という大義はあるが、確かにすぐ戦うことが彼らに見合ったステージとは言えないかもしれない。とはいえ、気になってしょうがないのも事実なので、もしも、このカードが実現したら?の対戦シミュレーションをしてみたい。

『格闘技絶対王者列伝』(宝島社)などの著作を持つスポーツライター・布施鋼治氏は「この試合は一般人にも届く起爆剤となることは間違いありません! 世間的な露出度は武尊の方が多いけど、RIZIN出場とともに那須川のそれも肉薄するようになってきました。同業者の評価も高く、50年、100年の逸材と見られています」と語る。

武尊とはどんな選手なのだろうか? 「那須川とはスタイルが違う。パンチ力が凄い。肉を切らして骨を断つタイプ。一発もらうと10倍返しのハードパンチャー。有名になりたいって感じがありありなので、そういった気持ちも戦いを後押しするでしょうね!」

佐藤氏も「絶対に退くことのない武神のようなタイプです。魔裟斗さんと比べられることがありますが、現在の武尊選手はかつての魔裟斗さん以上に前に出て、打ち合って勝ち続けていますね」と評価する。

その一方で、那須川については「人間の枠を超えた宇宙人のようなタイプです。日本のキックボクシングという競技の起源は元来、打倒ムエタイを目指してきました。これまでにも小林聡、武田幸三、佐藤嘉洋、梅野源治など、何人もの人間が打倒ムエタイを成し遂げてきましたが、那須川選手ほどムエタイの現役王者からインパクトのある勝利をあげた選手はいません。かつて空手がムエタイに惨敗したことによってできたキックボクシングの悲願の結晶ともいえるのではないでしょうか」(佐藤氏)

格闘家としての個性は違うが、非の打ち所がないふたり。では、どんな会場で、どのような試合展開になるのだろう?

「さいたまスーパーアリーナが超満員になって埋まるのではないでしょうか」という佐藤氏だが、対戦はK-1ルール以外考えられないという。前出の布施氏も同感のようで、7:3で那須川が勝つと予測。「お互いに消極的にはこない。武尊のパンチが一発でも当たったらヤバいが、那須川は相手の呼吸を見てパンチをかわすでしょう。この対戦は判定でもめて欲しくない。ハッキリ白黒つけて欲しい」と気持ちを高ぶらせる。

7:3で那須川勝利という意見を佐藤氏も認めつつ「10回やったら3回勝って7回負けるというような試合でも、武尊選手はそれを初回に持ってくる運を持っています。どんなに能力の優れた天才でも、運がなくて活躍しきれなかったケースを何度も見てきました。武尊選手には天性の武運がある。だから私は彼の勝利を予想します」と元格闘家ならではの鼻を利かせる。

「武尊選手はどんな相手だろうがとにかく前に出て打ち勝ってきました。それがたとえ那須川選手であろうと変わることはないでしょう。那須川選手は対戦相手や試合状況によって、インファイトもすればアウトファイトもできるバランスの良いタイプ。ハートが燃えたぎって打ち合う可能性もありますし、セコンドから静観の作戦が出れば無理に出ることはせず、カウンターを合わせていくでしょう。私にもホントに展開は全くわかりません(笑)。

また、武尊選手が那須川選手のカウンターを凌(しの)ぎ、前に出る圧力で優勢に試合を進めていれば、那須川選手も一流の闘争心を持っているので、最終Rは"瞬き不要の打ち合い"に出ることでしょう」(佐藤氏)

"瞬き不要の打ち合い"――想像するだけで堪らない。格闘ファンだけにとどまらず日本中を巻き込む試合になることは必須。今後もこのカードの実現を切望するファンは日増しに増えていくはずだ。

最後に、布施氏は「武尊と那須川天心、どちらが勝ったとしても、ふたりとも笑顔でハグできるような爽やかさを持っている」と微笑んでいたが、そんな光景を心待ちにしたい!

(取材・文/夏まりも)

■佐藤嘉洋(さとう・よしひろ) 1981年1月25日生まれ 愛知県出身 元キックボクサー 元ISKA世界ライトミドル級王者 元WPKCムエタイ世界スーパーウェルター級王者 元WKAムエタイ世界ウェルター級王者 英雄伝説世界-72kg級世界王者 15年に現役引退後は名古屋Krush大会実行委員長に就任し、17年には日本キックボクシング選手協会を設立。

■布施鋼治(ふせ・こうじ) 1963年7月25日生まれ 北海道出身。スポーツライター 学生時代から執筆活動を開始。得意分野はアマチュアレスリング、ムエタイ(キックボクシング)、MMA。08年7月に「吉田沙保里 119連勝の方程式」でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。他の著書に「東京12チャンネル運動部の情熱」「格闘技絶対王者列伝」など。