2年ぶりの日本開催となった『UFCファイトナイト・ジャパン』(9月23日、さいたまスーパーアリーナ)は、実に見応えのある大会だった。
直前になってメインイベントに出場予定だったマウリシオ・ショーグン・フアが負傷欠場するというアクシデントに見舞われたが、その代役はかつてUFCで最も実績を残した日本人ファイター・岡見勇信。レジェンドの約4年ぶりのオクタゴン復帰で追い風が吹いた。
そんな日本大会を、ゲストとして久々の来日を果たしたアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ氏に振り返ってもらおう。かつてノゲイラ氏は“マジシャン”とまで形容されたブラジリアン柔術の技術を駆使してPRIDEヘビー級王者に君臨。日本の格闘技ブームの礎(いしずえ)を築いたファイターのひとりだ。
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─大会を振り返ってみていかがでしたか?
ノゲイラ 素晴らしい大会だった。(米国のゴールデンタイムでの放送に合わせ)午前9時スタートだったけど、プリミナリーファイト(第1部)からお客さんは入っていたね。
─プリミナリーファイトではズラリと日本人ファイターが並んでいましたからね。そうした中、ノゲイラさんから見たベストファイトは?
ノゲイラ お互いの気持ちが全面に出ていたクラウディア・ガデーリャ対ジェシカ・アンドラージだね。パワフルさが持ち味のクラウディアに対して、ジェシカは最後まで自分の気持ちを出し切っていた(判定3-0でジェシカが勝利)。
─女子ストロー級1位と4位の激突で今大会中、最もレベルの高い試合でしたね。ふたりはノゲイラさんと同じブラジル人なので、どちらも応援していた?
ノゲイラ そうだね、どちらか一方をということはなかったよ。クラウディアがキャリア豊富な選手なのに対し、ジェシカは伸び盛りのファイターだ。この一戦を観ただけでも、新しい世代が台頭していることがわかった。今のUFCはどの階級も混沌としていて誰が勝ってもおかしくない状況になっているね。
─かつては男子に比べると、女子の試合のクオリティーは劣ると言われていましたが、もうそういう時代ではないということですね。
ノゲイラ そう。今はインターネットも普及しているし、世界中至るところでUFCが視聴できるようになった。現在のUFCではメインが男子だったら、その前(セミファイナル)は女子という風潮もある。大きな大会は女子の試合をマッチメークしなければ成り立たなくなっているんだ。
─今回、5勝3敗という結果に終わった日本人ファイターについては?
ノゲイラ 五味隆典と佐々木憂流迦(うるか)に期待していたけど、ふたりとも残念な結果に終わってしまった(五味は1RTKO負け、佐々木は1R一本負け)。五味の試合を観ていたら、世代交代の波が押し寄せてきていることを痛感した。
─メインではオヴィンス・サン・プルーが岡見勇信(ゆうしん)を必殺のヴォン・フルー・チョーク(変形肩固め)で仕留めました。現役時代、ノゲイラさんは“千の技を持つ男”と呼ばれていたけど、この技の存在は知っていた?
ノゲイラ 知っていたけど、彼が使っていたのはもっと進化したヴォン・フルー・チョークだったと思う。柔術でも、この技はものすごく高いレベルの選手でないと使えない。プルーには優秀な柔術コーチがついているんだろうね。そもそもMMAは技術がどんどん発展していく競技だが、最近は再び柔術家がUFCファイターになっているから、これからも新しいテクニックが出てくることを期待するよ。
思い出に残る名勝負を挙げるなら?
─去る8月26日、ボクシングで無敗のまま5階級制覇を為し遂げたフロイド・メイウェザー・ジュニアと、UFC史上初の“同時2階級制覇王者”コナー・マクレガーのボクシングマッチが実現しました。この大一番を見た感想は?
ノゲイラ 3Rまではマクレガーのほうが自分の距離を保って闘っていたと思う。結果としてマクレガーは負けたけど、ボクシングファンにもMMAを知ってもらえたという意味ではやってよかったんじゃないかな。40年前にアントニオ猪木対モハメド・アリの異種格闘技戦があったけど、マクレガー対メイウェザーも後世に語り継がれる一戦になったと思うよ。
─今回のUFCが開催されたさいたまスーパーアリーナを含め、ノゲイラさんは現役時代に日本で幾多の名勝負を演じています。その中で思い出に残る名勝負を挙げるなら?
