本場アメリカの専門家からの評価も高い井上尚弥。今後、パッキャオのようなアジアのスーパースターになれるか? 本場アメリカの専門家からの評価も高い井上尚弥。今後、パッキャオのようなアジアのスーパースターになれるか?

9月9日、米国カリフォルニア州カーソンでアントニオ・ニエベス(米国)を6R終了時TKOで下し、WBO世界スーパーフライ級王座6度目の防衛に成功した井上尚弥(24=大橋ジム)。

プロデビュー8戦目という国内最速記録で2階級制覇を成し遂げ、“モンスター”のニックネームを持つ井上が、フロイド・メイウェザー(米国)との“世紀の一戦”で180億円超のファイトマネーを稼いだ“アジアの大砲”マニー・パッキャオ(フィリピン)のようなスーパースターになるためには今後、何が必要なのか?

長らくボクシングの本場アメリカで多くのスーパースターたちの激闘を撮影し、全米ボクシング記者協会の最優秀写真賞を何度も獲得した“世界一のボクシング・フォトグラファー”福田直樹氏に聞いた――。

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「まず何より、強い相手を倒していくことです。それがアメリカの一般のボクシングファンにとって、最もわかりやすいでしょう。例えば今回、井上と一緒の興行のメインに出場したローマン・ゴンサレス(ニカラグア)のような選手に勝利することです」

通称“ロマゴン”と呼ばれる彼は、ミニマム級からスーパーフライ級までの4階級制覇を成し遂げた男で今年3月、シーサケット・ソー・ルンヴィサイ(タイ)に判定で敗れるまで46戦全勝だった。今回、井上が出場した興行のメインを務め、シーサケットと再戦したが、4RKO負けを喫してしまった。

「残念ながら今回、まさかのKO負けを喫しましたが、ロマゴンが負けていなければ、彼と対決するというのは非常に大きなインパクトがあったと思います」

実際、井上も彼との対戦を希望していた。今回のファイトマネーは18万2500ドル(約1970万円)だったが、ロマゴンは60万ドル(約6480万円)。こういうスター選手を破っていくことで、現地での知名度を上げろ、ということだ。

ちなみに、ロマゴンを破ったシーサケットのファイトマネーが17万ドル(約1836万円)だったから、井上はすでにこの興行中、ロマゴンに次いで2位のファイトマネーを稼いでいることになる。もちろん、シーサケットのファイトマネーも次回からは間違いなく急騰するはずだが。

「このシーサケットと対戦するのもひとつの手ですね。ともかく、強くて知名度のある相手をどんどん倒すことです。そうすると1試合の勝利によって、相当大きなインパクトを与えることができます。アメリカのボクシング関係者の間でも、井上は今回の試合前からすでに高い評価を得ていました。バランス、パワー、スピードとも申し分ない、と。それが今回のTKO勝ちで、いっそう定着したと思います。

だから、今後は本人も言っているように、定期的に日本とアメリカを往復して交互に試合をしていくことですね。そして強いライバルたちを倒していくことです」

強い選手とひと言でいってもいろいろだが、特にどういう選手を狙えばいいのだろう?

「どこの国の選手に勝つかも重要です。カリフォルニアやラスベガスなど西海岸にはメキシコ系が多いので、メキシコの強豪ボクサーたちを次々に倒していくのもいいでしょう。メキシコは“ボクシング王国”と呼ばれ、軽量級の強豪がひしめいていますしね。

パッキャオも、メキシコの3人の名王者との激闘で人気を獲得していったんです。3階級制覇王者のマルコ・アントニオ・バレラ、4階級制覇のエリック・モラレス、同じく4階級制覇のファン・マヌエル・マルケス――彼らとの激闘を通じて、西海岸のメキシコ系のファンから当初は憎まれましたが、やがてその人たちからも認められる存在になっていったのです」

パッキャオは、この3人のメキシコのスターを相手に9戦6勝(3KO)2敗1分と勝ち越している。井上の階級であるスーパーフライ級や、ひとつ上のバンタム級にメキシコ人の人気ボクサーは多い。彼らを倒していくことで“メキシカン・キラー”として名を馳せ、注目を集めるのも一手だというわけだ。

「今回、同じ興行に出てWBC世界スーパーフライ級王座挑戦権を獲得したファン・フランシスコ・エストラーダや、彼に敗れたものの、やはり名選手であるカルロス・クアドラスらとの試合も盛り上がるでしょうね。そしてもちろん、2連敗はしたものの、名前が轟いているロマゴンの再起戦の相手をアメリカでの試合で務めて、いいパフォーマンスを見せるという手もあります。そうしたら、すごく盛り上がるでしょう」

井上が一番パワーを発揮できるのはバンタム級?

