広島カープ・黒田博樹の引退以降、空位になりつつある球界の“男気枠”。
そこで、週刊プレイボーイが結成した「プロ野球男気向上委員会」で、えのきどいちろう(コラムニスト)、石田雄太(ライター)、菊地高弘(ライター)の3氏が座談会を開催。
黒田にも負けない12球団の現役男気選手をピックアップしながら、「男気」の正体を明らかにする!
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菊地 昨年、カープの黒田博樹が引退しましたが、それ以降も球界ではいまだに「男気といえば黒田」、「黒田といえば男気」という風潮です。でも、本来はもっといろいろな男気があっていいはずだし、そもそも今の時代の「男気」って何? というあたりを今日は皆さんに伺いたいと思ってます。
えのきど そもそも、なぜ「黒田=男気」という風潮ができたかといえば、最初はやっぱりお金だよね。2015年にヤンキースが提示した年俸20億円を蹴って、年俸4億円で古巣のカープに戻ってきた。その「金じゃないんだよ!」って心意気にファンはしびれたんだよね。それで「男気」という言葉が急に取りざたされるようになった印象がある。
石田 僕はそこに少し違和感があって、「金じゃない!」というのも確かに男気なんだけど、本来、男気って、例えば人のために自然にやせ我慢ができるとか、そういうお金とかけ離れたマインドであってほしい。周囲が「黒田はお金のために野球をやっていなくてスゴイ!」と言ってる時点で、やっぱり大事なのはお金なんじゃん、と思ってしまいます。
菊地 この前、プロ野球関連の「男気」をネット検索していたんですけど、「成績が悪かったから契約更改で自ら1千万円を返上した」とか「裏方さんのためにポンとお金を払った」とか、確かに出てくるのはお金のエピソードばかりなんですよね。
石田 黒田の男気って、「最後は古巣で」という話だったのが、いつの間にか「20億を捨てて4億」というお金の話に変わってしまってて、これは黒田にも気の毒でしたよね。
えのきど じゃあ今後は、お金の男気は区別するために別の名前があったほうがいいね。“お金気”とか“カーネギー”とか(笑)。
菊地 お金じゃない男気ってなんでしょうね。黒田でいうと、まだ無名のアマ時代、当時のカープのスカウトが黒田にひと目ぼれして、専修大に通い続けたんです。その姿に黒田が感激して、縁もゆかりもないカープを逆指名し、その後も尽くす野球人生を送る…と、このあたりのエピソードに男気を感じました。
えのきど ひと目ぼれされるとか、その上で人を信じてついていく感じって男気っぽいよね。石田さんは男気と聞いてパッと思い浮かぶ選手は誰ですか?
石田 この流れでその名前かと言われてしまいそうだけど、僕はソフトバンクの松坂大輔に男気を感じますね。
菊地 世間的には黒田とは真逆の印象を持たれている感もないではないですが…。
石田 でも本当の松坂は、それとは全然違うんですよ。まだボストンにいる頃、彼が一塁ゴロのベースカバーに入ったときに、一塁手の送球がそれて、ジャンプして腰から落ちたことがあった。それで腰に違和感が生じて自らマウンドを降りたんだけど、そのときのファーストが、苦節何年でようやくメジャーに上がってきた苦労人。もし本当のことを話したら、そのファーストが非難されるからと、松坂は腰ではなく「肩に違和感がある」って言っちゃったんです。
男の色気、フェロモン…これぞ昭和の男気!なのは…
菊地 松坂クラスの投手が「肩に違和感」と言ったらメジャーでは大騒ぎですよね。
石田 もうチームは大騒ぎ。すぐに民間機でボストンに返されて精密検査。それで2週間ぐらいノースローにさせられて、彼は完全に調子を落としてしまった。それがいいか悪いかはさておき、彼はチームの誰にもずっと言わなかったし、それを貫けるっていうのは彼の男気だと思う。ほかにも彼にはそういう話がいっぱいありますからね。
えのきど 本人は言わないんだけど、しばらく経って、周りから聞こえてくるっていうのは男気パターンだ。
菊地 言い訳をしないというのは、絶対的な自信の裏返しですよね。結果を出せばそれでいいでしょ、ってことを彼は長年、身をもって実践してきているわけですからね。
えのきど それでいうと、僕が男気と聞いてすぐに思い浮かぶのは、現役じゃないけど小林繁(元阪神ほか)。江川事件の影響で、当時、巨人のエースだった彼は三角トレードに近い形で阪神に行くことになるんだけど、文句も泣き言もいわずに黙々と投げて、阪神のエースをやりきった。あの姿の立派さは本当に感動的だった。しかも、移籍初年度の成績たるや、すごかったよね。
石田 対巨人戦8勝0敗、シーズンも22勝9敗で沢村賞も獲得しました。
えのきど プロ野球の歴史の中でも、あんなに自己犠牲を強いられる、特殊な立場に立たされる人ってなかなかいない。だけど小林はその役を過不足なくやりきり、そして美しかった。ものすごい圧力があるなかで、彼のメンタルは本当にすごかったと思うよ。
石田 あのときの小林さんは「悲壮感がある」と言われていたけど、僕はむしろ、何ひとつ感情を出さなかったという記憶があります。泣き言はもちろん、かわいそうだと思ってもらえそうな顔とか、言葉とかが一切なかった。江川事件の話は晩年まで一切、公の場ではしてないと思うんだけど、ひょっとしたらプライベートでも話してないんじゃないか、と思えるくらい。
菊地 河島英五の名曲『時代おくれ』の世界ですね。
石田 自分の愚痴は酒場の隅にすべて置いていくような、小林さんにはそんな男の色気、フェロモンがあった。これこそ昭和の男気です。
★週プレ渾身の丸ごと1冊プロ野球本『プロ野球プレイボーイ』(10月4日発売)『プロ野球12球団「あの選手の男気がスゴイ!』座談会では、黒田に負けない球界の“男気枠”候補について語り尽くす! その他、菊地雄星&井口資仁インタビュー、2017ドラフト注目選手、歴代日本シリーズ・大乱闘シーンなど盛りだくさん!
(構成/武松佑季 撮影/小池義弘)
●えのきどいちろう 1959年生まれ、秋田県出身。各紙誌にコラムやエッセイを連載するほか、テレビやラジオでも活躍。球団創設以来の団ファイターズファンとしても有名
●石田雄太(いしだ・ゆうた) 1964年生まれ、愛知県出身。NHK『サンデースポーツ』などのディレクターを務めた後、フリーに。現在は野球、スポーツ専門誌などに多数、寄稿
●菊地高弘(きくち・たかひろ) 1982年生まれ、東京都出身。雑誌『野球小僧』『野球太郎』編集部勤務を経てフリーランスに。野球部研究家、「菊地選手」としても活動している