ノゲイラ 06年9月のジョシュ・バーネットとのPRIDE無差別級グランプリ準決勝戦はグレートマッチだった(2-1で僅差の判定負け)。エメリヤーエンコ・ヒョードルとの2度目の対戦、3度目の対戦もさいたまだったよね。さいたま以外では、03年11月の東京ドームでのミルコ・クロコップ戦が思い出深い(2R、腕ひしぎ十字固めで逆転勝利)。当時のミルコは本当に強かった。私のキャリアの中でもベストのひとつとして挙げられる一戦だね。もうひとつ挙げるなら、02年8月に国立競技場でやったボブ・サップ戦かな(2R、腕ひしぎ十字固めで一本勝ち)。
─ヒョードルとは3戦してノゲイラさんの2敗1無効試合。彼からはどんな強さを感じました?
ノゲイラ ヒョードルは動きが速かった。テクニックも高かったし、コンプリートなファイターだった。それに加え、彼は試合中に感情を表情に出さない。常に一定のテンションを保ちながら試合をしていた。それが一番の強みだったんじゃないかと思う。
─ノゲイラさんは引退後、ブラジルでUFCの要職に就いたと聞きました。どんな仕事を?
ノゲイラ 「アスリート・リレーションズ・アンバサダー」といって、現在、ブラジルに83名いるUFCファイターとUFCの間に入って、選手のトレーニングや体調の情報をUFCに提供したり、選手がケガや病気をした時のサポートをする仕事をしているよ。
─生活のベースはブラジル?
ノゲイラ 平日はサンパウロ、週末はリオ・デ・ジャネイロでUFCファイターたちのケアをしている。リオでは今回、一緒に日本に来たシェフの恋人と一緒にフレンチレストラン『CHEZ HEAVEN』を経営しているんだ。
─彼女の美味しい手料理を食べて、お腹まわりが少々太くなったわけですね(笑)。
ノゲイラ 1週間に3回ほど柔術の練習を続けているけど、現役時代のように1日2回もやってないからね(笑)。
─現役時代から双子の弟・ホジェリオと共に周りの若手ファイターへの金銭的な援助を惜しみませんでしたね。
ノゲイラ 練習相手など、私も人から助けられてきたので、自分が助けられる時にはそうするようにしている。自分がトップになったからといって、下の者を支えてあげないなんてことはありえない。私はチームワークの力を信じている。格闘技でも、お互い助け合うことが大事だよ。
「桜庭和志は、私にとってアイドルともいえる存在だ」
─今年5月、かつてPRIDEでも活躍した高山善廣選手がプロレスの試合中に頭部を強打して頸髄完全損傷を負い、今も寝たきりの入院生活を送っています。
ノゲイラ 高山さんのことはドン・フライから聞いた。非常に残念なニュースだ。彼が少しでもよくなることを切に願うよ。
─そのドン・フライやゲーリー・グッドリッジら、かつての人気ファイターたちの中にはケガの後遺症やその治療費で苦しんでいる人も多いと聞きます。
ノゲイラ 格闘技にケガはつきものだ。今後は引退したファイターを援助するための組織を作ったり、サポートしていくことも必要だと思う。自分の場合、引退する2、3年前から「次は何をしようか」と思案していたよ。
─現役時代に顔見知りだった選手との交流は?
ノゲイラ 日本人だったら、桜庭和志と今も交流している。今年7月にアメリカで彼がUFC殿堂入りで表彰された時には、彼にチョークを仕掛けられた写真を撮られたよ(笑)。桜庭は友達だけど、私にとってはアイドルともいえる存在だ。一緒に練習しても、いろいろ教えてもらうことが多かったしね。10月にはRIZINでダン・ヘンダーソンとグラップリングマッチをやると聞いている。とても楽しみだね。
─最近の日本の格闘技界の動向は気にかけている?
ノゲイラ もちろん。ブラジルと日本は状況が似ているんだ。私の耳にも「昔のブラジリアンファイターは強かったけど、今はね…」という意見が入ってくるけど、新しい選手が出てくるまでには時間がかかるものだ。サッカーだってワールドカップで優勝した国は翌年から勝てなくなるケースがあるだろう? 日本もブラジルもちょうど過渡期で、新しい土台を作っている真っ最中なんだよ。どちらの国からも新たなローカルスターが誕生してほしいと願っているよ。
(取材・文/布施鋼治 撮影/長尾 迪)