ロマゴンはアメリカでも非常に高い評価を受けており、老舗ボクシング雑誌『リング』でも、何度も「パウンド・フォー・パウンド1位」(全階級で最高の選手)に選ばれている。

「軽量級ですが、しっかり相手を倒せるし、動きが滑らかでどんどん手数を出すスタイルがアメリカのファンにもインパクトを与え、ウケたんです。井上もロマゴン同様、動きもいいし、KOできるので彼のようなポジションを掴むことは可能だと思います」

アメリカでは軽量級の人気はあまり高くなかったが、ロマゴンが出てきたことによって、その価値は高まった。

「そこに井上も入っていけると思います。『全てが完璧で、強くて、速い』ということはアメリカのボクシングの専門家にもすでに理解されています。今回は相手のニエベスが途中から井上を恐れて逃げに徹したため、6R終了時TKOという形でしたが、今後、もっと痛烈なKO勝ちを見せていくことで、アメリカの一般のファンにも井上の強さが理解されていくでしょう。専門家の間での評価は元々、アメリカでも高くて、私も『井上の写真を貸してくれないか』とか『彼の試合を生で観たい』という声をよく聞きましたからね」

しかし、ロマゴンの台頭で人気が高まったとはいうものの、軽量級のボクサーが世界的なスーパースターになるには、いまだ大きな壁があるようだ。実際、ロマゴンの人気もパッキャオには遠く及ばない。ファイトマネーも3ケタ違う。現地のボクシング関係者も「実際、スーパーフライ級(52.2㎏以下)はアメリカではそれほど人気がないんです。一般の人が日本人よりはるかに大柄な人が多いから、自分より小さな男たちの試合にはそこまで興味を持たないんです」と言う。

そうなると、井上がパッキャオのようになるためには5階級、6階級を制覇するしかないのか? それについて福田氏はこう語る。

「もちろん、何階級も制覇していくというのは大きなインパクトを与えます。ただ、一番大事なのは、その時のベストの体重でベストのパフォーマンスを見せることです。階級を上げることでいろいろなものを失うこともあります」

例えば、パッキャオと“メガマッチ”を戦い、パッキャオ以上に稼いだフロイド・メイウェザーは5階級制覇を成し遂げたが、ウェルター級に上げてからはほとんどKO勝ちがなくなった。

「階級を上げることでKOパワーがなくなることはあります。逆に、適正な階級に上げたおかげでKOが増える場合もありますけどね。大事なのは、その時の自分に一番合った階級を選ぶことです。でも井上はまだ若いので、これから無理せずに階級を上げていくことは可能だと思います。

バンタム級あたりが一番パワーを発揮できるかもしれないですね。バンタム級はノニト・ドネアもかつて活躍した階級ですし、アメリカでもバンタム級チャンピオンたちによるトーナメントが行なわれて人気を博したこともありました。そのバンタム級で活躍していってアメリカでの人気を上げていくのもいいでしょう」

パッキャオはライトフライ級でデビューし、まずフライ級で世界王座を獲り、以後、スーパーバンタム、スーパーフェザー、ライト、ウェルター、スーパーウェルターと6階級を制覇した。中でもスーパースターに押し上げたのは、“ゴールデンボーイ”と呼ばれたアメリカの英雄、オスカー・デ・ラ・ホーヤを8R終了時TKOで下した2008年の一戦だった。

井上も強豪相手にインパクトのあるKO勝ちを続けていき、階級を徐々に上げ、その中でアメリカの大物を倒すことができれば、パッキャオのようなスーパースターになるのも夢ではない。

そのために技術面で改善すべき部分はあるだろうか? 『リング』誌のダグ・フィッシャー記者は実力とポテンシャルを大きく評価しつつも、「井上は相手を追いかけるのを好むが、リングをもっとうまく使って動けば相手をしっかり追い詰めることができるだろう」と、今回のニエベス戦について記事の中で指摘している。そして、「彼はボディ打ちもうまいが、単発になりやすい。そこでもっとコンビネーションを使うべきだ」とも。

井上のプロの試合経験はまだ14戦だ。技術的な課題も試合経験を積むことでクリアしていくことができるはずで、いつかパッキャオの跡を継いで“アジアの大砲”と呼ばれる日が来ることを期待したい。

(取材・文/稲垣 收 写真/福田直樹)